「同じことはやりたくないんです」そう静かに、しかしはっきりと語るのは映像ディレクター・木村太一監督。これまでにも音楽シーンに新しい映像体験を届け続けてきた木村監督ですが、今回のKroi『Method』のミュージックビデオでは、その姿勢がさらに強く反映されています。今回のMVの最大の特徴は、iPhoneを40台を使用し、バンドメンバーを360度に囲み、同時に映像収録するという破格の撮影手法。iPhoneならではの機動力を最大限に活かしています。今回はiPhoneographerとしても活動する筆者が、木村太一監督とDITの内田誠司氏に直接インタビューをさせていただく機会をいただきました。

【プロフィール】

木村太一 / Taichi Kimura
1987年東京生まれ、ロンドン在住。映画監督を目指し、12歳で単身渡英し映像制作を学ぶ。
UKでは、CHASE& STATUS、Coldplay、Kano、国内では、King Gnu、舐達磨など国境を跨いで数々のアーティストのMV / ドキュメンタリーを手掛け、現代の日本を代表する映像作家として目を見張る活躍を見せている。近年では 国際的なミュージックビデオアワードUKMVA2022にてBEST DANCE /ELECTRONIC VIDEO部門ノミネート。

ドキュメンタリー作品も多数制作しており、2022年にはAmazonPrime Video 独占配信の長編ドキュメンタリー映画「ELLEGARDEN : Lost & Found」を監督。映画監督としては、2016年に自主制作した短編『LOST YOUTH』が映画作品として初めて BOILER ROOMで上映され、 デイビッド・リンチがオーナーのパリのプライベートクラブでも招待上映など、海外のメディアで高い評価を受けた。2023年、自身初となる長編映画 『AFTERGLOWS』を公開。Asia film festival Barcelona 2024のオフィシャルセクションにおいて最優秀監督賞を受賞。
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内田誠司 / Seiji Uchida
株式会社VIDEO VILLAGEにて、DIT(Digital Imaging Technician)業務を中心に、配信・ドローン撮影・ポストプロダクションなど、映像制作の幅広いフィールドで活動しています。現場の撮影設計から仕上げのルック作成まで、映像にまつわるあらゆる工程を「つなぐ」立場として、クリエイティブとテクニカルの架け橋になることを意識しています。作品の世界観に深く寄り添いながら、撮影チームが100%の力を発揮できるよう、技術面から現場を支えています。

木村監督の制作スタイルとiPhone

―――普段の木村監督の作品だと、シネマカメラを使用したRun & Gunスタイルの撮影が多いように感じます。今回のiPhoneによる撮影は、今までの監督のスタイルとどう違いましたか?

木村太一監督(以下、木村監督):基本的に僕、シネマチックに撮っていくのが好きな方ではあると思うんですけど。 でもそれ以前に、同じことをやりたくないという気持ちが強いんです。 他の監督とかはこれが十八番ですみたいな感じで、それでやっていくと思うんですけど、手法として同じことを何回もするというのは、あまり好きじゃないっていうタイプなんですよね。Kroiさんからエネルギッシュなものを撮ってほしいって言われたときに、普通に考えたら、カメラを設置してかっこいいセットアップで、いろんなカメラの動きで撮るというものなんですが、それはもうみんながやっていることで、僕も他のバンドでそういうことをやったことがあるので、そういうところに被りたくないと思ったんですよ。

だから、斬新なことをやりたいなと思ったときに、レディオヘッドのアルバム、『In Rainbows』が出たときのことを思い出して、そこにセッションの演奏風景を固定カメラで撮影したビデオが残っていたんです。

あの映像がすごく好きで、あれを更にカメラを何十台も置いて撮影しようと思いました。 最初はビデオテープのカメラでやろうと思ったんですが、DPやDITに相談したときに、それは無理ですよと言われて。 じゃあどうしようってなったときに、iPhoneとかいいかもと思ったんです。カメラアングルに他のカメラが映るのは、40台も使うと避けられないようなことだから、そう考えた時の画の見栄えが良いことも含め、機能性なども考えたときに、iPhoneが良いなと思ったんです。そしてそれに対するシステムをDITの誠司君が作ってくれた感じです。

カメラとしての”iPhone”

――撮影の際のアプリは何を使用されましたか?

DIT 内田誠司氏(以下:内田さん)アプリはBlackmagic Cameraを使用し、Tentacle Syncで同期を試みました。iPhone 40台をネットワーク経由で1台のiPadに有線で接続しましたね。

――白ホリのスタジオで撮影したのが功を奏した感じでしょうか?

内田さん:そうですね。外の撮影だとデバイスを管理するのが大変だったかもしれません。

木村監督:あと(外の撮影だと)色を管理するのも大変だったかもしれませんね。

――撮影設定は?

内田さん:Apple LogのProRes 422 HQの4Kで撮影しました。

――撮影の流れとしては同時RECだったのでしょうか?

木村監督:誠司君がボタンを1つ押せば同時RECが始まるシステムを構築してくれたので、RECボタンは4回しか押した覚えがないですね。セットアップにものすごい時間が掛かりましたが、REC自体はトータルで15分から20分くらいしかないと思います。

――iPhone側にリグなどは装着していない様子でしたね。

木村監督:そうですね。映像に映ることが前提だったので、見た目の良い、出来るだけスリムな、存在感の少ないスタンドを使用していました。

――データの送受信はどのように行われましたか?

内田さん:iPhoneに直接SSDを接続して行いました。DITとしての設備も普段とは違ってほとんどiPadだけでしたね。

木村監督:それどころではなかったということでもあります(笑)。

内田さん:カメラの設定もネットワークで一元管理をしていました。一部、暗い場所のiPhoneだけ感度を調整していましたね。

――アングルはどのように決めましたか?

木村監督:被写体には4台ずつ配置して、そこにワイドを何台つけて…みたいに考えていました。アングルチェックが大変だったのを覚えています。実際にチェックする際は直接iPhoneを確認して、確認出来たものからLANケーブルで接続しました。最終チェックはiPadで確認していましたね。

iPhone撮影と現場のリアル

――現場の雰囲気はいかがでしたか?

木村監督:iPhoneだからと言って特別な雰囲気はありませんでした。それよりも現場にいたスタッフほぼ全員がアングルのセッティングを手伝っていましたね(笑)。スタッフが一致団結したのはとてもよかったです。モニターに映像を繋げた時のスタッフの感動が印象的でした。

――被写体の人によっては大きなシネマカメラに撮影されることに対して緊張する方がいると思います。今回のメインカメラであるiPhoneと、被写体であるKroiの皆さんとの関係はいつもと違いましたか?

木村監督:(Kroiの皆さんが)かなりリラックスしてパフォーマンスされているなという印象はありました。携帯という、僕らがほぼ毎日使用しているもので、今回は40台でしたが、Kroiの方々にとってはライブで2000台の携帯を向けられていることもあるわけで。パフォーマンスの質は高かった印象があります。

160アングルの映像編集

――編集はどうされましたか?

木村監督:オフラインはPremiere Proでいつも通り自分で行いました。アングルが大体40台の4回撮影なので160アングルあったので、あれだけあると少し大変でしたね。流石にあそこまでのアングル数は経験したことありませんでした。レイヤーをしっかり管理しないといけませんでした。頭の中で編集しながら流れを作っていくという感じでしたね。

――意識されたことは?

スプリットスクリーンを使う意識はありましたが、どこまで使うべきかKroiの皆さんと相談していました。Kroiの皆さんに編集を助けていただいたという気持ちです。

――個人的に木村監督のMVではフィルムグレイン調のルックの印象があるのですが、今回のMVではデジタルのクリーンなルックが特徴的だなと思いました。

木村監督:ふたつあって、iPhoneで撮影しているというのは強調した方がいいなとは考えていました。クリーンなルックの方が近代的だなと。もうひとつは、フィルムグレインを追加することに少し飽きてきたというのがあります(笑)。とりあえずフィルムグレインを追加するのではなく、作品にとって何が一番いいのかというのを大事に考えていますね。自分自身は新しいことにチャレンジしたいというのがあるので、テクノロジーを使って表現の幅を広げたいのもあります。そしてそこに抵抗感が無いような監督でいたい。このMVの存在や他のクリエイターがiPhoneで映像を撮影しているのをもっと皆さんに知ってもらい、iPhoneで映像撮影をすることに対してプロデューサーが反論しにくくなってほしいです(笑)。

実際にiPhoneで撮影しての印象

――撮影が終わり、上がりを見た際に意外に思われたことはありますか?

木村監督:みんなで話していたんですが、iPhoneの台数、もっと行けるなと思いました(笑)。意外にカメラアングルは無限に作れるんだなと。固定アングルで撮影して、カット割で映像のエネルギーを出すとなると、あともう10台は追加出来るなと。足りないってことはありませんでしたが、もっとあっても良いと思いました。

――シネマカメラではなく、iPhoneにしか出来ないことはあると思いますか?

木村監督:いっぱいあると思います。被写体とカメラの関係での良い意味での緊張感の無さや、レンズを変えたいとなってもレンズを変えるプロセスがボタン1つを押すだけなので、そのような即興性は便利でした。それから、携帯自体のデザインが、映像に写っていても、美術のプロップとしても活きるカッコいいデザインなので、そこは良かったです。逆にシネマカメラが映像に映っていると「撮ってます」という感じが強く出てしまうので。また、普通のシネマカメラでは撮影できないアングルでの撮影でiPhoneは使われると思いますし、今の時点でも使われていると思います。そして更にiPhoneが進化していけば、メインカメラとして活躍する時も来ると思いますね。

内田さん:技術的な部分で考えると、ネットワークとの繋ぎやすさの他に、位置情報の取得が特徴的だと思います。特にVFXの分野で役に立つ、通常のカメラでは難しいようなことがiPhoneでは既に可能になりつつあると思います。あとは物量ですよね。シネマカメラでは難しい台数をiPhoneでは揃えることが出来るのは良いと思います。

木村監督:iPhoneをロケハンで使用することがありますが、iPhoneでカメラテストをするレベルまでにはもう来ていると思います。特機を使用するとなると話は変わりますが、映画でもiPhoneでまずテストをしてということもありますね。

――今後の木村監督の作品でiPhoneはどのように活躍できると思いますか?

木村監督:そもそも既にiPhoneは使用していますよ。iPhoneでしか撮影できないアングルで撮影したことがあります。ただiPhoneだからといって何か特別なのではなく、アクリルのインクを使うのか、油絵具を使うのかの違いだと思います。作品にとって何が一番良いのかの話ですよ。

――ありがとうございました。

内容やメイキング写真も、MVの例に漏れず盛り沢山となった今回の木村太一監督とKroiのiPhone撮影のインタビューでした。

なお、Apple Musicにて、木村太一監督が自身のキャリアや日常に影響を与えた音楽をセレクト、紹介する『これ聴いてます』が配信中です。木村監督の懐かしい思い出から最新の撮影エピソードまで、音楽を通して自身の人生を振り返る内容となっています。ぜひ聴いてみてはいかがでしょうか?