7月9、10日にTOKYO NODEで開催したVook主催のイベント「VIDEOGRAPHERS TOKYO(VGT)」は過去最高の4,132人を動員し、大盛況のうちに終了した。この記事ではVGTで実施したセミナー「越境する。映画『PERFECT DAYS』のもたらす新しい可能性。」の模様をレポートする。2023年に公開された、ヴィム・ヴェンダース監督作『PERFECT DAYS』。本作は第96回アカデミー賞 国際長編部門へのノミネートや、主演を務められた役所広司さんが第76回カンヌ国際映画祭 最優秀男優賞を受賞。本作で共同脚本・プロデュースを務めた高崎卓馬さんに、映像ディレクターでVook顧問の曽根隼人さんが企画段階や制作の舞台裏、ヴィム・ヴェンダースとの脚本づくりについて訊く。

構成・文●永渕雄一郎(midinco studio)

目次
01.イントロダクション
02.汚された公衆トイレから始まった夢物語
03.「もののあはれ」を知り尽くした日本への深い理解
04.テーマやメッセージを言葉にできるなら映画を作る必要はない
05.未来を担う映像制作者に向けて

▲司会進行を務めた曽根隼人さん(左)と、『PERFECT DAYS』の共同脚本・プロデュースを務めた高崎卓馬さん(右)。

映画『PERFECT DAYS』本予告

©2023 MASTER MIND Ltd.

『パリ、テキサス』で知られるドイツの名匠ヴィム・ヴェンダースが、「THE TOKYO TOILET プロジェクト」で世界的な建築家やクリエイターによって改修された東京・渋谷の公共トイレを舞台に、人間ドラマを描く。

01.イントロダクション

曽根 司会進行の曽根隼人と申します。私もビデオグラファーとしてキャリアをスタートしまして、今は広告映像などをやりながら、ドラマや映画の監督をやらせていただいています。今回は、「越境する。映画『PERFECT DAYS』のもたらす新しい可能性」ということで、ゲストには本作で共同脚本・プロデュースを務めた高崎卓馬さんをお招きしています。では、高崎さん自己紹介をお願いします。

高崎 高崎卓馬です。僕は現在54歳で、電通という会社でずっと広告のクリエイティブをやってきました。映画制作自体に興味を持ったのは、学生時代にヴィム・ヴェンダース監督の『都会のアリス』という映画に衝撃を受けて、その後に取り組んだ自主制作映画がきっかけです。ヴェンダース監督の映画は、普通の起承転結があるシナリオの構造ではなく、時間がそのまま取り込まれているというか、生きている時間が映っている感覚がものすごく衝撃で、「映像ってなんて面白いんだ」と夢中になったんですよね。それを真似したくて、彼の映画のサントラを買ってきて、8mmでその辺の道を映像で撮って、夜な夜なタバコを吸いながら音をあてて、徹夜して…なんて生活をしていました。

 でも、自主映画って上映会をやっても本当に仲間内しか人が来なくて、見てもらえないんですよ。それで、自分が作ったものを誰にも見られない状況を何とか突破したいと思い、ずっと一緒にやっていた同級生と劇団を作ったんです。とにかく知り合いの知り合いの知り合いくらいまで呼んで、無理やり見にきてもらっていました。そこで初めて、自分が思った通りに観客は反応しないということがわかりました。自分の想像していなかったシチュエーションや台詞でウケて、自分がウケると思っていたところで全く反応がないので「何これ?」と思って。それがすごく面白かったんですよね。「その感覚をずっと追いかけていたいな」と思いました。

 その後、就職活動をしているときに見たCMの現場が、それにとても近いものに思えたんですよね。また、僕らの世代だと「ぴあフィルムフェスティバル」出身の方々が、CMを経て映画監督になるケースが多々あったので、「僕もそのルートがいいな」と思って。それで、今いる電通に入社し、クリエイティブの職種に配属されていろいろとやっているうちに広告が面白くなってしまって、そこから30年間いまだに広告をやり続けているという感じです。

汚された公衆トイレから始まった夢物語

曽根 今回紹介する映画『PERFECT DAYS』は、そのヴィム・ヴェンダース監督との共同脚本ということで、僕も拝見しましたが大変感動しました。脚本で言うと、三幕構成や13フェイズといったある種のフレームワークのような存在に捉われていない新しい映画でした。また、カンヌ国際映画祭では役所広司さんが主演男優賞を受賞され、アカデミー賞にもノミネートされたりと、海外でも非常に評価された映画だったと思いますが、どういった経緯で本作は作られたのでしょうか?

高崎 元を辿ると、ユニクロの柳井康治さんが個人で企画から資金調達までやってしまった『THE TOKYO TOILET』という渋谷の公衆トイレを改装するプロジェクトから始まっています。柳井さんが世界的な建築家やデザイナーに自分でオリエンテーションしに赴き、そのプレゼンを受けてそれぞれのクリエイターが作られたのが、本作でも登場する公衆トイレです。

▲「暗い、汚い、臭い、怖い」といった理由で利用者が限られる公衆トイレを改修し、性別、年齢、障害を問わず、訪れた人々に気持ちよく利用してもらい、さらに利用者自身が次の人のためを思う「おもてなし」の心の醸成を目指したプロジェクト『THE TOKYO TOILET』。世界に名だたる16名の建築家・デザイナーが東京・渋谷にある17ヶ所の公共トイレを改修し、誰もが快適に使用できるトイレに生まれ変わらせた。

高崎 ただせっかくクリエイターたちがそれぞれの『「問い」や『「意志」をもって作ったトイレなのに、そのことが伝わりきれていないのか、公衆トイレというものの宿命なのか、どうしても壊されたり汚されたりする。そのままでいるとそもそもの企画と逆のメッセージを発信することにもなってしまいます。柳井さんが僕に会いに来てくれたとき、そのことをとても真剣に悩んでいました。それから僕たちはそのことをいろんな角度から、雑談を交え、ずいぶん長いあいだ、何度も話合いました。皆が使うものを人はどうして汚すのか」「公共とはどういうことなのか」「トイレ清掃にはどういう意味があるのか」など。そのなかで、アートのもたらす力と影響について深く話すようになったんです。心が動くという経験をしたら、そういう体験であれば、ひとの価値観を本質的なことから変えられるかもしれない。僕たちがやるべきことはそういうことかもしれない、と。それから僕が映像の人間であることもあって「映画」という話になっていきました。

 そこからは、「じゃあ、清掃員は誰がいいですかね?」「役所広司さん、いいですよね」「監督はどうしましょう?」「ヴィム・ヴェンダース監督とできたらいいなあ」なんて、全く実現できる予感もないし、何のプランもなしに「できたらいいよね」くらいの感じで話をしていました。

曽根 そう聞くと、なんだか夢物語みたいなスタートだったんですね。

高崎 そうですね。でも、動き出したらどうしたら実現できるかを徹底的に考えます。もちろんそのときは、脚本も何もない状態だったんですが、役所さんのような俳優さんに脚本なしてアロローチするのはとても失礼です。かといって下手な脚本を書いてもヴェンダース監督の作法にあわないし、どうしようと。それで、なによりまず僕自身が実際にトイレ掃除をしてみることにしました。清掃員の方に弟子入りして、朝から終わりまで教わりながら掃除をしました。そのとき肌で感じたことはつくるときの聖域になると思ったんです。実際にやってみてわかったんですが、トイレ清掃という仕事は、汚れていると仕事をしていないと思われる、汚れていなくても気づかれない。そういう仕事で、それを毎日毎日くりかえしやられている実際の清掃員の方の背中はどこか修行する僧侶のようになんだか尊くて、なんだかとても厳かでした。見られていなくてもサボらない。手を抜かない。僕はたった1日で根をあげたんで、心底尊敬を感じました。そして美しさをそこに感じていました。

 その後、役所広司さんにそのことを話しました。そうしたら、「トイレ清掃員を主人公にしたトイレの話なんて、映画会社通るはずがない。だから、面白そうだ」と言ってくださって。それで、「もしヴェンダース監督が引き受けてくれたらやってくれませんか?」と役所さんに聞いてみたら、「ヴェンダース監督の映画を断る俳優なんていないよ」と。それから柳井さんと僕でヴェンダース監督に手紙を書いて。返事はすぐに来ました。とても驚きました。

曽根 ここまでですでに、ものすごく濃い話ですね。その後、ヴェンダース監督が実際に来られて、何から始めたんでしょうか?

高崎 最初はリモートでいろいろ話をしていたんですが、「まずはその場所を自分で見ないと何も決められない」とヴェンダース監督は言っていました。「その場所の持っている気のようなものを自分がどう感じるかが何かを作るときの出発点だから、その場所が良かろうが悪かろうが関係なく、行く」と。それで、5月に日本に来て、公衆トイレを見て回りました。その後、Spoonという制作会社の会議室で、「清掃員の年収はいくらなのか」「どこに住んでいるのか」「この男は何時に起きるのか」「家にテレビはあるのか」「何が娯楽なのか」「休日には何をしているのか」「お酒は飲むのか、飲まないのか」など、質問攻めにあいました。フィクションの存在なんですけど、ヴェンダース監督の中では本当に実在する人として取材をしている感じでした。僕もキャラクターとしてではなく、背中が美しいと感じたあの人のことを考えて答えていました。

 ひとしきり質問が済んだ後、「よし、主人公の家を探しにいくぞ。押上って言ってたな」と立ち上がって、押上まで車で行って、そこから3日間くらい押上から浅草辺りをずっと歩きまわりました。2日目に、急に浅草のとある家の前で立ち止まって、「うん、ここにあの男が住んでる」と言い出して。でも、本当になんの変哲のない場所なんです。こんな場所なら今までにもいくらでもあったし、撮影環境もあまり良くなかったので、「他にこういう場所を探しておきますね」と聞くと、「違う、ここだ」と言うんです。「そこの窓の外に木が1本生えているから、風が吹くと伸びた枝が窓にカスカスと当たる」と。「その枝が当たる様子をこの男は部屋の中から見ている。だからあの場所がいいんだ」と言われて。

曽根 そこは、普通に人が住んでいる家ですか?

高崎 そうなんです、住んでいたんですよね。だから、「ここが借りられなかったら終わる…」と思って。実際、本当に借りられなかったんです。どうしてもダメで。

 

ヴェンダース監督が帰国した後、必死に代案を探して。そうしたら、もっと撮影条件が良くて、画も良くて、ヴェンダースも気に入ってくれたあの場所が運良く見つかったんです。ちょっと不思議だったんですけど、ヴェンダース監督とずっとロケハンしていたときの感覚で探していたら、歩いている景色が違って見えたんです。うまく言語化できないんですが、ヴェンダースの見ていたアングルや世界の見方みたいなものが、少しだけ自分の中にインストールされた感覚がありました。もちろん彼ほどのところまで行けているとは到底思わないんですけど、街を見る意識がすごく変わりましたね。

03.「もののあはれ」を知り尽くした日本への深い理解

曽根 そこから、高崎さんはプロデュースと共同脚本を担当されたかと思うんですが、脚本作りはどのように行われたんでしょうか?

高崎 この脚本は起承転結はないので、「男の2週間を追うぞ」とヴェンダースが決めてから、また「この男は朝何時に起きるんだ」「どういう生活をしてるんだ」と一問一答になり、そこで話した内容でピンと来たものを僕が全て書き取っていきました。今度はベルリンのヴェンダース監督の家で、書きためた小さなエピソードを『「並べなおして、男の2週間をイメージしていきました。それを僕が日本にもちかえり、シナリオにしました。日本語で書いて、英語に翻訳して、英語のシナリオを監督が修正して、それを日本語に翻訳して、僕がまた直して、というのをずっと繰り返していきました。これは撮影中もつづきました。

曽根 どういう瞬間に書き直すんですか?

高崎 撮影が終わって、翌日の朝にヴェンダースに会うと「タクマ、ここでこの男がこういうことをするのは違和感があるからこうしたいんだけど、日本人からするとおかしいか?」みたいな話を毎回していて。だから、常に書き直してましたね。

曽根 僕が不思議に感じたのは、本作はとても日本的な作品になっている感覚があったんですよね。海外の監督なのに全く違和感がないというか。

高崎 根本的な部分でヴェンダース監督は日本のことをすごく理解しているんです。それは大きく影響を受けた小津安二郎作品への理解から来ていて。「もののあはれ」という平安文学の美的理念で、その瞬間にしかないものを美しいと思う気持ちみたいなものを彼は深いところで理解しているから、それが僕ら日本人から見ても違和感を感じない最大の理由になっているんだと思います。

▲ヴィム・ヴェンダース監督は日本人の心情を深く理解し、日常の些細な描写に至るまで入念に描ききった。

04.テーマやメッセージを言葉にできるなら映画を作る必要はない

曽根 本作からは「生きるってなんだろう」という哲学を考えさせられたのですが、本作を通して伝えたい共通の言語みたいなものはあったんでしょうか?

高崎 最初にシナリオを日本語で書くときに「この映画のテーマってなんでしょう?」とヴェンダースに聞いてみちゃったんですよね。そうしたら「テーマやメッセージを言葉にできるなら映画を作る必要はない」「今、世界で言葉になっていないものや、世界が捕まえていないものを捕まえるのが映画を作る理由だから、それは聞いちゃダメだ」と怒られてしまって。

曽根 普段、高崎さんがCMでやっているようなロジック化することとは別物なんですね?

高崎 映像のロジックはどちらかというとテクニック的なもので、「できているものの点数を上げるにはどうすればいいか」というときに使えるものなんです。一方、ヴェンダー監督の言っていることは本当に自分の魂の中に潜っていくような時間で、「なぜ自分は生まれたのか」「なぜ自分は生きているのか」みたいな深いところまで入り込んで作るので、テクニカルな部分とはまた違うかもしれないですね。そこに向き合う時間はやっぱり大事で、それがあるからこそ作る意味があるんだと思います。

曽根 撮影時も同行されたんでしょうか?

高崎 撮影時も常に真横にいて細かくみていましたね。でも演出的に細かく動きを指示するようなことはなくて、それぞれの俳優のもつイマジネーションを大切に組み上げていくようでした。大きな動線は最初に話すんですが、それを共有したら、あとはカメラを回す。俳優さんは大変だと思います。そのひとになっていないといけないのですから。あまりテイクを重ねないので、そのことを聞いたら『「ドキーメンタリーでもう一度」って言わないのと同じだ。フィクションの存在をドキーメンタリーのように追っているんだから、と。この映画がその方法でちゃんと成立したのは、役所広司さんのあの恐ろしいほどの演技と、その背後にあるものによります。

▲不思議なキャラクターを見事に演じきった役所広司氏は、カンヌ国際映画祭にて最優秀主演男優賞を受賞した。

05.未来を担う映像制作者に向けて

曽根 最後に、若い映像制作者に向けて、高崎さんから何かメッセージをいただけますか?

高崎 今回初めて海外の方々と映画をガッツリ作ったんですが、そこで思ったのは今はどんどん外に出ていったほうがいいなと。ベルリンのポスプロチームやサウンドデザイナーは本当に優秀でした。技術はシャッフルしていったほうがいい。映画や映像の作り方もいろんな国の人たちのいいとこ取りをして、自分のスキルを作っていくのがいいと思うんです。日本産業の仕組みの中でだけで何かをやろうとすると、どうしても順番待ちになる部分があるし、そこを突破しようとするならそういった外の力を使うのがいいと思います。だから、これから映像を始める方はぜひ、海外の人との合作や海外スタッフを入れるなど、外のスキルや人を取り入れてみるといいんじゃないかなと思います。

曽根 ぜひ、映像制作者の皆さんも海外に飛び出して行っていただければなと思います。高崎卓馬さん、本日はありがとうございました。