2025年6月27日より品川・キヤノンギャラリー Sにて、映像作家・写真家の林響太朗の作品展「ほがらかに。」が開催中です。今回、作品展に込めた思いや制作の裏側について、林さんにお話を伺いました。

取材・文/おかぽり(ビデオサロン編集部)

林 響太朗(はやし きょうたろう)/1989年東京生まれ。多摩美術大学情報デザイン学科 情報デザインコース卒業後、DRAWING AND MANUALに参加。多摩美術大学 情報デザイン学科デザインコース 非常勤講師。Instagram:@kyotaro_photo

「朗」に込められた想い

――展示拝見させていただきずっとこの場所にいたいと思う、素敵な空間でした! まず、今回の作品展のタイトルにもなっている「ほがらかに。」について、どういう思いが込められているか教えていただけますか?

ありがとうございます! 「ほがらかに。」というタイトルは、挨拶文にも書いたのですが、自分の名前に入っている「朗」という字から取っています。最初からこのタイトルにしようと決めていたわけではなく、展示をやらせてもらえることが決まって、まずは色々撮ってみようというところから始まりました。そして撮りためた作品を振り返りながら、「こういうのを自分は撮るんだな」と思っていたら、いよいよ展示のタイトルを決めるタイミングになって。自分の中にある感情や記憶を思い返していたとき、「響太朗」の「朗」という字について考えるようになったんです。

よく「桃太郎」の「郎」と間違えられるんですが、そのたびに「違うんですよね〜」と訂正してきた経験が、自分の中に刷り込まれていて。それがいつの間にか、自分にとって大切な一文字になっていました。両親もきっと、この字を大切に選んでくれたんだろうなと感じて、改めて「朗」を意識するようになったんです。「ほがらか」という言葉は、自分の無意識の中で大切にしてきた視点だと思いますし、それを今回の展示で感じ取ってもらえたら嬉しいです。

――まさに、ほがらかな景色が切り取られているなと感じました。今回、「ただよう」、「うるおう」、「みつめる」っていう3つのテーマ、3つの違う展示方法をしていますが、それぞれの意図を教えてもらえますか?

今回の展示は妻が構成を考えてくれています。最初の「ただよう」は、風になびいて漂っているような心地よい感じ。薄い布にプリントして風に揺れたり光で透けたりする様子を楽しんでもらいたいです。次の部屋は「うるおう」をテーマにしていて、外からインプットを受けて自分の内側から湧き上がってくるようなイメージです。構成的に最初は導入、最後の部屋の景色を楽しんでもらうために、ここはぎゅっと小さい空間にまとめてあります。そして最後の「みつめる」は僕が見てきた景色を、国や時間とか何も関係なく散りばめています。

――メッセージの中で、「今まで自分の見たことのない景色と、そして今まで見てきたことのある景色に、出会いに」と綴られていますが、既存の作品と撮り下ろした作品の割合はどのくらいなのでしょうか?

今回展示している作品の9割は、この展示のために新たに撮り下ろしたものです。過去に撮った写真でも、「これはやっぱり入れたいな」と思ったものはいくつか展示していますが、映像はすべて今回の旅で撮影したものです。これまで「写真家」と呼ばれることにはあまりしっくりきていなくて、ほとんど趣味のように撮っていた写真を喜んでくれる方がいて、そこから仕事につながっていくことが多かったんです。でも、こうして写真展をやることになり、「自分には何ができるかな」と改めて考える時間になりました。

――そもそもこの写真展をやろうっていう話っていつぐらいから動いていたんですか?

1年半から2年ぐらい前にキヤノンマーケティングジャパンの方から、お話をいただきました。以前からずっと何かやろうと提案とかしてくださって。

――訪れた場所はどうやって決まっていったんですか?

今回の旅では、妻が行きたい場所に行きました。僕自身は海外にあまり興味がなくて、「日本でも十分楽しいじゃん」と思っていたんです。英語も喋れないし、海外に行きたいと思ったこともほとんどなかったんですよね。でも妻は英語がペラペラで、海外に自然と目が向いている人なんです。だから、彼女が「行きたい」と思う場所はきっと面白いところだろうと思っていました。ただ、いろいろな国を巡っているうちに、自分でも「ここは行ってみたい」と思う場所が一箇所だけ見つかったんです。それがブータンです。同級生から「ブータンって面白そうだよ」と聞いて、「ブータンって何?幸せの国なの?」と気になり始めて、「行ってみたいかもしれない!」と思うようになりました。でもブータンに行くのはすごく大変で、基本的にガイドさんとずっと一緒にいないといけないし、ガイド付きでないとビザも取れない仕組みなんです。

――お坊さんの写真がとても印象的でした! ブータンは料理がめちゃくちゃ辛いんですよね。

そうなんですよ。僕らは辛さ控えめにしてもらったんですが、ガイドさんからは「物足りなくないの?」って。それでもすでに辛かったんですけどね(笑)。

映像と写真の境界を曖昧にする

――「映像と写真の境界を曖昧にする」というテーマとして掲げられています。改めて、境界を曖昧にするというのはどういう意図が含まれているのでしょうか。

写真を撮る感覚と映像を撮る感覚は、できるだけ同じでいたいと思っています。ただ、時間の使い方が全く違うので、その「時間の伝わり方」や「見え方」をどう横断できるかを意識していました。そのために絶対に守りたいと思ったのが、写真と映像を同じ形で見せる展示をすることでした。やっぱり写真は大きく見せたいと思っていたので、映像も合わせて大きなモニターを探していましたが、なかなか見つからず、一度は写真と映像でサイズを変えて印刷しようと考えました。でも「それじゃダメ」って妻に言われました。空間のコンセプトをしっかり伝えるためには、写真と映像を同列に並べて見せる必要がある、と気づかされました。だからこそサイズには最後までこだわりました。映像については、映画のようにワンカットで長い時間を切り取る編集をしています。一瞬ではなく数分の長尺にすることで、より写真的に感じられるようにしたいと思ったんです。俯瞰で見たときに「なんかそこが動いているな」とわかるくらいのバランスで、「あ、動いた!」って気づいてもらえるように編集しています。

――暗い部屋にぱっと浮かび上がる動き出す感じがすごく素敵でした! 機材的なところを聞かせてください。

最初の頃はフジフイルムやLeicaなど、いろいろカメラをぶら下げまくって街を歩いたりしていました。でも旅を重ねるごとに、ライトな状態でいたいから結局1台だけ持っていましたね。最終的にはキヤノンのEOS R5 Mark IIで映像と写真を流動的に撮っていました。

――林さんの過去のインタビューの中でEOS R5 Mark IIを使ってると、写真と映像の両方を行き来する中で、「脳みそが追いつかない感覚がある」とおっしゃっていました。その感覚と曖昧さみたいなものが、もしかしたらこうリンクしてきたのかなって、ちょっと思ったんですけど、それはどうですか?

撮影しているとき、写真を撮るべきか映像を撮るべきか、どっちがいいか分からなくなるんですよね。今は写真を撮るべきか、映像を撮るべきかと迷っているうちに、その瞬間自体が終わってしまうわけじゃないですか。それってもったいないからすぐに撮りたいんですけど、写真的に「今がいい!」と思う瞬間でも、映像で残したい気持ちが強くなることもあって。そういうとき、自分の中で気持ちが追いつかないって表現したんだと思います。それでも極力シンプルな気持ちで、「写真か映像か」を自分の中で決めて撮るようにしています。そうしていく中で、結果的に写真を選ぶことが多くて、「あ、自分はやっぱり写真が好きなんだな」と改めて思いました。でも、一方で「この瞬間は映像じゃないと残せない」と感じることもあって。その人のたたずまいや、一瞬では切り取れない空気感のようなものは、映像だからこそ撮れると思っています。

――写真と映像をどちらを撮ろうか迷っている、その事象が終わってしまうこともあるというお話がすごく印象的でした。感覚的に何か事象があると思ってカメラを構えることが多いですか? それともちょっとここで待ってみようみたいな心持ちで撮られることが多いのでしょうか?

どちらかというと、「何かありそうだな」というより「いいなぁ」と感じた気分で撮ることが多いですね。たっぷり時間を取れることが多いので、「いいなぁ」と思ったら「いいな」ぐらいの撮り始めるような速度感です。その瞬間に直感で「写真にするか映像にするか」を決めていました。難しいんですけど、カメラ自体はどちらもすぐに撮れるんですよ。もちろん極端に言えば同時には撮れないけれど、写真を撮ったあとにすぐ映像を撮ることもできます。

でも写真には写真の良さ、映像には映像の良さがあって。同じものを撮っても、意味が少し変わってくるんですよね。なので同じ構図で撮ったものを、写真集には写真で収録し、展示では映像として流すような形で見せたりもしています。「どっちも欲しいな」と思うこともありますが、あまりこだわりすぎず、自然に決めるようにしていました。

空間全体で伝えたい「ほがらかさ」

――こだわりでいうと、林さんは「青色」にこだわりを持っているとお聞きしました。今回の作品展で全体的に色味だったり、統一してこだわった部分みたいなことっていうのがありましたら教えてください。

色味について特に意識してこだわったわけではないのですが、自然に選んでいったら青が多くなっていて、「あ、これが自分らしいのかも」と思いました。無意識に「綺麗だな」と感じたものを選んでいったら、黄色もいい、緑もいい、結果的にはすべての色が綺麗で。ただ、青が入ると自分の中で清らかな気持ちになって、心地よさを感じることが多いんです。だから自然と青いものが多くなったのかなと思います。

――確かに見ていて心地よかったです! それでいうと流れている音楽も素敵でした。没入できるというか。

これは父の林有三が作ってくれた音楽なんです。父とは旅の終わりに、映像や写真を渡して「こんなの撮れたよ」「いいじゃん」みたいなやり取りをしました。今回、作品展のためにひとつづつ写真や映像を見ながら交換日記のように渡し合いました。

――そうだったんですね! グッズにあったカセットテープ欲しくなりました。展示という空間が一つの作品になっているような気がしました。今回の作品展とクライアントワークをするときの意識の違いみたいなものってありましたか?

クライアントワークは音楽や製品など題材に決まりがあって、いい意味で「プレゼンテーション」という感覚があります。そこでどこまで高みに飛ばせるかを考えるんですけど、今回の展示ではそういうことは全く考えなくて、ライフワークに近い感覚でした。見る人によっては「ただの新婚旅行の写真じゃん?」と思われるかもしれませんけど(笑)。妻的には「これは新婚旅行じゃない」って言われていて、改めてちゃんと新婚旅行に行かないといけないんですけどね。でも本当に、朝起きてすぐカメラを持って、ずっと歩きながら「これ撮ろう」「あれ撮ろう」って撮影していました。妻も写真をたくさん撮る人なので、2人でほとんど同じものを撮って、似たような話をしながら楽しくやっていました。そういう意味では、生活に近いというか、自分が「好きだな」と思うものをひたすら集めている感覚でした。

ただ、そうして撮ったものが、結局は仕事の現場にも活きているんだなと思うことがあって。今、ミュージックビデオを作っているんですが、ある女優さんに写真集を見せたら「こういう感覚で世界を見ているんだね」って言われたんです。ライフワークでやっていることと、仕事で作っているものがシンクロしていて、同じ視点で見ているんだなと感じていて。そういう意味では、自分の中でライフワークと仕事はあまり分かれていないのかもしれません。

――最後に、それぞれの空間において、見ている人にどのような体験をしてもらいたいですか?

やっぱり来てくださった方の気持ちが朗らかになってほしいですね。ここが「ほがらか」になれる場所になるといいなと思っています。どの写真や映像を特に見てほしいというより、この場所に来たときに、写真や映像、会場の構成、音楽が合わさって没入できる、居心地のいい空間を作りたいと意識しています。なので、空間そのものを楽しんでもらえたら嬉しいです。

作品展概要

開催日時

2025年6月27日(金)〜8月6日(水)

10:00〜17:30(日曜・祝日休館)

会場

キヤノンギャラリー S 東京都港区港南2-16-6 キヤノン S タワー 1F

※JR品川駅(2階)港南口方面より徒歩約8分
京浜急行品川駅より徒歩約10分

公式HP