2024年11月13日(水)から15日(金)の3日間にわたり、国内最大のメディア&エンターテインメント機材展「Inter BEE 2024」が催された。今年の登録来場者数は33,853名(ユニーク数、一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)公表数)とのことで、昨年よりも2,000名以上増えた。
そして今年で60回を迎えた本イベントは、新たに映画制作技術にフォーカスした特別企画『INTER BEE CINEMA』を実施。本稿では、その企画セッション「Japanese Original Production 広告映像のプロデューサーが見る制作現場のいま」をレポートする。
TEXT & PHOTO ● NUMAKURA Arihito
確かな個性を武器に、丁寧に取り組むことが強みとなる。
本セッションに登壇したのは、株式会社キラメキ 代表取締役社長 / エグゼクティブプロデューサー 石井義樹氏、太陽企画株式会社 プロデューサー 大内まさみ氏、AOI Pro. 制作第7部 プロデューサー 三須大輔氏の3氏。そしてモデレーターは、映像ライター 林 永子氏が務めた。
3氏の自己紹介、そして各社のリールが上映された後、トークセッションを開始。今回、CMをはじめとする広告映像をメインフィールドとするプロダクションで活躍中のプロデューサーを横串にする一方では、キャリアや性別、主に手がけている案件などについてはできるだけ登壇者ごとのちがいが明瞭な3氏に登壇をお願いしたと、林氏が企画の背景を説明した。
国内だけでなく海外のクリエイティブシーンとダイレクトにつながっていることを強みとするキラメキ代表取締役社長の石井氏は、30年近くのキャリアをもつ大ベテラン。上映されたリールでは、旭化成ホームズ ヘーベルハウス『白い箱』CMや今年、MISAMOがリメイクしたことでも話題をあつめた安室奈美恵とヴィダル・サスーンのコラボレーションによる『NEW LOOK』MVなど、世間一般にも広く知られる作品を中心に、優れた映像作品を数多く手がけてきたことが紹介された。
実写、コマ撮り、CGなど多彩な表現技法を武器とする太陽企画プロデューサーの大内氏は、業界歴11年目。大内氏のプロデューサーデビュー作品は、2020年にリリースされたYOASOBI『群青』MVだったが、その後もNHK 連続テレビ小説 『ブギウギ』OPや太陽企画のアニメーションスタジオが制作に参加したストップモーション時代劇『HIDARI』といったコマ撮り案件をコンスタントに手がけていることが特徴として紹介された。
そして、AOI Pro. に所属、3人の中では一番若手である三須氏は業界歴10年目。プロデューサーデビューは2017年であり、三須氏の代表作と言える第70回「カンヌライオンズ(Cannes Lions 2023)」にてシルバー・ブロンズを受賞したナイキジャパン『WOO! GO! by Atarashii Gakkou』などが紹介された。
石井氏はプロデューサーとして活動する上でのこだわりとして、対象となる商品やサービスの売上に寄与する広告映像を作ることが大原則、さらに長きにわたってブランド価値を高めていくことに貢献できるようにすること、そして依頼された要件以上のものを提供することを挙げた。その意味ではプロデューサーはサービス業という認識でいることにも言及した。
大内氏は、映像作品のプロデュースするということ、広告映像のワークフローについては、根幹となる部分はすでに確立されているという持論を展開。その上で自分が好きなことや興味のあることなどが自ずとプロデューサーとしての強みになっていると語った。
三須氏は、若手であることもひとつの武器にしているとコメント。また、自分のような若手のプロデューサーに発注するということは必ず何かしらの意味があるはずと考えており、そこに込められた思いをひとつひとつ丁寧に汲み取り、作品に反映させるようにしていることが語られた。
3氏に共通するのは、確かな個性を発揮するということだろう。それは何かトリッキーな言動を振る舞えということではない。
クライアントや制作スタッフとのコミュニケーションにおいて、些細な情報にも注意をはらい、良い方向へ展開するようにしていく。そのためには自身が好きなことや関心のある領域を活動フィールドにするのが効果的といったことが、プロデューサーとしての確かな実績につながっていくのだろう。
映像制作会社も一般企業としてのコンプライアンス、待遇が求められている。
次にテーマとなったのが、広告映像制作の現場で起きている問題とその解決に向けた取り組み。広告映像にかぎらず日本の映像制作現場では、労働時間の長さ、それに見合っていない賃金などの待遇が問題点と指摘されてひさしい。2022年に一般社団法人日本映画制作適正化機構が設立されて「作品認定制度」の運用がスタートするなど、官民を問わず、改善に向けた取り組みが増えつつあるように感じる。キラメキでも、新卒の採用活動において確かな変化を感じているという。
石井義樹氏(以下、石井):働き方と待遇については確実に改善してきたと思います。20〜30年前までは、3徹とか4徹とか当たり前みたいな雰囲気でした。業界を志望する人たちもそうした大変さがあっても、映像をやりたい、広告をやりたいという人たちが集まって来ていた。だけど、今はひとつの就職先として考えている方が増えていますね。実際にあった例では静岡銀行からも内定をもらっていて悩んでますという人がいました。その子は最終的にキラメキに入社してくれましたけど。そうした変化によって、商社や金融系の会社に対して引けを取らない待遇や働き方にしていくことが求められていると思います。同様に「(御社は)どのようなかたちで社会貢献をされていますか?」といった質問を会社説明会や面接で聞かれることも増えました。
大内まさみ氏(以下、大内):10年ぐらい前までは、現場にいる女性は少ない印象がありましたね。ですが最近は、新卒で入社する人たちの半数は女性です。離職率も減っていると思います。そうなってくると、会社も変わらなきゃいけないよねみたいな話が自然と出てくるようになりました。「女性の働き方はどうあるべきか」「(社員に)子どもが生まれて育てていくとなったときに、会社としてできることは?」といった話が会社事として出てくるようになって、実際に就業規則や福利厚生の制度の一部が変わりました。
三須大輔氏(以下、三須):働き方の観点では、業務に使用するアプリケーションの進化もありますね。より効率的に進行管理ができるようになったことで制作部の労働時間が改善されたりとか。例えば、PPM(プリプロダクション・ミーティング)用の資料です。以前は、ひとりのPMが担当して、それが出来上がるまでは情報共有に限界がありました。ですが、今はGoogleワークプレイスなどを利用して、資料の作成中でも情報の共有ができますし、作業を分担することもできます。あとはZoomなどによるオンラインミーティングが定着したことで、移動時間を減らせましたし、勤務時間後のミーティングもかなり少なくなりました。
ーーまた、SDGsへの対応として、制作現場の廃棄物への関心も高まっている。
具体例として挙げられたのが、フードロス対策。キラメキからは、余ってしまったケータリングやお弁当の対策として、江戸川区のこども食堂への無償提供をこれまでに数回実施したことが紹介された。太陽企画とAOI Pro.は、SDGsに関する特設サイトをオープンし、様々なプロジェクトに取り組んでいることが紹介された。
部分的に取り組むだけではなく、業界全体で改善していくために。
最後のテーマは「映像制作現場におけるフリーランスとの仕事の進め方」。
2024年11月1日から、フリーランス新法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)が施行されたことを受けた旬なテーマである。
今回のトークセッション企画が誕生するきっかけにもなったという、撮影部・照明部のアシスタントスタッフの単価に関するある動きに対して、石井氏が問題を提起したFacebook投稿に込めた思いからトークが展開された。石井氏によると、ある照明部の有志団体が海外(恐らくはハリウッドを中心とする北米)の撮影現場におけるコスト算出ルールを参考に、グリーンバックを設営する場合は所要日数を1日追加、イントレを組む必要のある作業が発生する場合は所要日数を0.5日追加といった、従来よりも業務内容を細分化することによって、必要な作業日数やコストをより適切に算出していこうといった取り組みを始めたそうだ。
それ自体は、昨今の数値化、見える化といった仕事上の改善に通じるものでありポジティブな取り組みと言えるだろう。しかし、広告映像にかぎらず、一般的にクライアントから案件を受注したプロダクションの担当プロデューサーが予算の責任をもっている。そのため、先述したようなルール変更に伴う、総予算の増額についてクライアントとの交渉が発生する場合は、制作プロダクションとの連携が不可欠だ。
石井氏は、そうした照明技師たちの活動自体は一定の評価を示しつつ、全てのスタッフ、全ての制作会社が足並みを揃えて、改善に取り組む必要があることを強調した。
石井:(石井氏自身のFacebook投稿について)僕、こうした動きに文句を言っているわけじゃないんですよ。必要なコストにお金を払うのは全てオッケー。払えるものは、しっかりとお支払いしたい。忘れてはいけないのは、クライアントさんに承認していただく見積もりにどうやって反映させるのかということなんです。フリーランスの方々にかぎらず、予算の適正化は全てのスタッフにとって重要です。予算が1500万だと厳しいので1800万に増やしてくださいとただ訴えただけでは、クライアントの理解を得ることが難しい。大切なのはその予算の使い方。今でもグロスで見積もることが多いと思いますが、実態と照らし合わせて、何のために、いくら必要なのか、その作業やコストが適切なのかを含めて、考えていく必要があります。だからこそ、制作部、照明部、撮影部など、みんなで集まって話し合って、どうすれば総予算に反映できるのか、一緒に考えていきたいのです。
MC・林 永子氏:これまで、そうした話し合いができる場がなかったわけですよね。この機会に、そうした場づくりができると良いですね。大内さんと三須さんは、この話を聞いてどう思われましたか?
大内:難しいですけど、できるところから改善していきたいと思っています。実は太陽企画では、11月からスタッフさんへお支払いする単価を改めました。あとは、見積もりを作る際に、1日あたりとか半日あたりで算出していますが、今後は必要に応じて時間単位など、より細かく算出していきたいと考えています。
三須:AOI Pro.も単価を改めました。プロデューサーの立場としては、受け手によって解釈が変わりそうな表現については、よりいっそう注意したいと思います。僕も制作時代に「単価2ぐらい」と言われたときに、2万なのか2日なのかわからなくなったことがあったので、誰が見ても解釈が同じになるように明確にしていくことが大切だと思います。
——実は、広告系の制作プロダクションは他社との交流が意外と少ないそうだ。
今回のセッションのように共通の課題について意見交換が行える機会が増えてほしいと、3氏は口を揃えていた。広告映像の制作者を対象とした社団法人などは存在するが、開かれた場で意見を交わすことによって業界外からの支援や協力が得られる可能性がある。なによりも広告映像を目にする一般の人たちに、広告映像制作の魅力や社会的な意義を知ってもらえる機会にもなるだろう。こうした活動が増えていくことを願っている。