VIDEO SALONから投げかけられた今回のテーマは明快だった。
「FUJIFILM X-T30 IIIで、どこまで動画を追い込めるのか?」

model : 美味

最初に、立場をはっきりさせておくと、このカメラを、日常的な仕事の現場で使うことはまずない。それは、価格帯や前提とされる用途を見れば自然な判断だ。だが、それで話が終わるカメラでもないことは、メニュー設定を読み込んでいくとすぐにわかった。


いまどきの“エントリー”は、けして容易くない
近年、「エントリー機」と呼ばれるカメラの多くは、実際にはかなりの深度まで使い込める性能を備えている。X-T30 IIIもその例外ではない。むしろ厄介なのは、エントリー機ほど、使い手の力量や設計力が露骨に表に出るという点だ。
適当に振り回して90点を取れるカメラではないが、理解して使えば表現は想像以上のところまで届く。X-T30 IIIは、まさにそういうカメラだろう。X-T3をメイン機として愛用していた頃、サブ機としてX-T20を常に持ち歩いていた。Lマウントに移行した今もX-T20だけは手元に残している。スチールとしては十分に応えてくれたシリーズの派生機としても、興味があった。


余談になるが、X-TやX-Proシリーズの好きなところにレリーズボタンを取り付けられる点がある。今回は先日頂いた、nanigashiの10周年記念モデルを取り付けてドレスアップを楽しんだ。本体ボディのカラーとも相性良く、シャッターを切る際のフィーリングの良さはもちろん、撮影のモチベーションも上げてくれた。
プライベートで自由に楽しむ、検証する
今回のレビューは、「このカメラを仕事で使えるか?」という実務目線の検証ではない。あくまで、プライベートで動画とスチールを楽しみ、個人的な作品を撮るためのオプション機として、どこまでできるのかを試すものだ。この前提に立つことで、X-T30 IIIの輪郭は一気にクリアになる。そして、その経験値が仕事の現場に良いフィードバックをもたらすことを知っている。

今回の使用機材
●FUJIFILM X-T30III
●XF 18mm F1.4 R LM WR
●XF 27mm F2.8 R WR
●XF 50mm F1.0 R WR
F-Logで撮らなかった理由
X-T30 IIIはF-Logだけでなく、F-log 2にも対応している。理屈の上では、実務に寄せることも可能だろう。ただし、F-Log前提で本気の運用をするなら、そもそもこの機種を選ばない。それが正直なところだ。今回あえてF-Logを使わなかった理由のひとつは、「このカメラを選ぶ人」「このカメラが使われる場面」そこに立脚したかったからだ。
フィルムシミュレーションを焼き付けた素材であれば、スマートフォンのアプリで露出やトーンを軽く整える程度で、SNSに即座にシェアもできるだろう。そういった使い方も現実的に成立するし、ポスプロ作業がない、もしくは軽いことで、より気安く撮影と向き合えるのだ。実は、これは普段からLogやRAWでの撮影を前提としている人間にとって勇気のいる選択でもある。それをこの機会に試してみることは楽しみでもあり、チャレンジでもあった。
フィルムシミュレーションで撮る、という行為
今回の撮影では、REALA ACEをベースにしているが、特定のフィルムシミュレーションを推したいわけではない。重要なのは、仕上がりの色やトーンを定義した上で撮影に集中できるという点だ。これは、フィルム撮影の感覚に非常に近い。色、コントラスト、階調を決めた上で、露出と構図、被写体に集中する。結果として、撮影中の迷いが減り、映像との距離が一段近くなったように感じた。
焼き付けた後の編集は、暗室作業に少し似ている
もちろんそれだけで仕上がっていることが前提で撮影してはいるが、フィルムシミュレーションを焼き付けた素材をDaVinci Resolveで仕上げていく工程も楽しめる。LogやRAWをグレーディングする作業とは性質が違うため、できることは限られている。だがその制約の中で、明るさを整え、階調を追い込み、より自分らしい表情を引き出す。
この感覚は、暗室でプリントを追い込む作業にどこか似ているのではないだろうか。万能ではない。しかし、心地いい。作業というより、素材と対話している感覚が残る。
作例
――この条件で、ここまでできた
今回掲載する作例は、いずれもフィルムシミュレーションを焼き付けた状態で撮影し、最低限の調整のみで仕上げている。このカメラのポテンシャルを十分に感じさせてくれるはずだ。「エントリー機だからここまで」ではない。「条件を理解して使えば、ここまで表現できる」その参考として見てもらえたらと思う。
・スチール



・ムービー
REALA ACEのフィルムシミュレーションと、それをベースにしたカラーグレーディングの可能性を探るための構成として、かつて旅した港町の振り返りのシーンにのみカラーグレーディングを被せることで、比較しやいすように組み立てている。
撮影からの気づき
手ぶれ補正とクロップ
動画撮影時はボディ内の手ぶれ補正にも頼った。その場合画角はクロップされるため(1.32倍)、レンズは少し広角寄りを選ぶのが現実的だ。
MF駆動時のノイズ
今回使用した3本のレンズについて、XF 27mm F2.8 R WRについてはMF時にフォーカスユニットの繰り出し音が大きいため、そのままでは収録する音声が犠牲になると感じた。
まとめ
――エントリー機の皮を被った、深度のある一台
FUJIFILM X-T30 IIIは、仕事の現場で主力になるカメラではない。だが、プライベートで動画とスチールを行き来し、作品としてまとめる用途においては驚くほど奥深い。

F-Log2もある。本気でやれば、実務に近づけることもできる。ただし、それをあえて選ばず、フィルムシミュレーションを焼き付け、制約の中で表現を詰めていく。その選択にも、このカメラの面白さがあるのかもしれない。これは、エントリー機の皮を被った、使い手の力量に応じて表現の深度が変わる一台だ。
VIDEO SALONからの問いに対する、今の僕なりの答えはここにある。
