2024年11月13日(水)から15日(金)の3日間にわたり、今年も幕張メッセで国内最大のメディア&エンターテインメント機材展「Inter BEE 2024」が催された。今年で60回を迎えた本イベントだが、新たに映画制作技術にフォーカスした特別企画『INTER BEE CINEMA』が実施された。本稿では、企画セッション「MPTE AWARDS 大賞受賞“「ゴジラ-1.0」録音・音響効果技術”を語りつくす!」をレポートする。


TEXT & PHOTO ● NUMAKURA Arihito

3種類の方式を取り入れた、外海での録音

ゴジラの日こと、2023年11月3日(金)ロードショーとなった映画『ゴジラ-1.0』。第96回アカデミー賞にて、アジア映画史上初の視覚効果賞を受賞したことで日本の映像制作者に勇気を与えたが、本作の録音技術は『MPTE AWARDS 2024』(一般社団法人日本映画テレビ技術協会による顕彰活動である第77回『映像技術賞』)、さらには日本映画テレビ技術大賞(経済産業大臣賞)にも輝いた。

本セッションは、それらの受賞を記念して『ゴジラ-1.0』録音を担当した竹内久史氏(合同会社Famiu)と、同じく音響効果を担当した井上奈津子氏(合同会社Playful・Sound)の両氏をゲストに迎え、『ゴジラ-1.0』の音づくりについて語り合うものであった。なおモデレーターは、三友株式会社のサウンドスーパーバイザーの村越宏之氏が務めた。


©2023 TOHO CO.,LTD.





まずは、『ゴジラ-1.0』の録音を担当したサウンドミキサー 竹内久史氏から、その取り組みをふり返った。竹内氏が山崎貴監督作品の録音を担当したのは、『GHOSTBOOK おばけずかん』(2022)が初めてとのことだが、実は助手時代を含めると『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005)から長きにわたり山崎組に参加している。そんな竹内氏にとって、録音のテクニカル面で最も大変だったのは、 新生丸シーンだという。主人公・敷島浩一(神木隆之介)が乗り込んだ機雷を処理する小型船「新生丸」のシーンは、リアリティを追求した結果、外海で撮影が行われた。


竹内久史氏(以下、竹内):山崎監督はリアルを求めた結果、実際の外洋で一連の撮影を行いました。本当に朝から夕方まで洋上で撮影し続けるという日々が2週間ぐらい続きました。撮影では、劇用船という実際に役者さんたちが乗る新生丸(美術部が加工した木造船)、撮影用カメラを乗せたカメラ船、そして監督や僕たちが乗るベース船という3つの船に分かれていたのですが、劇用船とベース船は当たり前に100メートルとか離れた状態のため、有線マイクが使用できず、自ずとワイヤレスを使う必要に迫られました。


『ゴジラ-1.0』録音を担当した、サウンドミキサー竹内久史氏(合同会社Famiu)




竹内:そこで事前に、ロケ地となる外海まで船を出していただき、ワイヤレス機材で録音のクオリティが担保できるのか等の検証を行いました。事前検証を通じて、技術的には可能であることが確認できたのですが、それも「今回の検証では、大丈夫だったね」ぐらいの意味しか持ちません。ワイヤレスによる録音は水物なので、その時の気象状況などによって精度が大きく変わるからです。そこで本当に念入りに準備しました。具体的には、ワイヤレスとは別に劇用船( 新生丸)の操舵室内に、別系統の録音機器を置かせていただきました。万が一、カメラに映り込んでしまっても違和感が出ないように、設置の仕方については美術部さんの了承を得ました。


外海で実施された新生丸シーンの撮影風景。手前が劇用船、奧がカメラ船。写真には写っていないが、山崎監督や竹内氏たちが乗船したベース船も別にある




竹内:さらに、電波を遠くまで飛ばさないワイヤレス録音機材も用意しました。これらは 新生丸に乗られる4人の役者さんに着けさせていただきました。つまり、役者さんおひとりにつき、ベース船まで電波を飛ばすワイヤレスと飛ばさないワイヤレスの2タイプを着けていただきました。それに加えて、操舵室に設置させていただいた録音機材(シンクロ方式)の計3種類の方式で録音を行なったわけですね。


ーー最終的に、 新生丸シーンでは主にシンクロ方式の音声を使用したという。また、陸に戻った後に、俳優部に協力してもらいオンリー録音も実施し、シンクロ素材だと厳しい場合には、それらも利用したそうだ。一度、外海に出ると船を乗り換えることはできなかったという。そのため、バッテリーも接続可能な最大の数(通常の2倍とのこと)を連結させていたとのこと。


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ゴジラの鳴き声を追い求めて〜音響効果〜

続いて、井上氏が音響効果の制作をふり返った。


井上奈津子氏(以下、井上):

この作品はもう、“音の洪水”状態でしたね。(ゼロからの)作り物はたくさんありましたし、最初にラッシュを観て唖然としたことをよく覚えています(笑)

制作当初から決めていたのは「ひとつひとつ課題をクリアしていこう」ということでしたね。まずは一番大事な音から作ろうと思い、ゴジラの鳴き声から着手しました。


『ゴジラ-1.0』音響効果を担当した、フォーリーアーティスト井上奈津子氏(合同会社Playful・Sound)




井上:

CGまだ出来上がっていない段階でしたが、山崎監督と話し合って過去作で用いられたゴジラの鳴き声の選定から始めました。

そこで初代の鳴き声を使うことに決めたのですが、山崎監督から「オリジナルの鳴き声特有の恐さを損なわずに、現代のスピーカーシステムに最適化してほしい」とリクエストをいただきました。


©2023 TOHO CO.,LTD.




井上:初代の鳴き声はとんでもなく良いのですが、6mmテープで保管されていたオリジナル音源の中には劣化してしまったものもありました。なかにはほとんど壊れている状態の部分もあったため、補強するだけではなく、新しく作った音を組み合わせてみることにしました。まずは、オットセイやシャチなどの海生哺乳類の声を集めて加工して付けてみました。さらにライオンやトラなどの唸り声を付け加えてみたのですが、付ければ付けるほど怪獣ではなく、恐竜的な印象が強まってしまいました。


ーーゴジラというある種の神秘性を兼ね備えた怪獣ならではの鳴き声を追求したものの、実在する生物の鳴き声を素材にしたのでは、不必要なリアリティが残ってしまったということだろう。そこで井上氏は、生物の声を素材にするのではなく、オリジナルの鳴き声を構成する音を分解して、足りない音を独自に作るというアプローチに切り替えたそうだ。


井上:メルカリでコントラバスを買って、それをフォーリールームに持ち込みました。ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、初代ゴジラの鳴き声について、コントラバスの弦を緩めて、革の手袋を付けた状態で、ギューッと握って作り出した音が使われたという言い伝えがあるんです。そうして作り出した音を、6mmテープに録音して、その再生速度を変えたものをさらに録音して加工するといったかたちで作り出した的な話が音響効果部では代々語り継がれているので、それを自分なりに再現してみることにしました。(コントラバスの弦を)鉄の棒で擦ったり、革素材で擦ったり。さらには弦を全て緩めた状態にして何かを当ててみたりとか、色々な収録方法を試しました。

そのうちのひとつに、ダクソフォン(Daxophone)というマイナー楽器がありました。以前から使ってみたいと思っていたのですが、市販のものを見つけることができませんでした。そこでYouTubeでダクソフォンの動画を探していたところ、自作した人がいることを知りました。それを参考に自分でダクソフォンもどきみたいなものを作り、それでコントラバスの弦を弾いてみたりとかも……。とにかくコントラバスを使って録れる音は全て録っ、 それらの音を加工して、少しずつ初代の鳴き声に加えていき、どの音域のどういう音がオリジナルの鳴き声に混ざれば一体化されるんだろう……といった研究に明け暮れていました。

結局、自作した鳴き声は全て不採用になりました(苦笑)。だけど、コントラバスの音を研究できたことによって、どんな音が(オリジナルの)ゴジラの鳴き声に合うのかといった感覚をつかむことができたことは後々役に立ちました。


ーー最終的に、オリジナルの鳴き声と組み合わせる音素材として有効だったのは、かなり古い昭和の時代に録音されたサイレンの音だったそうだ。

その音が鳴き声(後半)の響く部分にマッチしたとのこと。さらに喉が焼けきっている感じとしてガリガリ、ゴリゴリした音素材を加えることで本作独自のゴジラの鳴き声が出来上がった。


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その時々で、ベストを尽くすという正攻法

『ゴジラ-1.0』は、日本映画では初めてIMAX、MX4D、4DX、ScreenX、4DXScreen、Dolby Cinemaという6つのラージフォーマットで上映されたが、それを実現できた背景が両氏によって披露された。


竹内:最初に制作したのは7.1chで、東宝スタジオで行いました。実は、この段階ではDolby Atmos版を作る予定はありませんでした。

井上:プリミックスを始める前まで7.1chでやるのか、Dolby Atmosでやるのかわからない状態が続いていました。そこでどちらにも対応できるように、音響効果については振りものが多いので卓のフェードを使ったボリュームオートメーションを使わないことに決めました。もし後からDolby Atmos版も制作することになった場合、スタジオ間の移動が発生することも考慮しました。7.1chの制作終了後、東映デジタルスタジオにあるDolby Atmos対応のダビングステージで作業をすることになったのですが、再現性を確保するためにArtist MIX DAWコントローラーを卓の上に置いて、フェーダー情報をセッション中に記録していきました。

竹内:いわゆるインドアミックスで対応しました。当時は、Dolby Atmos対応のダビングステージは東映さんしかお持ちではなかったので。なかなか刺激的な体験でしたが、Dolby Atmos版も制作できて良かったです。


ーーDolby Atmos版を作ってから7.1ch、さらに5.1chと、大きなフォーマットから順に制作していくことがセオリーだというが、『ゴジラ-1.0』の場合は、7.1chをダビングしてから、Dolby Atmos版を改めてダビングするという、ある意味では贅沢なワークフローで進められた。さらにサウンド制作におけるこだわりとしては、竹内氏と井上氏は現存するものに関する音は、実際に現地に出向いて録音するというリアルを追求する方針を徹底したという。


井上:そのメリットは、その場の空気も一緒に録れることでした。ゴジラの鳴き声については、ZOZOマリンスタジアムで作成した音素材を再生して録音しました。


ーー当日は、録音部から9人の助っ人が参加。それぞれレコーダーとマイクを持ち、スタンド席、奧の通路、建物の中、さらにはスタジアムの外など、方々に配置。再生する際も音量を変えたりしながら最大限録れる音を録音したという。

天井のない広い場所で、スタジアム専用の大きなスピーカーからゴジラの鳴き声を流したことで、絶妙な響きを鳴き声に込めることができたそうだ。


©2023 TOHO CO.,LTD.



IMAX版については、カナダ本国のサウンドエンジニアにDolby Atmos版の音素材を託すことになったそうだが、Zoomによるオンラインミーティング、さらに2度の試写を通じたフィードバックする機会が得られたことで、納得のクオリティに仕上げられたそうだ。


竹内:(『ゴジラ-1.0』には)録音についても音響効果についても、劇場でしか聴くことができない微妙な音の演出をしている部分がたくさんあります。だから機会を見つけて劇場で観ていただきたい。たくさんのフォーマットで色んな音を聴いてもらって、その体験を持ち帰ってもらえると嬉しいですね。

井上:この作品では色んなことに挑戦させてもらえました。フォーリー作業では、東宝スタジオのフォーリースタジオを10日間も使わせていただきました。その間に多くの効果マンの方々に応援に来ていただきました。だから私ひとりの音ではありません。多くの人たちの知恵を使って出した音が散りばめられています。それらが、この作品だけの音になっているなって、観返す度に思います。竹内さんとじゃなきゃ、このバランスは取れなかったでしょうし、あの時の自分じゃなきゃこの音は作れなかったなっていうものがたくさん込められています。これからも大切にしていきたい作品です。