ビデオサロン編集部は、1月31日(金)、パナソニックセンター東京 有明Bスタジオにて「映像ディレクターが語る一眼動画の撮影〜グレーディングTIPSセミナー」をパナソニック株式会社の協力のもと開催した。デジタル一眼カメラのサイズと価格帯でありながら、シネマカメラのクオリティを実現したパナソニックLUMIX S1Hが映像制作の現場で使われることでどんな効果をもたらすのか?  このカメラをいち早く使用したクリエイター2名のトークセッションをメインに、パナソニック製品担当による使いこなしのTipsの紹介や撮影で使用された機材の展示、S1Hのハンズオンが実施された。そのセミナーの模様をダイジェストでレポートする。

酒井洋一さんはショートムービー「KITSUNE」の現場を紹介

シネマティックなウェディング映像で定評のあるディレクター・シネマトグラファーの酒井洋一さんS1Hでショートムービー「KITSUNE」を制作。酒井さんがディレクターと撮影を兼ね、ポイントで照明部に入ってもらい、最小人数で作り上げたもの。ロケ地は長野県上田市の各所。当日に東京からロケ地に入り、1日で撮りきったという。

S1Hを1台使って、1日で撮影したショートムービー「KITSUNE」

ロケ地選定などはもちろん事前にロケハンして決定している。信州上田フィルムコミッションに依頼し、駅舎や神社、棚田、メインシーンの古民家などで撮影することに。ただし1日で撮りきるには、各現場30分の時間しかないので、ウェディングなどのイベント撮影同様、一脚をメインに使うことにした。また、コンテは書かずに、現場での演出に余白を持たせた。

カメラはS1Hが1台。2カメで撮影することにはなく、酒井さん自身が演出しながらカメラを回していった。記録は4K 4:2:2 10bitでV-Log収録、ISOは640。したがって屋外のシーンではND8とC-PLも併用した。

レンズはLUMIX S 24-105mm F4 MACRO O.I.S.、LUMIX S PRO 70-200mm F4 O.I.S.、LUMIX S PRO 50mm F1.4。特に屋外ではLUMIX S PRO 70-200mm F4 O.I.S.を多用し、前ボケ、被写体、奥行きで、日本の田舎を立体的に描写。このズームは焦点距離を変えてもレンズの全長が変化しないので、一脚の上でもバランスが崩れにくい。棚田など足場の悪いところの撮影では、このバランスの良さで助けられたという。

フォーカスはマニュアルで追っているが、完璧にできていないところもあった。これはロケの後で気が付いたことだが、LUMIX Sシリーズのレンズであれば、フォーカスリングの制御を「リニア」(リングを動かした量だけピントが移動する。ミラーレスのレンズは速く動かすと大きく動くノンリニアタイプのレンズがほとんど)にして、さらにリング制御角度を90度から360度まで、カメラボディ側で好みに合わせて細かく設定できる。これでシネマレンズのような操作性も可能になる。

主人公が村人とすれ違った後に雨が降ってくるシーンは、ホームセンターで用意できるもので本格的な雨降らしを実現している。高圧洗浄機と蛇口につけるアダプター、伸びるホースがそれだ。現場写真をみると、あまりに簡単に雨降らしシーンができてしまっているので、あっけに取られるほど。ただフレームサイズや照明などは照明監督と綿密に相談して効果的に見えるように決めている。

そして最もインパクトのあるシーンが古民家での白無垢のシーン。屋外からの照明だけでなく、室内においてもいくつか照明を入れて、ある程度作り込んで撮影した。ここだけは演出が入ったミュージックビデオ的なシーンにあえてしてみた。

 

S1HのV-Logからのグレーディングについて

後半はバトンタッチして、カラリストの大田徹也さん(デジタルエッグ)が、撮影した4K 4:2:2 10bitの素材をどのようなグレーディングしていったかを解説した。

普段はCMなどのグレーディングを担当する大田さんにとって、デジタル一眼の8bitの素材は、そのまま加工せずに見せるのであれば問題ないが、色をある程度いじろうとするとやっかいだという。S1Hの10bitの素材は非常にクオリティが高く、ストーリーに合わせて世界観を演出していくことが快適にできたという。

デモでプロジェクターで投射した映像が8bitなので、実際の画像では差を見せにくいが、波形を見ると、8bitと10bitの差は歴然。8bitではこれ以上調整するとバンディングが起きてしまうことは想像できるだろう。

8bitの波形

10bitの波形

実際の作業としては、ショートムービーのストーリーに合わせて、前半の希望に満ちた感じの屋外、不穏な空気が漂ってくる神社のシーン、夜の怪しい感じになってくる白無垢のシーン、そして最後は夜ながらほっとしたエンディングになる手持ち花火のシーンと4つに分けて、色やトーンのコンセプトを考えていく。

白無垢のシーンでは、どういう意図でこういったノードを作って作業していったのかを解説。場の雰囲気を作り、人物の顔に目線を誘導するようにパワーウィンドウで範囲を選択して部分的に明るさを調整していく。

S1Hはノイズ感の非常に少ないカメラだが、ISOが変わるとノイズ量も変わってくる。作品の一貫性を持たせるために、ISOが上がっているところではノイズリダクションをかけてノイズを目立たなくし、最終的にはフィルムのグレインノイズをタイムライン全体にかけることによって、統一感を出している。よりストーリーに入り込みやすくするために、細かくテクニックが随所に使われていることがよく分かった。

 

パナソニックマーケティング担当が語るS1Hの魅力

中盤はパナソニックのマーケティング担当、中西智紀さんが語るS1Hの魅力。S1Hは新しいコンセプトのカメラになるため、単なる機能紹介ではなく、どういうフィロソフィーがあってこのスタイルになり、こういった機能を入れていったのかという話がわかりやすかった。

機能面の説明ではデュアルネイティブISOについての説明が興味深い内容だった。V-Log時にはベース感度は低ISO回路は640、高ISO回路は4000になる。この2つはノイズ感は同じ。したがって下手にISO3200などで撮るよりもISO4000にしたほうがS/Nは有利だという。どちらのISO回路を使うかはマニュアルだけでなく、オートでも切り替えられるためオートで問題なさそうだが、ISO4000は画質的に有利ということを知っていれば、ここぞというところでISOを決めるときの参考になるだろう。

 

曽根隼人さんのミュージックビデオの制作事例

セミナーの最後は、最近ではフジテレビオンデマンド(FOD)ドラマ『乃木坂シネマズ~STORY of 46~』を手がけ、プロデューサー、ディレクター、ビデオグラファーとして幅広く活躍する曽根隼人さん。S1Hを3台使用して撮影したミュージックビデオを事例として、撮影準備、当日の現場、そしてワークフローまでを解説した。

S1Hで撮り下ろしたMV「aether」

今回、S1HでMVを制作するにあたって、3つのことを考えたという。

①自分のやりたいこと

②曲のコンセプト

③S1Hで撮るということ

曽根さん自身、トップクリエイターに話を聞く機会があり、そのときに感じたのはトップクリエイターほど、クライアントがある仕事であっても、自分のやりたいことがまず明確にあり、それを実現しようとしていることだという。今回のMVでやりたいことは、LEDが出てきたことで最近流行りになっているが、ネオンライトのような棒状のライトを演出的に使い、しかも映り込みがあるような表現をしたいと思った。

LEDライトはホームセンターで昼光色の仮設防水タイプのLEDライトを購入。カラーフィルターを自分で巻いて、ブルーのライトを作った。

S1Hについては、デュアルネイティブISOを採用して、暗いところでの撮影に強いということで、シチュエーションは夜に。またこの価格ながら撮影モードにアナモフィックモードがあり、かつモニタリングも正規の画角でできるというのが特徴的なので、アナモフィックレンズでの撮影で行くことになった。

アナモフィックレンズは、最近ATLAS社から低価格でコンパクトなOrionシリーズが登場していて、ミュージックビデオでは定番のように使われ始めている。

3台のS1Hのうち、1台はリグを組んでアナモフィックレンズを装着して手持ち撮影、もう一度はシグマ35mm F1.2 DG DNを装着しRonin-Mに載せた。もう一度はカーボン製アームのQUICKRANEにRonin-Sを装着してS1Hを載せてオペレート。レンズはシグマの24mm。

今回のMVは音に合わせてダンサーに踊ってもらっているが、何テイクも繰り返して撮影した。ボーカルがない曲なのでリップシンクを合わせる必要がない。編集は音とシンクロのものを並べつつ、いいシーンをピックして、インサート的に使用した。カット編集は慣れているのでプレミアで行い、グレーディングはDaVinci Resolveで、そして仕上げは再びPremiereにと、XMLを介して行なった。

アナモフィックレンズで撮影したフッテージは、S1Hのモニター上は正しい画角で表示されているのが、実際に記録されたものは横方向が圧縮された映像になる。これを想定したアスペクトに戻す必要があるが、これは、Premiere上で「クリップを変更」からピクセルタテヨコ比を「アナモルフィック2:1」に変換するだけ。

グレーディングはDaVinci Resolveで。撮影時にVARICAM LUTライブラリから事前にダウンロードしたビューイングLUT(最大4つまで新規にカメラ本体に登録できる)をカメラに入れて、「Logビューアシスト」機能を利用してモニタリングしながら撮影した。そのVARICAM LUTはグレーディング用のLUTも用意されているので、同じLUTをグレーディングで使うこともできる。シネマルックにするため、カーブを利用して、ハイライトを沈め、シャドウを浮かし、ビネットをかけて、LUTを適用し、最後にグローをかけるという流れ。

今回のセミナーで酒井さんと曽根さん、お二人の事例とお話を聞いていて共通しているのは、ライティングとグレーディングへのこだわりだった。S1Hの14+ストップというハイエンドのシネマカメラに匹敵する高ダイナミックレンジのV-Logの素材(しかも10bit)に対して、きちんと能力を引き出して表現したいという意識を強く感じた。

ハンズオンタイム

セミナー後はハンズオンタイムが開催された。S1Hがかなりの台数用意され、多くの人が手にとって感触を確かめていた。

パナソニックコーナー

レンズは現在出ているSシリーズのレンズのうち、映像制作を想定して、単焦点のLUMIX S PRO 50mm F1.4、ズームレンズのLUMIX S PRO 24-70mm F2.8、LUMIX S 24-105mm F4 MACRO O.I.S.、LUMIX S PRO 16-35mm F4が用意されていた。特にLUMIX S PRO 16-35mm F4は新製品で、今回のセミナーの作例でも使われていないもの。Sシリーズのレンズは性能重視で重く大きいものが多いが、16-35mm F4はわりとコンパクトで小型軽量にまとまっていて、たとえばS1Hに装着して手持ち撮影したり、ジンバルに載せたりする場合に重宝しそうに思えた。

4Kの有機ELテレビ TH-55GZ1800で、今回のセミナーで紹介した映像をループ再生。プロジェクターはHDタイプだったので、こちらで本来の解像度でチェックすることができる。またこのテレビは同梱スピーカーによる音響も迫力があり、想像を超えたクオリティで映像と音響を確認することができた。

シグマコーナー

Lマウントのアライアンスで協業しているシグマが現行のLマウントのレンズをすべて用意。S1Hに装着して試せるようにしていた。

今人気が高いのが、新製品の24-70mm F2.8 DG DN | Art で、パナソニック製の同スペックのレンズと比較すると少し小さい(左がLUMIX、右がSIGMA)。

ATVのHDMI入力対応の4Kスイッチャーを利用することで、4Kのコンパクトなライブ収録も実現する。HDMI Type A端子でしかも時間無制限で回し続けられるS1Hはライブ撮影でもメリットがありそうだ。

 

TOYO RENTAL

ビデオグラファーの間でもよく利用されているTOYO RENTALは曽根さんのMVで使われたATLASのアナモフィックレンズOrionを展示。これまでアナモフィックレンズといえば、高額なものしかなく、CMでしか使えない高嶺の花的な存在だったが、その常識を打ち破ったのがATLAS。イメージサークルとしてはスーパー35用だが、組み合わせるボディとしては、アナモフィックモードを持つS1Hが最適だろう。

しかもS1Hは正しいアスペクトでモニタリングできるというのが素晴らしい。撮影者のテンションもあがりそうだ。

 

QUICKRANE

カーボンを利用したクレーンでこのサイズながら1人で運搬してオペレートすることができる。もともとはカメラマンである大橋さんが欲しいと思っているものを自分で作って商品にしたもの。曽根さんのMVでもRonin-SとS1Hを載せて俯瞰ショットを撮影。その効果は実際の映像で確認してほしい。

セミナー中にメモをとったり、スマホで説明画面を撮影する人は多かったが、セミナーが終わったあとも、セミナー講師やメーカーの方に熱心に質問する人が多かった。

S1Hのような“小型シネマカメラ”というジャンルはまだ生まれたばかり。コストを落として、スモールチームで企画から撮影、編集、グレーディングまで一貫したワークフローを実現する映像制作において、強い味方になりそうだ。その新しい潮流が感じられたイベントだった。

 

【LUMIXに関連したCP+情報】

なお、2月27日(木)から開催される「CP+ 2020」のパナソニックブースでも動画に関する様々なセミナーが開催される予定。動画制作のTipsを知りたい方やLUMIXの制作事例に興味のある方は立ち寄ってほしい。

CP+2020パナソニックブース セミナースケジュールhttps://panasonic.jp/dc/cpplus2020/pdf/lumix_seminar_schedule.pdf

CP+2020パナソニックブース
https://panasonic.jp/dc/cpplus2020.html

【編集部からのMOOKのお知らせ】ショートムービー「KITSUNE」を例にしたカラリスト大田徹也さんのグレーディングテクニックについては、2 月末刊行のMOOK『カラーグレーディングワークフロー&シネマカメラ』にて16 ページにわたって解説しています。情報が確定次第、本サイト上でお知らせします。