TVシリーズ15周年を記念して展開中の『劇場版モノノ怪』。全三章で構成される本プロジェクト、第二章『火鼠』の公開を記念して、中村健治総監督へのインタビューを実施。劇場版として、物語とビジュアルの両面において大幅にスケールアップした『劇場版モノノ怪』におけるこだわりと、一新されたワークフローを中心に紹介する。
構成・文●NUMAKURA Arihito

総監督 中村健治
1970年生まれ。2006年放送の初監督作品『化猫』(『怪 〜ayakashi〜』内の一篇)で大きな反響を呼び、以降、スピンアウトとなる『モノノ怪』をはじめ数々の作品で監督を務める。作中で扱うテーマは社会派から日常系までと幅広く、色鮮やかな画面と斬新な解釈で独自の世界観を構築する。
『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』
3/14 F R I 全国公開
【作品概要】
『モノノ怪』の真骨頂である和紙テクスチャを活用した絵巻物のように絢爛豪華な世界観、主人公・薬売り(神谷浩史)のミステリアスな魅力など、独創的かつ密度の濃い映像美はそのままに、第二章では物語がさらなる発展と深化を遂げる。
【D A T A】
●総監督/中村健治
●監督/鈴木清崇
●キャラクターデザイン/永田狐子
●アニメーションキャラデザイン・総作画監督/高橋裕一
●美術設定/上遠野洋一
●美術監督/倉本 章、斎藤陽子
●美術監修/倉橋隆
●色彩設計/辻田邦夫
●ビジュアルディレクター/泉津井陽一
●3D監督/白井賢一
●編集/西山 茂
●音響監督/長崎行男
●音楽/岩崎 琢
●プロデューサー/佐藤公章、須藤雄樹
●企画プロデュース/山本幸治
●配給/ツインエンジン、ギグリーボックス
●制作/くるせる、EOTA
カジュアルに特別な体験をそれこそが映画鑑賞の勝ち筋
――まずは15周年プロジェクトを、劇場版として作られた意図から教えてください。
中村 劇場で映画を観るという行為は、根本的には存在が揺らいでるのかなって思っています。映像作品を観るのは配信サービスが主流になっているため、映画も配信されないかぎりはみんなの選択肢から外れがちです。とにかく今、みんな忙しそうじゃないですか? いつも何かに追われていて、この取材も分単位で時間が決められている。
――確かに(笑)
中村 たぶん、みんな休日も疲れていて、いつも大きなレジャーをこなせるわけではないし休みは休みで忙しい。そうした中で、映画館で映画を観るという行為は、テーマパークに行くよりもカジュアルだし、コスパも良いし他のお出かけや買い物のコースにも組み込める。そこに勝ち筋があるのではないかと考えました。限られた可処分時間の中でも少しでも特別な体験ができる選択肢にしてもらえるのではと。
――どんなに余裕がなくても、プチ贅沢を楽しみたい人は多そうですね。
中村 じゃあ、映画館で観るメリットは何か? それはやはり大きなスクリーンと高品質な音響設備による特別な視聴体験のはず。そこで『劇場版モノノ怪』では、テレビやスマホでは実現が難しい、映像と音響の環境をフルスペックで使いきる映像作品に仕上げようと思いました。プロレスなどのイベント興行をやる感覚で作っています。

――つまり『劇場版モノノ怪』三部作は、映画館で観ることが最適なわけですね。映像表現におけるこだわりは?
中村 人間の視野は(両目で)左右が120度ぐらいですが、その横幅全面を覆うような画面構成を意識しました。その典型が、大広間のシーンですね。音響面でも劇場の5.1chサラウンドスピーカーの定位感を存分に活用しています。先ほど興行を打つ感覚と言いましたが、極論を言えば、『劇場版モノノ怪』を観たお客さんが「話はよくわからなかったけど、なんだかスゴい映像で80分楽しめたね」と思ってもらえる体験を創ることを目指しました。
――『火鼠』の試写を拝見して、すごいエンターテインメント性あふれる作品だと思いました。最初から最後まで、ドキドキわくわくするというか。
中村 まさに劇場版でねらったところです。その意味では、TVシリーズよりもカジュアル方向に振っています。『モノノ怪』の世界観や設定を知らなくても、劇場という、スマホをOFFにした状態で、映像と音をシャワーのように浴びてもらい、それを楽しんでもらうおうと。

有機的にブラッシュアップできる革新的なワークフローを構築
――逆に、TVシリーズからの『モノノ怪』ファンの期待に応えようとこだわった点についても教えてください。
中村 実は映像原則自体はTVシリーズから変わっていないんですよ。カット割りは多少速くしましたが、各カットの尺を伸ばすとTVシリーズの見え方になります。カット割りも基本的には変えていません。レイアウトについてはシネスコの画角になったので、その調整はしています。唯一、変えたのは移動を描くようにしたことです。TVシリーズでは、歩いていたり、走っているシーンはほぼ描きませんでした。作画の枚数(コスト)が増えるし、放送尺も消費してしまうので。
今回はTV版より時間に余裕のある劇場版なので、よりリッチに、そういったシーンも取り入れました。作り方としては、映画特有のフォーマットに合わせて『モノノ怪』というコンテンツを再構築した感じです。

――贅沢な映像表現という意味では、3Dレイアウトをはじめ3D表現を多用していると思いました。従来のアニメ制作のワークフローから改良した点はありますか?
中村 かなり色々と変えてます。これまでのアニメ制作は、各部署が作り上げたパーツを組み合わせていくものでしたが、今回はただ組み合わせるのではなく、より良いものへと有機的に変化させることが可能なワークフローにしています。シナリオの場合は、制作途中で大幅な変更を3回行いました。ストーリーボード(絵コンテ)を作る際は、みんなBlenderを使って、空間と芝居の動きとカメラやレンズ画角をほぼ確定させるようにしました。
こうすることで、作画ではおおむね作り込みの底上げができ、レンダリングモデル化したステージは、そのまま背景美術として使用することでクオリティの安定化もできました。このワークフローによって、後から完成していくステージデザインのアイデアを受けてシナリオを直そう、ストーリーボードも直そうといった感じで、要件をまとめて数回ブラッシュアップすることでデザインと作品性のシナジーも高めることができました。
――最後に、読者へのメッセージをお願いします。
中村 アニメは記号の集合体だと思っています。『劇場版モノノ怪』では、そうした記号だけど生々しい人間のドラマを観ているような気持ちになるように、がんばっています。頭(理性)と心(感性)へ作品を届けることにこだわっているので、存分に刺激を受けてもらえると嬉しいです。頭だけでも、心だけでもかまいません。それはお客さん次第なので。

第一章『唐傘』から、さらなる進化を遂げたワークフロー
浮世絵や和紙の質感を活かした極彩色のアニメーションが、芸術的だと高く評価されてきた『モノノ怪』。今回の劇場版では、そこへさらに3Dベースで作成することによって、より豪華な映像を実現させている。第二章『火鼠』のワークフローは下図の通り。ポイントとなるのが、「ラフコンテ」と「コンテ清書」の間に「CGLO仮組」という工程を設けたこと。これは、ラフコンテを下にBlender 上で仮レイアウトを作成する作業である。そのねらいを、『火鼠』で監督を務めた鈴木清崇氏は次のように語ってくれた。
「コンテの段階で簡易的なもので3DLOがあることで、『この構図だと、あの背景テクスチャのここをしっかりと映したい』とか『3Dカメラワークにして、よりケレン味を高めたい』などと、より柔軟に画づくりが行えるようになりました。『唐傘』制作時に中村健治監督が効率とクオリティを追求した結果、生まれたワークフローになります。
ただ、『唐傘』のときはCGLO仮組作業を行うのは演出に限定していたため、作業ペースに課題が残りました。また、監督チェックにおいても中村監督が自らカメラの位置修正を行なっていたため、ボトルネックになってしまっていました。そこで『火鼠』では、CGLO仮組作業を演出、作画、仕上げ、撮影、制作など文字通り全スタッフで分担して作業するかたちへ改めました。難易度の高いカットは演出やアニメーターが担当しますが、比較的シンプルなシーンであれば制作でも問題なく作業できるので、1週間かけずに作業を終えられたと思います」
あくまでも仮のレイアウトのため、その次の「コンテ清書+CGLO」工程では、演出やアニメーターが、より良い画を求めてBlenderを使って再調整するとのこと。さらにその後に続く「ライカリール」工程とは、通常のアニメ制作における「コンテ撮」に該当する作業を指す。詳しくは後述するが、『火鼠』のアニメーション制作をメインで担当した「くるせる」(ツインエンジングループ)が独自に編み出した手法であり、タイムシートを作成せずにコンテ撮と同様の作業をCLIP STUDIO PAINT 上で行なっている。





ワークフローを支えるカスタムツール
『劇場版モノノ怪』独自のワークフローを成り立たせるにあたっては、様々な工夫が凝らされている。コンテ作業にBlenderを利用するにあたっては、設定に基づく各キャラクターのローモデルを用意し、アタリとして利用された。また、3DCGソフトに不慣れなスタッフが多いため、作業に必要な機能をひとつのパネルにまとめたツールなども作成しているとのこと。
『火鼠』のアニメーション制作を担当した、くるせるではコンテから作画までの作業をシームレスに行うための工夫として、CLIP STUDIO PAINT上で一連の作業を行なっている。そこから生まれた「ライカリール」とは、コンテ撮作業をCLIPで行い、そのデータをアニメーターに共有することで、従来のアニメ制作では存在していた絵コンテの静止画データやタイムシートなどの様々な中間データを1ファイルに集約したもの。
さらに、コンテの段階からセルのブック分けや台詞ボールドもレイヤー分けされているため、くるせる社内ではライカリールから原画作監まで、タイムラインのみでの運用を実現させている(外部パートナーへ委託する場合は必要に応じてタイムシートを用意しているとのこと)。
●絵コンテ作業用ローモデル(Blender)

●ライカリールの作業UI(CLIP STUDIO )

劇中の見せ場となる3DCG表現
中村総監督が目指した「アトラクション的な特別なエンターテインメント体験」を実現させる上では、3DCG表現も多用している。『火鼠』では、大奥の廊下を走る「妖(あやかし)」の主観カメラワークと、火鼠の表現がケレン味あふれる3DCGによって表現されている。火鼠については、火の粉(子供)の群衆表現と、パーティクルエフェクト、そして本稿では詳しい説明は控えるが、クライマックスで描かれる母親の表現が3DCGベースで作成された。



神は細部に宿る、きめ細やかな撮影(コンポジット)
浮世絵の様式をアニメーションとして再構築させた 『モノノ怪』独特のルックも劇場版として、しっかりとスケールアップ。撮影チームが得意とする細部にわたる丁寧なコンポジットワークによって、美しく奥深い質感が込められている。撮影処理に際しては、画面にかけるテクスチャは、背景に5枚、セルに3枚、全体に1枚の全9枚を使用。背景とセルにかけるテクスチャを分けた意図は、全体に同じテクスチャをかけることでセルと背景が一体化しすぎてしまうことを防ぎ、画面の中でキャラクターを背景よりも前に出すためである。


CUT24の撮影処理ブレイクダウン。【A】CGのBGと線処理済みのセル/【B】背景のベーステクスチャーを乗せた状態(2枚)/【C】くすみやかすれのテクスチャーを追加した状態(2枚)/【D】紙の繊維のテクスチャーを合成。背景テクスチャ完成(1枚)/【E】キャラクターのベーステクスチャーを合成(2枚)/【F】背景と同じ繊維のテクスチャーを背景の繊維テクスチャーと同じ位置になるようにエクスプレッションを設定して配置する濃度は背景より薄めにしている(1枚)/【G】最後に紙の”しわ”を表現するテクスチャーを全体にかける(1枚)

この記事はVIDEO SALON2025年4月号より転載したものです。