REPORT◉ふるいちやすし
原点に戻る。最先端を行く。どちらも大切なことなのだろう。私が原点のようにしているソニーNEX-FS100とクラシックレンズ Zoom 45-90mm f2.8 にしても、最先端を行く中で辿り着いたものだ。だがそこに特別なマイルストーンを置いた美意識にこそ原点はあって、機材には原点などあり得ない。
ただ、職業柄様々な機材や最先端の凄さに触れる中、時にこの愛機を持ち出すと、ソニーが遺したHD最高のセンサーによる深みとAngenieuxの癖玉が教えてくれるガラス玉遊びの楽しさが、私の根っこを見せてくれる。
万人にとって美しい映像なんかあり得ない。たとえ100人中99人が美しいと答えても、それは99人でしかないし、あとの一人には何の意味もない。この先、どんな新技術、高画質に出会おうとも、そして私自身、変わっていくことがあっても、その基軸だけは忘れないようにしたいと思う。
⇧カメラはソニーのNEX-FS100。すでに生産完了になっているが、フォーマットをHDまでに限定すればこれほど魅力のあるセンサーは多くない。音声はタスカムDR-701D。
ついでと言っては何だが、二本のズームレンズを紹介したい。DSLRで動画を撮れるようになった頃、一つだけ諦めなければならない表現があった。それがズームイン・アウトだ。当時のビデオカメラ(現在もだが)には10倍、20倍と凄い倍率のズームレンズが付いており、それをモーターでスムーズに動かす表現が当たり前のように行われていたのだが、スチル用のレンズではそれができない。むろん、ズームレンズは存在したが、モーターで動かすためか、そもそも静止画を撮るためにその途中の動作を滑らかにする必要もなかったためか、ズームリングの動きはスッカスカに軽く作られていたのだ。
当時のいくつかの仕事ではDSLRにも関わらず、コンテにスーパーズームやスローズームを要求する物もあったが、「いや、これは諦めて下さい」なんて断っていたこともあった。
最近になってやっとソニーから電動ズームを装備した大判センサー用レンズやJVCのバリアブルスキャンでのズームが可能になってきたが、レンズに粘りのあるズームリングを備えたものは、一部のシネレンズに限られ、こちらはまだまだ高価だ。
⇧左からAngenieux Zoom 45-90mm f2.8、CONTAX Zeiss Vario Sonnar 35-135mm f3.3、NIKON ZOOM NIKKOR 35-200mm f3.5。Zeiss のトーンと重厚感はズームでも健在で、ある意味Angenieuxと対極にあるレンズかもしれない。色もしっかり正確に出る印象。NIKONは少し柔らかめのジャパントーンといった感じだが、色味はAngenieuxとは逆に少しアンバーに振れて落ち着きのある印象だ。
ところがAngenieuxも含めたこの3本、恐らく1970年代に作られた物なのであろうが、時代の狭間のお陰なのか、ズームに粘りがある。慣れればスムーズなズーミングも可能で、特にCONTAX Zeiss Vario-SonnarとNIKON Zoom NIKKORの二本はワイド端35mmからそれぞれ135mm、200mmと、Angenieuxの2倍に比べるとなかなかの高倍率だ。開放値はf3.3、f3.5とさほど明るくはないものの、1本持っていると何かと便利だ。
さらにこの2本はズームを伸縮でコントロールするタイプでフォーカスと同じリングを使う。決して簡単ではないが、ズーミングとフォーカスの微調整や送りを一度に行う表現もやろうと思えばできる。
何分、古いレンズなので精度も解像度も今のレンズのようにはいかないが、トーンはそれぞれ個性的で、これをフィジカルに操ろうとする苦労には、なかなかしびれる面白さがある。
特にNIKONは探せば状態のいい物でも1万円前後で手に入るのも嬉しい。ただし、古いレンズにありがちな油の劣化で、せっかくの粘りが抜けてしまっていることも多いので注意が必要だ。
実は私の物も一カ所少し軽くなってしまうところがあるので油断できない。
⇧ZeissとNIKONの2本はそっくり似たような機構になっていて、特に一つのリングでフォーカスとズームを同時に動かす操作はとても楽しい。またマクロ機能も付いており、一本でかなりオールマイティに使えるレンズだ。
報道や記録のプロであれば別だが、本当に簡単に撮りたいのだろうか? あるがままの景色をそのまま持って帰りたいのだろうか? 撮影という行為はそもそも面倒なものだ。時にはこういった癖のある機材と必死で向き合い、やっと思い通りに操り、うまくできた奇跡のショットを喜ぶこともロンサムビデオの楽しさだと思っているのだが、どうだろう?
Angenieux Zoom の面白さの一つは、露出をアンダーにした時とオーバーにした時とでまったく違う顔を見せることだ。
特に逆光で撮った時には全体に青みがさし、ふわっとドリーミーな柔らかさが出る。これは昔のコーティングとレンズ内反射のいたずらによるものなのだろうが、それをポジティブに使い出すと楽しくて仕方がない。また、絞り込むと色はぐっと出るが、例えばZeissのような重さには繋がらない。あくまで優しいトーンなのだ。この狭間をうまく使い分ける光とガラス玉との遊びが私に撮影の喜びを与えてくれる。