How to shoot Wonder Mountains
スペシャリストが教える制作術
山映像を得意とするビデオグラファーの井上卓郎さん。多くのファンを持つ『Wonder Mountains(ゴキゲン山映像)』シリーズを送り出す井上さんに自身の山映像制作の心構えやポイントについて解説してもらった。
写真・文:井上卓郎
北アルプスの麓、長野県松本市を拠点に自然やそこに暮らす人を題材とした映像作品を手がけ、人や自然を演出することなく自然な形で表現することを心がけている。自然の中にゆっくり溶け込んで撮影することがモットー。代表作 ゴキゲン山映像「WONDER MOUNTAINS」シリーズ、「くらして歳時記」など 。happydayz.jp
私が感じる山の魅力
山岳映画というと雪崩が起き、誰かが遭難してダブルアックスで壁に取り付く…そんなシーンを思い浮かべる人も多いのではないだろうか? しかし私の感じる山の魅力とはそんなバーティカルリミット的な山ではなく、霧に包まれた森や眼下に広がる雲海、言葉で表すと「絶景」としか表現のしようのないぜいたくな景色の中でボーっと空気感を感じ、自然の中に溶け込むことにあると思う。映像を作る上で大切にしていることは単にキレイな景色の羅列ではなく、見た人が共感し、そこに行ってみたいと思わせる映像こそが私が目指す「ゴキゲン山映像」である。
「ゆる山」のススメ
山の楽しみ方はいろいろあり、いくつもの山を連続して歩く縦走や、登頂を目的にして登るピークハント、コースタイムに比べてどれだけ早く登れたかを重要視する人もいる。私は時間の許す限りゆっくりと山を感じたい。日帰りできる山は2日かけ、2日で行ける山は3日かけてゆっくりとカメラを回しながら歩くことにしている。せっかく街中とは違った特別な空間にいるのだから、なるべくその場に留まり溶け込みたいのである。ゆっくりと歩き、その場にある様々なものに目を向けた分だけいろいろな景色に出会える。私はそれを「ゆる山」と呼んでいる。
撮影編
キレイなだけの映像で終わらせないための心得
撮影にあたって気をつけていること
ここでは私が山映像を撮影する際に心がけているポイントについて解説していきたい。一つ一つのショットをキレイに美しく撮影していこうという思考は大前提としてあるものの、無作為にそれらを羅列していくだけでは、見る人を引きつける映像を作ることはできない。
山ではメインの被写体となる山の景色はもちろん、それ以外にも山道を流れる小川やその土地ならではの動植物、標識など様々な被写体が溢れている。マクロとミクロの視点で目の前の景色をゆっくりと観察し、被写体やカメラワーク、撮影技法などのバリエーションを増やしていくと、編集の際に素材が足りなくなって困ることはなくなるだろう。
また、事前に様々な天気予報サイトや天気図を見ておくことも大切だ。例えば雲海を狙って山に入る場合には、気象(湿度が高く、放射冷却があり、無風快晴であること)、気温(前夜と翌日の早朝の気温差があること)などの条件がある。自分が撮りたい映像を撮るためにも、気象情報を細かくチェックしておくことは山映像を撮る上で切っても切り離せない。
【動きをつくる】
山という動かない被写体にスライダーを使って動きをつける。遠景の被写体ではスライダーの短い移動距離では変化が出にくいが、手前に岩や花などを配置することで映像に動きが出る。
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▲スライダー撮影を使って右にゆっくり移動撮影
▲スライダー撮影を行う筆者。
【時間を操る】
タイムラプスやスーパースローの映像をインサートショットとして時折映像のなかに盛り込み、肉眼では見えない動きを出すと興味を引き、飽きない映像になる。
▲[オベリスクと星]タイムラプスを使うと雲の変化や星の軌跡で動きを出すことができる。
▲[水滴]葉の先端から水滴が落ちる様子をスーパースローで撮影。肉眼では見ることができない動きが見える。
【メインディッシュはホドホドに】
疲れてくるとメインの山ばかりを撮ってしまい、足元の小さな景色を見落としてしまいがち。同じような素材ばかりになってしまい編集で困ることも。気分的には山:人:花や小物の比率が1:1:1になるように撮影している。メインの山は数カットで充分で、そこにたどり着く過程が大切。
▲[チングルマ]足元にも目を向ける
▲[ニホンザル]自然界には動物もたくさんいる
【朝と夕方はマジックアワー】
日中は光が強すぎてギラギラとした映像になってしまう。太陽が低い時間が撮影に最も適している。日の出と日没の前後20分くらいは幻想的な光景が広がるマジックアワーになる。
▲[立山稜線]太陽が低い位置にあると陰影がはっきりする
▲[稜線からの夕暮れ]オレンジと紫色が混じり合う
【天候を読む】
自然の中で良い景色に出会うには天候を読むことは欠かせない。天気予報サイトや天気図を見て総合的に判断する。
▲筆者がよく利用する天気情報サイト。左:Weathernews(http://weathernews.jp/) 右:ヤマテン(https://i.yamatenki.co.jp/)
編集編
編集で心がけているショットのつなぎ
気持ちのいい流れを意識して編集する
私の作る映像にはストーリーがあまりない。だが、下の例のように気持ちの良い流れを作ることで見る人を飽きさせず、それでいて単にキレイな映像の羅列にはならないように気をつけている。
隙を作ることにより見る人の想像する余地を残すことも大切にしているポイント。見る人にはそれぞれにストーリーを作って欲しいと思っている。キレイな景色を前にして「とてもキレイな景色が広がっています」などとナレーションやテロップを入れることはない。言わなくても見ている人には伝わるのである。作り手から感動や興奮を押し付けることはせず、見る人に委ねている。
【気持ちのいい流れを作る】
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▲映像の展開例。登り始めから森の中→徐々に標高をあげる→夕焼け→頂上という流れを作ることで単にキレイな映像を並べるだけにならないように気をつけている。
【季節や時間の移り変わり】
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▲秋から冬への移り変わり
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▲夜から朝への時間経過。同じ場所や同じアングルで撮影して切り替え、季節や時間の変化を表現することもある。
音楽編
楽曲次第で映像のイメージが変わる
個人の作品ならば数千円程で楽曲使用が可能
いい映像にはいい楽曲が必要である。映像を作る際、楽曲でイメージはガラッと変わる。楽曲選びに正解があるわけではないが、自分の好みや最終的に仕上げたい映像の雰囲気によって使う楽曲は変わってくる。20代で映像を始めた頃はパンクロックやヒップホップを好んで選曲していたが、42歳になった今は多少ゆったりとした壮大系な音楽を選曲するようになった。年齢による選曲の変化も後で見れば楽しみの一つである。
楽曲を使うには著作権やライセンスの知識が必要だ。昔はレーベルやアーティストと交渉していたが、現在は楽曲使用のライセンスサイトがいろいろあるので用途や予算によって使い分けるのがいいだろう。フリーミュージックを探すというのも手段の一つだが、いい感じの楽曲を探すのはとても難しく時間がかかる。個人の作品であれば数千円程度でライセンスを取得できるので、こうしたライセンスサイトを利用するのも方法の一つである。
【井上さんが映像作品でよく使う音楽のライセンスサイト】
audioblocks(https://ja.audioblocks.com/)
筆者の好みの楽曲はあまりないが、SE(効果音)はとても多く
映画で使われているような効果音は一通りそろっている。
audiojungle(https://audiojungle.net/)
GoProのPVで使ってそうな曲から静かなピアノ曲まで
幅は広い。ボーカル曲も多少有り。
Jamendo Music(https://www.jamendo.com/)
幅広い楽曲があり、ボーカル曲も豊富。
気に入った曲に似た曲を探す機能(See Similar Tracks)が便利。
Musicbed(https://www.musicbed.com/)
値段は少し高いがその分とてもクオリティが高い。
すべてのジャンルの楽曲がそろっている。
《コラム》撮影道具一式見せてもらいました
山に持っていく機材は取捨選択
持っていく機材は自分で運べる量に限られる。テントで泊まる時は機材を減らさなければならない。あまり持ちすぎると歩けなくなってしまう。持てる物には限りがあるので取捨選択が大切。
1.メインカメラはURSA Mini Pro 4.6KでRAW映像を撮影。α7RIIは星のタイムラプスと風景写真。5軸手ぶれ補正を生かした手持ち撮影で使用。
2.レンズはEFレンズ。広角から望遠まで画質と重量のバランスでチョイス。α7RIIで使う時はメタボーンズのマウントアダプタを使用。
3.スライダーはRhino EVO Slider、三脚 はGITZO GT1541T。カーボンで軽量。フライホイールを使ってスムーズな動きを引き出せる。
4.70ℓのカメラザックF-Stop Gear SUKHA。背中側が開くので機材の出し入れがしやすい。スライダーやテントはバッグにくくりつける。
5.その他ドローン(DJI Mavic Pro)、RAW収録では欠かせないカラーチェッカー、メモリーカード、予備バッテリー等の備品もバックパックに収納。
6.アウターは雨具と防寒具を兼ねて軽量化している。朝夕は冷えるので夏でもダウンジャケット必須。インナーは乾きやすい化繊の素材を選んでいる。
7.テントはMSR Hubba Hubba NX。2人用テントでゆったり過ごす。映像に写ることもあるのでデザインも重要。
8.登山靴はSCARPA Mirage GTX。購入前に試着して必ず足に合ったものを選ぶのがおすすめ。ソールのグリップも大切。
9.インスタント食料、水筒、モバイルバッテリー、ヘッドライト、地図、日焼け止めなども合わせて持参する。