2018年はのちに一眼カメラの歴史的転換点と言われるかも知れない。これまで唯一フルサイズミラーレスを展開、その分野を独占していたソニー(注:ライカを別にしたとして)に対し、一眼レフの巨頭、ニコンとキヤノンがフルサイズミラーレスを発表、本格的にフルサイズミラーレス戦国時代が始まったのだ。
一眼レフのトップシェアのキヤノンが自社のEOSとカニバる(食いあう)ことも覚悟した新システム、EOS Rシステムの初号機、EOS Rを3週間に渡り試用した。
最初に結論を書くと、EOS Rは価格帯やシングルスロットであることといった面からEOS 6D Mark IIクラスの中堅機に思えるが、その中身(性能、画質)はハイエンド機のEOS 5D Mark IVと同等、あるいは上回るものだった。
細かな部分に違和感も感じるけれど、その半分は慣れが解消する部分だろうし、残りの半分は未来のEOSの片鱗ゆえの戸惑いだろう。
この画質、性能がEOS Rの標準点(スタンダード)だとするならば、EOS RシステムはEF EOSのハイエンドから始まることになる。
EOS Rシステムと初号機EOS Rをいくつかの観点から、それぞれ検証する。
フルサイズミラーレスの意味
初めてEOS Rを手に持ったとき、意外と大きい(というか小さくない)と感じた。実際にはフルサイズEOSのなかでは最軽量だし(EOS 5D Mark IVの3/4)、APS-C EOSのEOS 80Dよりも軽いのだが、ソニーαのイメージでミラーレスはコンパクトという先入観があった自分には小さい気がしなかったようだ(ただし、重さはわずかながらαシリーズより軽い)。
しかし実際に握ってみるとグリップのホールド感やボディの剛性感が非常に高いことにすぐ気がつく。
一眼レフの部品の中で大きく重いミラーやプリズムを排して浮いた分の空間や重量をキヤノンはボディの小型化ではなく、他の部分に注ぎ込んだのだろう。
事実、EOS Rは外装だけでなく内部(本体)もマグネシウム合金が全面的に使われ、放熱性の向上に寄与している。特に動画撮影時においてセンサーの発熱は大きな課題。EOS 5D Mark IIではそのため動画撮影中に録画が止まることもあったのは昔話だが、現在でも発熱抑制と効率的な放熱は画質にも影響する重要事項。外装だけでなく本体も全面マグネシウム合金製なのはEOS-1D X Mark IIだけであることを見ても、EOS Rが地味な部分を含めより本質的に作られていることがうかがえる。
マウント
個々のカメラの機能、性能は気になるけれど、システムとしてのカメラの根幹はマウント、RFマウントがEOS Rシステムの核となる。
キヤノンは1987年に現行のEFマウントに変更しているので、およそ30年ぶりに新しいマウントを採用したことになる。EFマウントは当時画期的な大口径かつ完全電子マウントを実現したが、今回「次の30年に向けて」とキヤノンが(EOS R発表会において)言うように、通信速度の大幅向上、通信内容の拡大をはかっている。これらのデジタル的進化は画像処理エンジン(DIGIC)のハイパワー化と連動し、手ぶれ補正の精度や収差補正というカタチで画質向上に貢献する。
▲レンズ交換時のセンサー保護。ミラーレスカメラはミラーユニットがない分、レンズ交換時にCMOSセンサーが剥き出しになりホコリ等がセンサーに付着しやすい弱点を持つ。EOS Rは電源オフと連動してシャッターが閉じ、レンズ交換時にセンサーを保護する構造。
逆に大口径マウントとショートバックフォーカスはアナログ的アプローチ。「光学製品」としてのカメラに長い経験を持つキヤノンらしく、中長期的に光学設計の自由度を担保したという。もちろん、未来への投資だけでなく、EOS Rのリリース時にこれまでにない28-70mm F2という大口径ズームレンズが用意されるように、新マウントのメリットは既に活かされているともいえよう。
EVF(エレクトリックビューファインダー)
EOS Rに限ったことではないが、ミラーレスカメラはファインダーが光学的実像ではなく、EVFに表示された出力だという部分をどう考えるかでずいぶん印象が変わる。EOS RのEVFは非常に精細感と発色に優れ、光学ファインダーに慣れた身にも違和感は少ない。
逆に露出シミュレーションで「記録時」の露出やピクチャースタイル、ホワイトバランスを常時反映可能な点はEVFならではのアドバンテージ。この特徴を活かすにはEVFの色再現性が正確であることが重要だが、369万画素の有機ELファインダーは、それに充分に応える品質に思える。0.5インチで369万画素のEVFは背面液晶の3.15インチ210万画素より圧倒的に高解像度なのだ。
ただし、αと異なりEVFは絞り設定(被写界深度)を常時反映する設定がない(絞りこみボタン設定はある)のが残念。一眼レフと統一感を持たせるためか他の理由かは分からないけれど設定で選択可能なら良かったのにと思う。
動画ユーザーにとってEVFの利点はファインダーを覗きながら動画撮影ができること。一眼レフはライブビューを使って動画を撮るため、背面液晶でしかムービー撮影ができなかった。これがスチル撮影同様ファインダーを覗くようにカメラを構えながらムービーが撮れるのはかなり大きいメリットだ。
別項で述べるコントロールリング、マルチファンクションバーといった新しい操作インターフェイスは、動画もスチルもEVFを覗いたまま多くの設定操作を行うためのツールだと考える。
スチルカメラとして
前述のように中身のスペックとしてはEOS 5D Mark IVクラスのハイエンド機ながら、メモリカードはSDのシングルスロットと中堅機クラスの仕様。連写コマ速も他社ミラーレスに較べ少なく、物足りなく感じるユーザーも少なくないだろう。
しかし、それらの仕様はEOS R初号機が今後のスタンダードとしての標準機だと考えれば、納得できよう。オリンピックイヤーに向けて上位機やフラッグシップ機も出てくるのは間違いないし、それらがデュアルスロットや超高速連写機能を持つことは容易に想像できるが、立ち上がりのスタンダード仕様機でも機能と画質は現在のハイエンド機以上で、それでいて値段は現在の中級機クラスなのだ。
EOS Rシステムを一気にEOSの中核に成長させたい思惑はあるにせよ、ある意味バーゲンプライスともいえる戦略的プライシングに思える。
また、これまで出来なかったAPS-Cクロップ撮影が搭載されたのも良い点だ。カスタマイズ設定次第でボタンひとつでのクロップ切換が可能で、EVF表示も瞬時にクロップ表示に切り替わる。他社では実現できていた機能だが、EOSでそれができるようになると豊富なレンズ資産がさらに2倍になるような錯覚があって楽しい。
ムービーカメラとして
EOSムービーという言葉を生み出し、一眼動画ブームの火付け役となったEOS 5D Mark IIからちょうど10年。その間、ボディ側の進化にあわせ、レンズ側も動画の駆動に適したSTMレンズやナノモーターの搭載が始まり、RFレンズではスチルと異なる特性の要求される動画撮影時の仕様が盛り込まれ、スチル、ムービー双方を共有するシステムとして進化した。
タッチ液晶を使ったフォーカスの遷移や、その際のフォーカス速度のカスタマイズ、マニュアルフォーカス時の焦点位置アシスト機能など、動画クオリティの底上げを図る機構に加え、動画撮影時のみボディの手ぶれ補正機能が使えるなど、EOSムービーらしい機能が満載だ。EOS 5D Mark IVでは有料オプションだったLog収録も標準で搭載(結果的にEOS初)、HDMI端子から4Kのスルー出力も可能になるなど、仕様からもEOSはこれからも静止画/動画のマルチロール機を指向するという強いメッセージを感じることができる。
しかしその一方、4K動画機能は相変わらずのクロップ仕様。およそ1.7倍にもなるクロップファクターは、ドットバイドット収録による画質最優先仕様ではあるが、FHD動画では堪能できる歪みのない美しい広角レンズによるムービーが4Kでは撮れないのはとても寂しい。今後登場する他のEOS Rではフルフレーム画角の4Kムービー実装を強く期待したい。
動画の画角比較
EOS Rは動画撮影時のみボディ内の手ぶれ補正機構が使え、レンズの手ぶれ補正と協調して手ぶれを抑制するが、その副作用として画角が狭くなる。また、FHDはフルフレームだが、4Kはドットバイドット記録ゆえ画角がおよそ1.7倍シフトすることで狭くなる。4K、FHD、それぞれの収録時の画角に、手ぶれ補正のなし、あり、あり強、で比較した。
Log収録作例
EOS RはCanon Logを標準搭載している。カメラ本体(SDカード)では8bit、HDMI経由から外部レコーダー収録では10bitの収録が可能だ。
EOSピクチャースタイル スタンダードとカメラ本体記録のLogの描写を比較する。
ハイフレームレート撮影
これに関してはEOS 5D Mark IV同等の機能に留まり、EOS-1D X Mark IIのような圧倒的な性能を見せないが、トータルの画質は良い印象。
顔+追尾優先AF と 瞳AF
ミラーレス化によって遂にEOSにも瞳AFが実装された。大口径レンズを絞り開放で使うなど、ポートレート撮影にありがちな被写界深度がとても浅いシチュエーションでは失敗ショットが量産されていたが、瞳AFによって歩留まりは大きく向上するはず。
ただし、現時点ではワンショットAF時に限定され、サーボAF時には機能しない。さらに動画撮影時にも使えない。動画撮影時に瞳AFが使えないのは他社のミラーレスも同様だが、スチル撮影時のサーボAF対応はすでに実現しているメーカーもあるので、ファームアップでの対応を期待したいところ。
瞳AFこそ使えないものの、動画撮影時における顔認識+追尾AFの挙動は見事だった。
もともとEOSはデュアルピクセルCMOS AFという動画撮影に強い特殊な機構を持っていたが、マウントの通信速度の向上、動画撮影で要求されるデリケートで精緻な駆動を行うRFレンズとあわせ、EF時代のEOSでは困難なフォーカスワークに新マウントの実力と可能性を深く感じた。
顔認識+追尾AFの挙動
動画撮影時は瞳AFは使えず、顔認識+追尾AFとなるが、動画の追随に定評あるデュアルピクセルCMOS AFと動画向きの駆動制御が進化しているRFレンズとの組み合わせでは、小走りで近づくモデルをF1.2開放で追う能力を見せつける。
多彩なフォーカス制御
マニュアルフォーカス時のフォーカスアシストに従来方式のピーキングに加え、デュアルピクセルフォーカスガイドが新しく採用された。シネマEOSで搭載されているフォーカスアシスト機能でフォーカス位置と合焦点の差を矢印の開き方で視覚的に表示するもの。
動画撮影時にはフォーカス送りの行きすぎを防ぐことが出来る。
またファインダーを覗きながらのタッチ&ドラッグによるフォーカス遷移、サーボAFのスピードのカスタマイズなど、意のままに動画撮影をしたいという意思に応える多彩な機能を搭載している。
新しい操作体系の模索
EOS Rにはレンズにコントロールリング、ボディ背面にマルチファンクションバーが新しく搭載された。どちらも操作性を向上させるための新しいインターフェイスで、ユーザーのニーズによって幅広いカスタマイズが可能になっているのが特徴。
特にレンズのコントロールリングは自信作のようで、EFレンズを使うためのマウントアダプターにもコントロールリング搭載タイプがあるほど。
正直、各種パラメータをあやつる操作系がこんなにたくさんあっても覚えきれないし、かえって使いにくい・・・と最初のウチは感じた。店頭で触るだけだと同じような感想を持つユーザーも多いかも知れない。
だが、レビューにしては長い3週間という期間、いろいろ試していくうちに、この操作系はすばやく設定を切り替えるというよりも、自分だけの1台を作って行くためにあるように思うようになった。
ミラーレスカメラはEVFとセットなので、パラメーター操作はリアルタイムにEVFに反映される。ならば、設定操作して、ファインダー覗いて確かめて、修正はまたカメラを見ながら・・・より、ファインダーを覗いたまま、自分の思う設定に追い込んでいける方がスピーディなだけでなく頭の考える順序にも沿っている。
例えばマルチファンクションバーにホワイトバランスを設定するとEVFを覗きながら実際の画でホワイトバランスを比較、設定できる。スチル写真でRAW記録なら色温度は現像時に補正できるけれど、動画撮影時には的確な色温度設定が重要。このように自分向けの設定カスタマイズを考えるのもポイントかも知れない。
個人的には親指AF派だったので、絶妙な位置に置かれていたAFボタンを移動させてそこに鎮座してしまったマルチファンクションバーに不満もあるのだけど、しばらく試行錯誤してみようと思った。
RFレンズとマウントアダプター
EOS Rと同時に発表されたRFレンズは4本。新しいマウントの常とは言え専用レンズが4本では心許ないし、システムとして未完成感が否めない。今後、数年単位でレンズ環境が整備されていくのは間違いないとは言え、それまで待つならいま、EOS Rを検討する必要はなくなってしまう。
それに対してキヤノンが用意したのはまさに模範解答というべきマウントアダプター「群」だった。
旧マウントのレンズを使うためにマウントアダプターを用意するのは一般的な手法だが、EF-EOS RのマウントアダプターはほとんどのEFレンズを制約無く使用可能。画角もAF速度も元のレンズの能力そのままに使えるのが特徴。
フルサイズEOSでは使えなかった(APS-C用)EF-Sレンズも使用可能で、EF-Sレンズ装着時には自動的にEOS RがAPS-Cクロップモードに切り替わるギミック搭載。
RFレンズが少ない間も、従来のEFシステムに遜色ない運用が可能で、時間的にもコスト的にもユーザーの望むタイミング、移行期間でEOS Rへ切り替えていくことが出来そうだ。
さらにマウントアダプターは通常の(素の)マウントアダプターの他に、コントロールリングを搭載タイプ、円偏光フィルターを搭載したタイプ、可変NDフィルターを搭載したタイプの4種類が用意される。
特に後者2つのドロップインフィルター搭載型はレンズ後端にフィルターを装着する形になるため、レンズの口径毎に高価で(使用頻度の多くない)フィルターを用意しなくて良いという意味では非常に効率的な製品。
▲マウントアダプターを利用してEFレンズを装着。
手ぶれ補正
一部に勘違いした情報が出ているが、EOS Rにスチル撮影時のボディ内手ブレ補正機能はない。少なくとも現在キヤノンは「センサーは揺らさない」をポリシーにしていて、手ぶれ補正はすべてレンズ側で行う。(そのためにセンサーで得たブレ情報をリアルタイムにレンズにフィードバックして補正精度を高めている)
一方、動画撮影時はボディ内で手ぶれ補正も行い、レンズの手ぶれ補正と協調して補正効果を高めている。この場合もセンサーは動かさず、画像処理エンジンによる補正。そのため、ボディ内手ぶれ補正時は画角が狭くなる。
スマートフォンからの操作
BlueToothとWiFiによるスマートフォンからのコントロールはレスポンス、フィードバックともに良く、実用的。10月中にはiPad Pro専用の EOS RAW現像ソフトDigital Photo Professionalのリリースもアナウンスされており、ロケ先等、現場での機動性の向上が期待される。
まとめ
近い将来、デジタル一眼はミラーレス方式が主流になり、「レフ」機は特殊用途のような存在になるかも知れない。
特に、静止画、動画の双方を高い次元でバランスを取ろうとする場合、ミラーレスの方が構造的に有利であることは間違いないだろう。
そんな時代の先兵のようにフルサイズミラーレス機がニコン、キヤノンから登場した。
その初号機の手堅い仕様から華を感じにくいのは事実だが、改めて細部を見、操作に慣れ、その画を見ると、多くの意味で既存EOSのハイエンド機同等以上の力を持っていることに気がつく。
EOSシステムがはじまっておよそ30年、EOSムービーがはじまって10年、次世代のEOSがはじまるのが、2018年なのだと思う。
EOS RとEOS一眼レフの機能比較表
◉モデル 杏
◉撮影協力 六本木スタジオ https://www.roppongi-st.co.jp
◉動画作例音楽協力 iBgm https://ibgm.jp
◉キヤノン株式会社 https://canon.jp/
◉製品情報 https://cweb.canon.jp/eos/lineup/r/
ビデオサロン12月号にも記事があります。これ以外にも充実した記事が満載!