取材・文●編集部 岡部
メガホンをとったレイ・メンドーサ監督の実際の戦場での体験をもとに制作された映画『ウォーフェア 戦地最前線』。最先端の光学・映像処理技術を採用したドルビービジョンとこれまでにないリアルなサウンドが特徴のドルビーアトモスの両技術が合わさったドルビーシネマでも公開中だ。実際に戦場にいるかのようなかつてない臨場感を体感できる本作の“音”についての印象などについて、ドルビーサウンドコンサルタント・河東 努さんに詳しく伺った。
河東 努
1992年コンチネンタルファーイースト株式会社ドルビーフィルム製作部に入社。以後、Dolby Laboratories Inc.認定のドルビーサウンドコンサルタントとして、映画が35mmフィルム上映方式の時代からデジタル・シネマ方式へと進歩した現在まで30年以上にわたり実写・アニメを問わず1000本以上の日本映画の音響制作に関わる。現在では日本唯一のドルビーサウンドコンサルタント
“ドルビーサウンドコンサルタント”という職業

――まずは、ドルビーサウンドコンサルタントというご職業についてお伺いできますでしょうか。
ドルビーサウンドコンサルタントという職業は元々、世界中にいたんです。日本においていうと、20年以上前のまだ映画上映がフィルムの時代の邦画作品を観るとエンドロールにドルビーのマークの下に技術協力として森 幹生さんという方のお名前がクレジットされていました。その方が大先輩であり、私の師匠で、日本のドルビーサウンドコンサルタントの第一人者となります。
では、なぜそこの職業が必要だったかというと、これは1970年代まで遡ります。アメリカの映画アカデミー協会が、映画音声についてモノラルではなく、簡単にいうとステレオ化といいますか、音質を良くしたいけれど、どうにかならないかという相談がドルビー社にあったんです。当時、ドルビー社は主に音声の録音と再生に関わるノイズリダクションという技術を持っていました。録音すると増えてしまうヒスノイズなどを減らし、再生時にクリアに音が聞こえるように開発された技術です。そういった技術を持っていたという背景もあり、アカデミー協会が映画の音をクリアにするために協力を求めてきたんですね。そうして、ドルビー社がさまざまな調査と研究を行った結果、再生時の周波数特性や音量など、映画音響の標準化規格が誕生したのです。
――そのような歴史があったんですね。
はい、その標準化規格を含めて新たに誕生した映画の録音/再生方式がドルビーステレオやドルビーデジタルでして、ある作品がそれらの方式で制作される際、ミックスを行う環境(ダビング・ステージ)が標準化規格に適した状態であるかを確認したり、録音担当の方やスタジオスタッフへのアドバイザーとしてミックスに立ち会う事もあります。
エンドロールにドルビーのマークが載る作品には、必ずそのマークの下に「一部上映館を除く」という文字が入っています。その文字が入っているということは、ドルビーサウンドコンサルタントのサポートのもと標準化規格に則って制作された作品であり、ドルビーシネマプロセッサー(専用の再生装置)が入っている映画館では制作者の演出意図が伝わりやすいです、という証なのです。
――現場では、実際、どのようなことをされるのでしょうか。
ドルビーステレオ、ドルビーデジタル方式のミックスを行う際は特殊な機械を使用するため、スタジオのスタッフや録音担当の方に対してその設置や操作方法についてレクチャーをすることが主でしたが、場合によっては、ドルビーの機械についているメーターを見ながら、「このレベルで大丈夫」「少し下げた方がいい」といったやり取りをするイメージですね。ほかにも、監督や作曲家、効果音のサウンドエディターなどともコミュニケーションをとって、映画の音を完成させる手助けをしてきました。
世界中の映画館でひとつの規定“ドルビーシネマ”
――本作のようなドルビーシネマ、ドルビーアトモスの規格になった後も、現場に入って音の状態が適した形になっているかというアドバイスをされているのでしょうか。
実は、さきほど述べた再生音量と周波数特性は、ドルビーアトモスになっても大きな更新はされていないのです。1970年代から考えても50年近く、音量の基準と周波数特性の基準は受け入れられたまま続いています。そう考えると、その基準値などが間違ったものではなかったということですね。もちろん、もう少し改善した方がいいのではないかという研究はされていますが、実際のところ大きな変化は現在もありません。
時代の中で、録音メディアが良くなったことで、先ほどお話ししたノイズリダクションなど、必要が無くなったものももちろんあります。しかし、音の聞こえ方という点で言えば、たとえパワーアンプやスピーカーが当時よりも性能が良くなったとしても、基準はあまり変わっていないんです。
ちなみに、ドルビーシネマというのはドルビービジョンという映像の技術と、音声に関してはドルビーアトモスのふたつが組み合わされた上映方式です。ドルビーシネマが導入された映画館では、例えばスクリーンの色がこうあるべき、座席の色もこうあるべきという規定があります。
ドルビービジョンの最大の特徴のひとつが、従来のデジタル・シネマでは技術的に表現できなかった『真っ黒』がスクリーンに映し出せるということですが、たとえば、座席が白色だとスクリーンの光を反射して劇場内が明るくなって映し出される映像の鮮やかさや暗さの表現の妨げになってしまいます。それを成立させるために、劇場内の内装や装飾までドルビーが提唱した形になっています。座席の配置や客席数は多少変わりますが、ドルビーシネマ導入館の内装は真っ黒い壁面にブルーのラインで装飾がなされるといったほぼ同じ規格になっているのは、観客にとって一番良いものを見せるために、できるだけ環境に依存しないようにという考えで作られているんです。
なので、現在、日本にあるドルビーシネマの映画館も海外にあるドルビーシネマの映画館でも同じような椅子や内装で環境が整えられています。基本的な考え方は世界共通なんです。なるべく制作時の演出意図が伝わるために場内のデザインにも関わり、音と映像の再生特性を制作時と映画館で規格として一定のものを担保しましょうというようになっているんです。

音によって、全体がコントロールされた稀有な作品
――今回『ウォーフェア 戦地最前線』をご覧になられて、音としての特徴や率直な感想について教えてください。
本作は、音によってコントロールされている作品だと思います。映像はカットを割らず、長回しが多い中で、音量や音色で情感を変化させているシーンが多くありました。私は、どうしても映画を鑑賞する時に、“音”が気になるので、もちろん映像を見てストーリーを追っていますが、基本的には、ほぼ耳に集中しています。ひとつの音が鳴るごとに、なぜこの音がこうなっているのだろう、今こうなっている理由は何だろうとずっと聴いているんです。
この作品は、ひとつのシーン、ひとつのカットでこういうことを観客に伝えるというより、長い時間軸で、まさにその戦場に身を置く人たちの心理的な状況を体感させるように、できていると“音”としても感じました。また劇中でほとんど音楽がないですよね。冒頭にBGMとしてではなく、エレクトロニック系の音楽が流れるシーン以外はほとんど音楽がなく、その後兵士たちが画面に現れると、一気にリアリティのある静寂の世界に入っていきます。
――エンドロールで流れる音楽も印象的でした。
そうですね、あのエンドロール、ずっと同じ音楽がリピートしているように思います。おそらく、私の想像ですが、戦場となったアラブ系の曲のベースになるようなピッチに感じました。そして、エンドロールの最後の方、それこそドルビーのマークなどが出てくる際に、段々と、四つ打ちのリズムが入ってくるんです。私は、最後にそういった現代風なリズムを刻む音楽になって、観客を自分の世界に戻しているのではないかと感じました。映画を観た人たちをちゃんと現実に戻すような時間軸で計算されて音の演出をしているのではないかと。もし、監督とお会いする機会があれば、このエンドロールに入る音楽はどれくらいの候補曲があったのですかと聞いてみたいですね。
いい意味で音によって全体が本当にコントロールされて、観客もその中に入っているような設計がされている作品だなと思いました。

ドルビーシネマだからこその臨場体験

もうひとつ付け加えるならば、これはドルビーシネマ上映で観たから、音で言うとドルビーアトモスで聴いたから感じたのかもしれません。具体的なところでいうと、作中で戦闘機が上を何回か通過するシーンは、ドルビーアトモスならではの、天井のスピーカーから音が鳴るようにしていたと思います。また、従来型の5.1chや7.1chというサラウンドフォーマットと違い、ドルビーアトモスの場合は360度、ひとつの音が音色の変化なく、低音域も高音域もきちんと出るような設計がされています。そういったところが戦場の臨場感を出しているとも思います。
作品の全てを体感するという意味では、やはり音はドルビーアトモス、映像はドルビービジョンで体感できる、ドルビーシネマ上映で見てほしいと思います。さらにいえば、通常版でも鑑賞していただいて、その違いなどをぜひご自身で体験していただきたいですね。

『ウォーフェア 戦地最前線』
1月16日(金) TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
脚本・監督:アレックス・ガーランド(『シビル・ウォー アメリカ最後の日』)、レイ・メンドーサ(『シビル・ウォー アメリカ最後の日』『ローン・サバイバー』軍事アドバイザー)
キャスト:ディファラオ・ウン=ア=タイ、ウィル・ポールター、ジョセフ・クイン、コズモ・ジャーヴィス、チャールズ・メルトン
配給:ハピネットファントム・スタジオ
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2025/アメリカ/95分/英語/カラー/5.1ch/原題『WARFARE』/日本語字幕:佐藤恵子/PG12
公式HP:https://a24jp.com/films/warfare/
公式X:https://x.com/weber_cinema
公式インスタグラム:@weber_cinema_club
