3月12日に開催された学生映画祭「青山フィルムメイト2017」では、ノミネート映画の間にプロフェッショナルによるセミナーが多数開催されました。ここではそのうち、『映画的映像表現のトレンド』〜ハイスピードとLogの効果〜の模様をお届けします。
ナビゲーター:山口俊一氏(左) 特撮カメラマン:桜井景一氏(中)ソニービジネスソリューション:入倉崇氏(右)
山口:本日は「映画によく見られる映像表現のトレンド」について話をさせていただきます。項目は2つあって、ひとつは「ハイスピードの使用効果について」、もうひとつは「Log撮影(ネガ的に撮る方法)による効果について」。
桜井:まず「ハイスピード」についてです。ビデオでハイスピードはできなかったのですが、このところハイスピード撮影が可能になりました。映画のフィルムだとオーバークランク撮影で5倍がやっとだったが、デジタルではいとも簡単に10倍の撮影が可能になりました。これによって、フィルムの時代より時間操作ができるようになりました。デジタルによって、キャメラマンにとって報われる時代になったと思います。
(映像を流しながら)
これは、大雨の山中で土砂崩れにあうシーンのシミュレーション映像です。本番ではなくあくまでシミュレーション映像です。セットは正面の崖のところは30×40cmのミニチュアのセット、背景はアルミホイルを一度ぐちゃぐちゃにしたものに土砂をかけています。撮影に使ったカメラはソニーのFS700。これで10倍のハイスピードで撮影しています。こういう小さいセットを10倍で撮影するとどうなるか、という映像でした。
(映像上映)
けっこう迫力のある「落ち」になっていた。小さな世界でも10倍のハイスピードに上げることでそれなりの大きさ感が出ます。土砂は小さいスコップで砂を飛ばしたのを撮っています。「時間操作によって物の大きさを変えて見せる」というのが特撮的な方法です。
たとえば、土砂降りの大雨という設定であれば、雨の素材を撮らなければなりません。いままでだと水道の蛇口を使わないといけなかったですが、シミュレーションにそこまで手間はかけられません。なので霧吹きスプレーを利用しました。ノズルを調節してハイスピードで撮影すると、霧吹きスプレーであっても大雨のような画が撮影できます。さらに4Kで撮って、切り出すようにデジタルパンすることで動きを表現します。
このように、30×40cmの小さな世界でも映像が簡単につくれる。こういうのが特撮の面白さだと思います。
もっとも、この小さい世界というのはあくまでシミュレーションです。特撮の本番のときにはこの10倍(4×3m)の大きさのセットを使います。
注意しなければいけないのは、10倍のスピードで撮るということは10倍の光量が必要だということなんです。大光量を当てないとセットでは撮影できない。ただ、今のデジタル技術では撮影可能なISO感度がどんど上がっているので助かっています。
ちなみに、ミニチュア撮影は自宅のベランダで行いました。なので学生さんでも特撮っぽいものを撮ろうと思えば撮れるんです。
山口:テスト撮影のスピードは10倍とのことだったが、本番は何倍にするんですか?
桜井:要件によっていろいろです。このときは4〜7倍のハイスピードを使いました。計算では120コマ(5倍)くらいが適正なのですが、「もうすこし重々しい感じで壊れたい」との意見があったので7倍にしました。それにしても、その場で再生して見られるというのがデジタルの利点です。
山口:セットが大きくなればなるほど倍率は少なくて済む?
桜井:そうです。少なくて済みます。光量も少なくて済むのですが、今度は光を当てる範囲が広がるので、「行って来い」という感じですね。
山口:私の知るかぎり、ゴジラの歩きは3倍、破壊のシーンは5倍で撮ったという認識なのですが。
桜井:はい。破壊シーンではだいたい5倍。ただゴジラの場合、中に人が入って動いているので5倍のハイスピードの動き(早い動き)がなかなかできないんです。そのなかで、重みがあって早い動きというと、だいたい3倍がいいところでしょう。
山口:メカニックの点から聞きたいと思います。機材が新しくなったために、学生でもこういうことができるようになった、ということはありますか?
入倉:現行のFS5を使うと、240コマ/秒で撮れます。最近ではα6500といった十数万円のモデルでも120コマ/秒撮れます。昔なら映画人しかできなかったことがそれこそ今ではiPhoneでもできるようになりました。
山口:今現在、何倍まで可能なのですか?
入倉:HD解像度で240コマ、240コマ、つまり10倍までといったところですね。さらにSD解像度まで落とせば960コマも可能です。
山口:むかし特撮だと5倍がハイスピードの適正だと思っていましたが。
桜井:機材に問題がなければ8倍、10倍、15倍で回したかったのですが、一般的には5倍くらいがほとんどでしたね。それ以上のカメラだと特殊カメラになり、機材費が1日30万円くらいかかってしまう。電気も200V必要だったりして、特別なとき以外はできなかった。それが今は簡単にできてしまう。
山口:技術が革新されて、桜井さん的にはいろいろできるようになったことがあると。
桜井:ええ。できるようになったことはいろいろあるが、特撮の作品が少なくなっているのが寂しい。シン・ゴジラみたいにほとんどCGになっていますから。
山口:ただハイスピードの使い途を演出的に考えると、何でもかんでもハイスピードにすればいいというものでもない。例えば2倍くらいの速度だと人間には視覚効果としてはわかりにくい。だいたい3倍(は必要)。CMなどの女性の振り向きだと3倍くらい。逆に、ハイスピードに見えないソフトな感じの演出をしたいときに、隠し技として2倍を利用すると効果がある。
ハイスピードの技術が進むと、皆さんもいろいろと楽しめるのではないでしょうか。
S-Logの効果について
山口:次にソニーのメカニック専門の入倉さんからS-Logについて説明をお願いしたいと思います。
入倉:Logというのは、ハイスピードが撮れるようなここ数年のデジタルシネマカメラの特徴になっています。ソニーに限らずいろんなメーカーのカメラに搭載されています。これ自体はテクノロジーなので、これですぐ作品のクオリティが上がるというものではないが、作品の幅が広がることは確かです。
S-Logは、弊社の最近のカメラに搭載されているガンマカーブのことで、暗い所から非常に明るい所までを黒つぶれ、白とびさせずに撮ることができる。
まずガンマカーブとは何かということをご説明します。
横軸が被写体の明るさ。カメラで撮ったときに、真っ白から真っ黒までどの明るさで記録をするかを示したグラフです。このグラフは当然まっすぐだと普通は考えますが、実際には曲がっています。具体的には対数カーブを描いています。なぜかというと、カメラで記録する場合、真っ暗から真っ白までの間は階段状のグレースケールで記録される。いいカメラだと1024階調(10bit)、もう少し安いカメラだと256階調(8bit)で記録します。真っ黒から真っ白までまっすぐに(リニア)するとシーンによってグラデーションのガタガタが見えてしまいます。これを見せないようにするために曲がっています
これは人間の目の特徴を生かしています。人間の目は、明るい物の階調には鈍感で、明るさの違いがわからない。ですが、人の肌のような中間階調には敏感で、差がわかりやすくなっています。その特徴を使い、鈍感なところは階調を狭くし、敏感なところは階調をたくさんにする。こうすることにより、1024の階段をうまく使おうというのがガンマカーブです。
Logのカーブが緑と赤です。一般的なカメラに搭載されているガンマカーブ(=ビデオガンマ)は青。
昔のセンサーは明るいところまで撮れなかったので、ちょっと明るくなると真っ白にとんでしまっていました。
比較をご覧ください。
なにをもってフィルムルックというかは人によって違うと思うが、一例として階調が残っていれば好きなように色やトーンを変化させることができます。
山口:フィルムルックのほうが映画っぽい、光学に近い色合いということですか?
入倉:そうですね。
グレーディングをするとこんな感じになりますという例です。だた、やはりグレーディングはハードルが高い感じがすると思います。自分でグレーディングなんかできないという方は多いと思う。ちゃんとしたグレーディングではないが、簡単にいいところまでもっていける無償のソフトもあるので紹介したいと思います。
Catalyst Browseというもので、ソニーのサイトからダウンロードできるソフトです。撮ったコンテンツを簡単に再生できます。色をいじったり、トーンカーブを変えたり、明るさを変えたりもできます。LUTという機能があって、これは、Logで撮った素材をいい感じのところまでもっていってくれる機能です。これを使っている方がけっこう多いので紹介したいと思います。
ソニーが提供しているLUTとして、4つのオススメのトーンがあります。スタンダード、シネマっぽい色合い、など。シネマトーンは、フィルムのトーンや色調をエミュレートしたもの。これ一発だとどぎつい感じになるので、ここからいじっていけばそこそこのものになっていく。皆さん軽くいじってみていただきたいと思います。
(実際に操作)
DaVinciなどの本格的なグレーディングソフトを使わなくても、無償のソフトでLUTを一発当ててから微調整するだけで、そこそこいい感じのトーンまでもっていけます。Logで撮ってからこういうものを使うと、比較的手軽に自分の好みのトーンがつくれます。
山口:このソフトはどんなカメラにも対応できますか?
入倉:弊社のカメラで撮ったものはまず対応できます。市販のツールなども使えば、他社のカメラで撮ったものも使えます。
桜井:先日入倉さんに教えてもらって、家に帰ってさっそくこのソフトでやってみたが、面白いです。
山口:素人でも大丈夫?
桜井:「フィルムの曲線はS字」ということを覚えておいて、まず直線をS字っぽくするとか、肌色のハイライトは黄色っぽくして暗部は青っぽくするとか、そういうことをしているうちにだんだんとフィルムっぽい感じが出てきます。
山口:『アメリカの夜』で使ったハリウッドの方式で、昼間にデイライトで撮影してそれを夜につぶしで撮る、いうことを昔よくやりました。このS-Log撮影からグレーディングする技術を使えば、真昼間にナイトシーンを撮って『アメリカの夜』っぽくすることはできますか?
入倉:もちろんできます。色をころばすことも簡単にできますので。
山口:コツとしては、街灯の電気を1つ点けておくとかワザが必要だと思いますが。予算的な話になりますが、例えば曇天の海で女優を撮ったがいまいち色がピンとこない、なんていう時は、S-Logで撮っておけばリテイクなしで色をよくすることができる?
入倉:Logでない場合は飛びやすく、とんでしまうとそこは白になり色情報が残らない。Logで撮ると飛びにくい。飛んでいない状態であれば色成分が残っているので、それを変えていくということができます。色調を変える必要があるというときは、Logで撮ると効果があります。
山口:例えば、スナックとか喫茶店で夜のシーンを撮るときに、ライティングの準備時間も予算もなくて、露出的にはやや暗めで撮ってしまったと。それでもS-Logで撮っておけばなんとか(できる)?
入倉:万能ではないので何でも救えるとは言わないが、普通のビデオカメラでとっていれば、つぶれてしまっているところがLogの場合は残っているので、それをこういうソフトで持ち上げてあげると残せます。ただ、暗い所を持ち上げるとノイズが出てくるので、そういう意味では万能ではありません。
山口:今日見た学生の作品などでも、ライティングできなかったんだろうな、時間もなかったんだろうな、というような暗い感じのものがあったが、そういうものもS-Logで撮っておけばよりやりやすくなると。
入倉:製作意図としてはここまでつぶすつもりはなかったんだろうな、というものがありましたが、そういうものもLogで撮っておけば、つぶさずに後からディテールをおこすということもできるので、非常にいいと思います。
今日紹介したのはS-LogというソニーのLogですが、ソニーに限らずパナソニックとかキヤノンのカメラにも最近では搭載されているので、皆さん積極的に使っていただくといいかなと思います。
桜井:S-Logで撮っておけば、階調の広さでもって合成するときのヌケの良さとか調節できる。つぶしやすくもなる。夏場に俳優の肌が白く飛んでしまうと、つぶしができない。情報のないところを一生懸命つぶしても、グレーの板にしか見えないので。そういう意味ではS-Logであれば、非常にリアルなナイトシーンもつくることができます。
S-Logのほうがいろんな色調が調整でき、映像的な面白さがある。これからはLogをいじって表現する技を勉強しないといけないと思う。
山口:お二方、最後に何かあれば一言。
入倉:最近はハイスピードやS-LogやHDRが流行っています。フィルムの時代は機材が高価で、フィルム自体も高価でした。フィルムでできることは、ここ数年で安価なデジタル機材でほぼできるようになりました。そういう意味で、今の学生は昔にくらべ表現の幅が広がっています。いろんな機能を使って、自分の表現したいことを表現してほしいと思います。
桜井:機材はまだ高いのですが、絶対に手の届かない値段でもなくなってきた。デジタルの場合、ランニングコスト(昔のフィルム代)がかからない。カメラさえあればいくらでもテストできる。昔はなにかするたびにフィルム代を稼がなければいけなかった。デジタルであって所有しているカメラであれば、日が照った場合、曇りのときの場合、というように毎日テストできるというのは、いい環境だと思う。若い人たちでも、こうしたらこういう画が撮れるんじゃないかと思ったらすぐ試せるというのは、いい時代だと思います。
山口:バイオレンスの巨匠といわれるサム・ペキンパーがハイスピードによく対応していて、アクションシーン、暴力シーンで効果的にハイスピードを使っています。『ワイルドバンチ』では、銃撃戦でハイスピードを使っている。ほかにも『わらの犬』であるとか『ゲッタウェイ』などの作品があるが、一度観てもらえば「ハイスピードってこういうふうに効果的に使うのか」というのが分かると思う。ぜひ表現という点からも過去の作品を参考にしてみてください。