テスト・文●小枝繁之
こんにちは。株式会社G-CaLの小枝繁之です。 普段はTV番組のフリーランスエディター、企業映像のプロデューサーやプログラマーをしています。バラエティ番組のワイプ映像をAI解析する「ワイプトラッカー」、多人数スケジュール管理システム「スケジュールマスター」をテレビ業界向けに開発・提供を行っています。
今回は、Appleから発売されたばかりのM2 Ultra搭載Mac Studio 2023を実際に使った感想をお伝えします。 前世代のMac Studioよりも最大50%高速で、最もパワフルなIntelベースの27インチiMacよりも4倍高速だと言われていますが、ホントに映像編集で使えるのか検証してみたいと思います。ちなみに筆者は普段、M1 ProのMacBook Pro 14を愛用しています。
今回お借りしたモデルのスペックは以下です。
スペックは全部のせで、お値段1,270,800円(税込)の正真正銘のハイスペックモデル。 個人で所有することはまずない値段帯だけに開封するだけでドキドキします。
インターフェース
最も重要になるThunderbolt4が6ポートあるので入出力には困らないでしょう。
今回はせっかくなので編集の現場を想定し、4Kモニターを3台つないで、BMD UltraStudio4K miniを接続してみましたが、スペックの低下などは全く感じませんでした。M2 Ultraでは、4Kモニターなら8台まで対応しているそうなので、まだまだ余裕でしたね。
またプロユースでは、地味に重要な10Gb Ethernetに対応している点は評価が高いです。別途準備するには高価な変換アダプターを購入することになり、配線的にも美しくありません。編集スタジオでは、NASと接続する場合が多いので、10Gbの標準対応は嬉しいですね。
基本のベンチマーク
まずは基本のベンチマークです。定番のベンチマークを確認していきます。
CPU
Cinebench R23の計測結果
インテル時代の最高峰MacPro2019と比較してもマルチで60%ほどスペックアップしています。 M1 Pro に対してもコア数だけでなくシングルの値でも着実にスペックアップしています。
一方、WindowsのCPUと比較するとマルチスコアではAMD Ryzen 9 5950X(3.4GHz 16コア / 32スレッド)と同程度でした。 ハイエンドではありますが、最高スペックというわけではなさそうです。
GPU
Blender Open Dataにて計測。
GPUベンチマークはOpenCLとMETALで処理が違うのでWindowsとの単純比較が難しいですが、一例として3DCGソフト「Blender」の公式ベンチマークでは43位となっています。 何十倍ものサイズ差がある専用GPUと勝負できていること自体がすごいですが、ミドルクラスGPUと同程度のようです。
SSD
DiskSpeedTestの結果
READ:5745MB/s、WRITE:7544MB/sという驚異的なスコアです。 8TBでここまで高速なのが存在するんですね(汗)。一般的なHDDで120~200MB/s、Nvme対応SSDでも多くは2000MB/s程度なので文字通り異次元の速度です。見せかけの容量だけでなく、超高速SSDを載せてくるところにメーカーの本気度を感じます。 SSDの速度は起動からレンダリングまで全てに影響するので、これは有り難いですね。
BlackmagicDesign RAW Speed Test
続いて、映像業界で幅広いシェアを持つDaVinci Resolveのベンチマークを行います。
Blackmagic RAW Speed Test の結果
弊社保有のWindowsとも比較してみましたが、GPUスコアはぶっちぎりに速いですね。 BlenderベンチマークでトップスコアだったRTX4090でも180FPS程度らしいので、これは文句なく現時点での最高値でしょう! M1 Proで150fps出ていることを考えると、これはBlackmagic DesignがMETALに対してかなり最適化を施していると考えられます。
現状ではWindows機でどれだけ高性能なPCを用意しても、この差を埋めるのはかなり難しそうです。 また、Intel時代の集大成であるMac Pro 2019もさすがのスコアですが、CPU・GPUともにMacStudioの勝利!着実に進化しているのを感じさせます。
ベンチマークまとめ
CPUやGPUの単純性能比較ではハイエンドではあるものの最高峰ではありません。 しかし、BlackmagicDesign社のベンチマークでは圧倒的な速度を出しています。 このあたりがどういった影響が出るのか実際の映像編集ソフトで比較を行います。
映像系編集ソフトでの利用
映像業界で高いシェアを誇るAdobe PremiereProとDavinciResolveStudioで検証を行いました。
比較機は、以下の2台です。
測定方法
素材をデスクトップに置き、書き出し先もデスクトップに行います。 今回は8K動画素材を2本用意しました。 V1にProResHQを置き、V2にProRes4444で文字情報を載せた1分間のシーケンスを、8K動画を書き出します。 8Kの納品形式であるHEVCと、保存形式であるProResHQの書き出し時間を計測します。
これは2021年に筆者が8K HDR作品「流鏑馬 The Art Of Horseback Archery」を担当した際に行ったワークフローで、修正が最後まであり、最終的な書き出し時間を軽減するためにこのような方法で行っていました。
測定結果
驚きました。MacStudioがぶっちぎりに速いです。 特にDavinciResolveではなにか設定をミスしたのかと思うほど超高速でした。8Kの書き出しで、実時間以下になる時代が来るとは想像もしてなかったです。確かに内蔵SSDの速度は3〜5倍程度速いですが、それだけでは説明つかないほど超高速ですね。
Premiere Proはハードウェアエンコード対応コーデックでのテストを行いました。こちらもベンチマークスコア通りしっかりと書き出し速度に差がでています。
Windows機が最新モデルではないとはいえ、ここまでの大差がつくのは予想外でした。 自作したPCなだけに悲しみもひとしお…(涙)。このWindows機での8K編集がいかに大変だったのかと思い出すと泣けてきます。
「流鏑馬 The Art Of Horseback Archery」
DaviciResolveでノイズ除去
あまりに早すぎるので、先ほどの条件に加えてV1の映像にノイズ除去エフェクトを「最高品質」にして適用。 再テストしたところ45秒→46秒と1秒しか変わりませんでした。
書き出しだけでなくエフェクト処理も超高速! あの何時間もかけてレンダリングしていた日々は何だったんでしょうね…と、またしても過去を思い出してしまいました。
AdobeAfterEffectsの書き出し
膨大な平面レイヤーが使われている、あふたー屋さんの作品「#35_Re:AfterEffectsだけでモビルスーツ」のaepをお借りしてProResで書き出してみました。
After EffectsはGPU対応を進めていますがメインはCPUの処理となります。 ここまで優位性を保っていたM1 ProがWindowsに倍近い差で負けています。 筆者保有のWindows機が2世代前であることを考えるとWindows、Macでの差はあまりなく、概ねCinebenchのベンチマーク結果に近い形となりそうです。
#35_Re:AfterEffectsだけでモビルスーツ
考察
シンプルなスペック比較やベンチマークソフトの結果と異なり、実際の編集ソフトではMac側で超高速処理が行われているようです。 これらはおそらくMacStudioに搭載されている「メディアエンジン」による恩恵が大きいものと推測されます。
Mac Studio 2023の仕様書には
メディアエンジン
・ハードウェアアクセラレーテッドH.264、HEVC、ProRes、ProRes RAW
・2つのビデオデコードエンジン
・4つのビデオエンコードエンジン
・4つのProResエンコード/デコードエンジン
と記載されています。
メディアエンジンは映像コーデック用の専用エンジンです。 H.264やHEVCはともかくProRes専用のエンジンが今後Windowsに搭載されることは想像しにくく、ProResに変わるコーデックが出てこない限りMacの優位性は今後も変わらないものと推測されます。
まとめ
今回はMac Studio 2023を映像エディター目線でレビューさせていただきました。
CPUやGPU単独のベンチマークでは、Windowsで使用できるPCパーツにもっと性能の高いのがあるのは事実です。しかし、メディアエンジンの恩恵を受けられる動画素材を扱った処理では、Windows機に対して強力なアドバンテージを持ちます。この性能が専用GPUなどの大型パーツのないコンパクトな筐体に収まっているのが正直信じられません。
一方で、AfterEffectsでは映像素材を使わないことで、メディアエンジンを活かすことが出来ない結果となりました。一言に映像ソフトといっても撮影素材を多く使うかどうかでユーザーによって判断の分かれるところかもしれません。
ただ今回のテストで最も驚いたのが、ファンの音が全く聞こえないことです。 何度もベンチマークを走らせましたが、ほとんど聞こえませんでした。これならキーボード横に置いて作業を行ってもファンの音で邪魔されることはないでしょう。
筆者はWindowsゲーミングPCを複数所有していますが、GPUを積んだゲーミングPCはファン音が凄いというのが常識となっていたので、静音PCという概念を忘れていました。これならばマシンルームを作る必要もなく室内置きで快適に利用できます。しかもコンパクトな筐体で重さも最大3.6kgなので、いざという時は持ち出すのも簡単です。
重たい映像素材を扱う現場では圧倒的な性能を発揮してくれるでしょう。Mac Studio 2023は気軽に持ち運べる静音性の高いハイエンドPCとして、唯一無二の存在です。