文・構成●井上卓郎(映像家)協力●ニコンイメージングジャパン


別所隆弘 Takahiro Bessho

フォトグラファー/文学研究者/関西大学社会学部メディア専攻講師 写真と文学というふたつの領域を横断しつつ、「その間」の表現を探究している。滋賀、京都を中心とした”Around The Lake”というテーマでの撮影がライフワーク。Z8、Z5IIの公式プロモーションに出演。近著『写真で何かを伝えたいすべての人たちへ』。




写真家がN-RAWで開いた映像表現の扉

別所さんが本格的に動画を始めたのは3年ほど前、Nikon Z8との出会いがきっかけだった。「最初は写真だけのつもりだったんですよ。ところが動画にN-RAW設定があって、“え、動画もRAWで撮れるの?”と驚いたんです。これはちょっと試してみようと。写真の世界ではRAWデータで撮影するのは当たり前。それが動画、しかも内部収録で可能になるなんて、最初は信じられませんでした」

当時、動画の知識はほとんどなかったという別所さん。しかしN-RAWで撮った花火映像を初めてグレーディングしたときの感動は、今でも忘れられないそうだ。

「写真のRAW現像で見てきた“あの光”が、動画でもそのまま出せるんですよ。ハイライトも、シャドウも、自分でコントロールできる。これは面白い、と一気に引き込まれました。写真をやってきた人ほど、RAW動画の魅力にハマると思うし今すぐやったほうがいい」と力説する。

H.265などにはないRAWの自由度、HDRのダイナミックレンジに魅せられたという話には、私も何度もうなずいてしまった。




写真と動画、光の捉え方の違い

“蓄積できない光”をどう描くか

「写真というのは、長秒露光をすれば光がどんどん蓄積されていくわけです。露光を調整することでさまざまな表現ができる。一方、動画はフレームごとに露光して記録されるから、光を“ためる”ことができないんですよね。その代わり時間の流れそのものを記録し、光の移ろいや音、場の空気感までをも伝えることができます」

別所さんは、写真と動画の根本的な違いに改めて気づかされたという。

「だからこそ、撮影時の設定でちゃんと捉えておく必要があるし、グレーディングで捉えられる範囲も見極めなければいけない。写真の延長ではあるけれど、別の技術や感覚が必要になるのが面白いところなんです」

「撮影の階調モードはダイナミックレンジの広いN-Logを使っています。花火の映像ではスローモーションはほとんど使わないんです。なので解像度は最大にしつつ、フレームレートはファイルサイズの軽減のためにも30pでいいと思っています」


別所さんの花火撮影時の設定



HDRで花火は“描写できる被写体”になる

ノイズ処理からトーンカーブまで、写真家のアプローチで動画を磨く

「僕ら写真の人間は、“RAWなら色が戻ってくる”って信じているんです。以前別のカメラで花火の動画を撮った時に花火の明るさの変化に耐えられなくて諦めたんですよね。でもN-RAWならそれができると知った時、世界が変わったんですよ」

別所さんがとくに魅力を感じているのが、N-RAW+N-LogのHDRグレーディング。

「DaVinci Resolveを最初に使った時「リフト・ガンマ・ゲインって何?」というところからはじまったんですけど、何のことはない「シャドウ・ミドル・ハイライト」のことでよく慣れたトーンカーブもある。またカメラRAWの項目はほとんど写真の現像と一緒なんだと分かり、一気にハードルが下がりました」

「煙が立体的に見えるようにするには、ただ明るくすればいいってものではないんです。むしろ、シャドウは引き締めたほうが綺麗に見えることも多い。そこがHDRの醍醐味ですね」

私は普段、DaVinci Resolveの「HDRホイール」と「カーブ」の使い分けをどうしているのか気になっていたのだが、「カメラRAWでベースのバランスを整えて、HDRホイールで繊細な光を表現し、仕上げでカーブをちょっとだけ足す」——そのシンプルな方針に、妙に納得させられた。

ノイズ処理も花火ならではの工夫があるという。「煙の動きがあるから、時間的ノイズ除去より空間的ノイズ除去のほうが自然に仕上がることが多いんです」

実際の作業フローは、写真の現像と近い。改めて、写真家の技術がそのまま動画に活かされていると実感した。


DaVinci Resolveでのワークフロー

写真から入った人はカメラRAWが扱いやすい。カラースペースはRec.2020、ガンマNikon N-Log。ハイライトの情報をここで復活させる。
01ノイズリダクション ⇨ 02HDRホイール ⇨ 03トーンカーブ ノード。トーンカーブで微調整後もう一度ノイズリダクションをかけている。
空間的ノイズ除去(AI UltraNR)を使い自然に仕上げる。


◉N-RAWの編集・グレーディングについては、WEBサイト「映像クリエイターのためのN-RAW使いこなしガイド」を参照→https://bit.ly/n-raw_guide



HDRを確認する対応モニターが必要

HDRを確認できる別所さんの編集環境

編集作業は、Mac mini (M4 Pro) と、Core i9とRTX4090を搭載したWindows PCを併用している。

データは10Gbps対応のNASに集約し、PCから直接アクセスして編集を行う。

肝心の HDR編集時のモニターはASUSのPA32UCRを使用(デスク上の左側のモニター)。 「高価なプロフェッショナルモニターも魅力的ですが、視聴環境の現実を考えると、20万円クラスのHDRモニターで制作するのが現時点ではバランスが良いと感じています」


ONE POINT】YouTubeでHDRで見せるための書き出し

HDR映像を作るうえで重要なのは、カラーマネージメント設定と出力設定、そしてプレビューモニターである。自動カラーマネージメントを使い、「カラー処理モード」をHDR、「出力カラースペース」を「HDR PQ」に設定する。プレビューモニターは、最大輝度が1000nit以上出るものが望ましい。HDRモードに切り替えて作業する。MacBook ProのXDRディスプレイを使う場合は、「HDR Video (P3-ST2084)」に設定。書き出し時は、10bitのコーデックを使用する必要がある。

カラーマネージメント設定
別所さんの書き出し設定。HDR 8Kを選び、DNxHR HQX 10bitで書き出し。井上さんはProResで書き出している。H.265でもいいので、10bitのコーデックを選ぶこと。
MacBook Pro ディスプレイを設定。


N-RAW × HDRで引き出す、花火映像の“芯の色”

動画だから一瞬の白飛びは許容する

 花火動画においてN-RAWとHDR編集の組み合わせは「最高」だと語る。「これまで白飛びしてしまっていた花火の芯の色彩や、闇夜に溶け込んでいた街のディテールまでもしっかりと捉え、表現できる。黒が締まることで、光のきらめきが一層際立ちます」

動画ならではの時間軸の中で、一瞬の白飛びはむしろ現場の臨場感を伝える要素として許容し、その後の光の変化をドラマチックに描けばいいということだ。

写真と違い時間軸での輝度変化を楽しめるのも動画の魅力だ。ハイライトをあえて飛ばすこともあるという。



「今」始めるべきRAW動画とHDR

YouTubeとスマホで見せるノウハウを自分で探究すること

「花火って、めちゃくちゃ動的なのに、なぜか“写真的”に表現できるんです。煙の流れ、色の残り方、すべてが写真と地続きなんですよ」

映像を拝見していても、別所さんの“1カットにかける熱量”が強く伝わってくる。

「動画でも、“一枚の写真として美しいか”を常に意識してます。最近のSNSは、短尺動画でも“見せ切れる”時代ですから、写真家的な視点がすごく生きてくるんですよね」

SNSでの見え方にも配慮し、再生速度を調整することもあるという。 「スマートフォンの小さな画面では、実際のスピードだと花火が遅く感じられることがある。そのため、1.5倍速などで見せることもあります」

メディアや視聴環境によって最適な表現を模索する姿勢は、写真家としての経験が活きている部分だろう。

今や花火の現場では、別所さんの周りにはZ5IIを手にする写真家が増えてきたという。RAWという共通言語を持つ彼らが、動画という表現に本気で向き合い始めている。

「もちろん最後はZ8。1台だけ持っていけるなら、やっぱりZ8です。最高の瞬間を最高のクオリティで残すなら、8KのN-RAWしかないですから」

「ワークフローについては、YouTubeに上げて、“HDRってこういうことか”って、自分で悩んでみてほしいんですよ。苦しんだぶん、身につく速度も早いですから」と別所さんは語る。

たしかに、人に教えてもらうとすぐ分かった気になるが、案外すぐに忘れてしまうものだ。

「自分で苦労して掴んだものは、次にトラブったときに『あのときこうだったな』って判断できるんですよ」

今はまだ、HDRもN-RAWも進化の途上かもしれない。けれど、自分で手を動かして模索した経験は、きっと近い未来にそのまま生きてくる。

「だから、今やるべきなんですよ」

写真も動画も、見る人の心を動かすための手段であることに変わりはない。その意味で、ニコンのN-RAWが開いたこの扉は、表現者にとってかつてないほど広く、深い世界への入り口なのかもしれない。



8Kでなく4KでいいならZ5IIでもOK!

「Z5IIが出たとき、正直驚きましたよ。え、SDカードでN-RAWいけるの?って」

Z8とZ6IIIやZ5IIの2台体制で撮影することも多いという別所さん。「Z5IIは小さくて軽いし、写真目的で買った人が“えっ、動画もRAWで撮れるの?”となるのは、すごくいい導線だと思うんですよ」

私もZ5IIに触れた時に同じことを思った。ベーシックなカメラにRAW動画記録。一見おかしいかと思われるかもしれないが、RAW動画に触れるきっかけとして最高のカメラだと思う。

別所さんが実際、Z5IIのプロモーションで花火映像を公開したところ、同業の写真家たちから「RAWで動画って一体どうやってるの?」と次々に問い合わせがあったという。「写真家にとって“RAW”という言葉は魔法のワードなんですよ。RAWなら俺たちでもいけるっていう」

左がZ5II、右がZ8。



VIDEO SALON 2025年8月号より転載