2024年3月9日(土)、東京・原宿 LIFORK HARAJUKUで、本誌主催、富士フイルム協賛のイベント「X CREATIVE CAMP Ⅱ」が開催されました。このイベントは、フルサイズを超えるラージフォーマットセンサーを搭載するGFX100 IIや、iPadやPCのWEBブラウザからマルチカム収録ができるX-H2S+FT-XHといった機材を用いてクリエイターが作品を撮り下ろしし、その制作時に感じた各製品の魅力や使いこなすためのテクニックを解説するものです。今回は、GFX100 IIでショートドキュメンタリーを制作した伊納達也さん(inaho Film)、X-H2SとFT-XHでMVを制作した加藤マニさんと大橋洋生さんが登壇しました。この記事では伊納さんのセミナーの模様をレポートします。
取材・文●高柳 圭 構成●編集部 萩原
1988年、愛知県生まれ。ノンフィクション映像作家、映像エッセイスト。東映シーエムに勤務後、映像ディレクターとして活動。2010年代前半に、映像制作者を集めたコミュニティの立ち上げや情報発信を行うようになり、2019年には栃木県鹿沼市にスタジオを移し作品制作を続ける他、「inahoものがたり図書館」も運営する。
フルサイズを超えるラージフォーマットセンサーを搭載したGFX100 II
伊納さんがGFX100 IIで撮り下ろしたショートドキュメンタリー
『A BAKER’S CRAFT』
栃木県鹿沼市のベーカリー「一本杉農園」の、ある1日の開店までの様子を追ったショートドキュメンタリー。全編GFX100 IIで撮影しています。
使用カメラ:GFX100 II 使用レンズ:GF55mmF1.7 R WR、GF30mmF3.5 R WR
撮影・編集:伊納 達也(inaho Film) 整音:三島 元樹 アシスタント:島田拓空也、伊納華
目的よって変わるドキュメンタリーの撮り方
私は映像クリエイターとして、栃木県の自社スタジオを拠点として全国で映像制作に取り組んでいます。今回、「GFX100 II」を使って制作をするに当たって、その動画機としての性能を生かしたドキュメンタリーを撮りたいと考えました。
普段からドキュメンタリー映像を撮る機会が多いのですが、そもそもドキュメンタリーとは何かという定義は、世の中において曖昧な部分があるかもしれません。ドキュメンタリーを撮ろうとする人の属性によって、例えば、報道やジャーナリズムであったり、スポーツの裏側であったり、インタビューや人物への密着取材であったりと、作品の形態は様々あると思います。この作品の性質をもう少し詳しく分類していくと、「過去の話」か「進行中の話」という時間軸と、「シネマティック/アート」と「リアル/生っぽさ」という表現の方向性によって、その世界観が分かれていくと考えています。過去のグラフィックや再現映像を使ってドラマチックに描いた作品がある一方、歴史を検証するような作品では、過去の資料などを使ってリアルを伝えていく必要があります。また、スポーツの裏側を取り上げた作品では、その情感を伝えるためにアーティスティックな表現を用いることもありますし、報道や事件性のあるテーマを扱う場合は、真実性を伝えるために生っぽい表現を重視するでしょう。
ただ、ここまで話したことは、ドキュメンタリー「作品」としての捉え方です。最近は、高性能のシネマカメラの普及や、スマホで誰でもきれいな映像が撮れるようになったことで、人がお金を払って観る「作品」だけではないドキュメンタリーの在り方が広がっているように思います。それは、「作品」がそれ単体でも物語や文脈を理解できるものであるのに対して、情報の伝達や、その情報の背景を理解している人に向けてつくられるニュース、SNSのクリップといった「コミュニケーション」を目的とした映像です。また、最近では、町の飲食店の1日を紹介するような、密着ドキュメンタリー的なチャンネルも人気ですよね。これらVlog的な映像のように、クリップよりは企画やストーリー性があり、単体でも多くの人に伝わるタイプの、作品とコミュニケーションの中間のようなものも増えている印象です。
そして、作品からコミュニケーションまで様々な視点でドキュメンタリーを撮る中で、私個人として、すべてのレンジで使えると感じているのが富士フイルムのカメラであり、今回のGFX100 IIはまさにそこで力を発揮してくれる存在だと思っています。作品的な視点でじっくり制作していく場合は、RAWやLogデータをグレーディングして、クオリティを高めていくことが求められる一方、コミュニケーション的なものでは、撮って出しのスピードが重要で、その中で可能な限り質を高めていくことがポイントになります。前者では、富士フイルムのF-LogやF-Log2、RAW Outputが活用でき、後者では、撮って出しでも多彩な世界観をつくれるフィルムシミュレーションが活躍してくれます。私自身の中でもここ数年、作品とコミュニケーションの間にあるようなドキュメンタリーを作れないかと、色々な実験をしているところで、幅広い機能を備えたGFX100 IIは、とてもしっくりくるカメラでした。
圧倒的な写真撮影の性能と、動画専用機並みの使い勝手の良さ
今回、初めてGFX100 IIを使ってまず感じたのは、圧倒的な写真撮影の性能です。レンズに新しく実装されたGF 55mmF1.7 R WRを使ってみたところ、写真が本職ではない私ですが、これまで撮ったものとは違った世界観の写真を撮れて、夢中になってたくさんシャッターを切ってしまいました。普段見ている世界が、写真によって魅力的で、新しい一面を見せてくれて、写真を撮ることの本来の楽しさを感じることができました。GF 55mmF1.7 R WRとの組み合わせでは、解像感やボケ感などの表現も自在で、それらの表現の幅が広く、余裕のある表現力の中で、自由に撮影ができた印象でした。フルサイズのような性能を持った中判デジタルカメラとして、いろんな所に持ち歩いて、「もう一生これで写真撮っていたい」という思いも持ちましたね。
動画機能の面に目を移すと、これまでの中判デジタルカメラは、動画機能は付いていても、フルサイズやAPS-C機と比べると充実度は低いものがほとんどでしたが、GFX100 IIは、ProRes 422 HQの内部収録や、ProRes RAW/Blackmagic RAWの外部収録の他、USB-C経由でSSDに収録できること、ウェーブフォームやベクトルスコープも表示される点など、動画専用機並みにかなり使い勝手が良いのも魅力に感じました。
今回、このGFX100 IIを使った映像制作として、自分が「食の裏側を見せるドキュメンタリーチャンネルを作ったら」という想定で、とあるパン屋さんの公式チャンネルをイメージしたものを撮影しました。
ドキュメンタリーの内容は、栃木県鹿沼市のベーカリー「一本杉農園」の1日を追ったもので、オーナーのインタビューや工房での作業、周辺の農園などの景色を交えて構成しています。撮影は、基本設定として4K(16:9)、ProRes 422 / 23.98p、ダイナミックレンジ400%、トーンカーブHigh-2 / Low-2、カラー+1で実施しています。インタビュー時の音の収録は、RODEのWireless ProでラベリアマイクとRODE VideoMic NTGの2チャンネルを使っています。また、作業風景などを撮る時は、ステレオマイクとしてゼンハイザーのMKE440と、フィルターにNiSi True Color VNDを用いています。この撮影時にステレオをマイク用いたのは、プロのサウンドエンジニアからのアドバイスで、モノラルだとオンマイクで手軽に収録できるけれど、環境音がある空間では音が同じレンジに集中して、人の声とのバランスが取りにくくなり、臨場感がなくなってしまうという点を考慮したものです。4K、8Kと映像のクオリティが上がり、奥行きのある画が撮れるのに、音に奥行きがないのがもったいないというのは本当にそうだと思います。
照明は、基本的に自然光でしたが、インタビュー時に顔の陰影強くなりすぎないよう、Amaran COB 60Dを1灯当てています。レンズは、8割くらいはGF55mmF1.7 R WR(35m判換算45mm)で行い、一部GF30mmF3.5 R WR(35mm判換算24mm) を使っています。加えて、作業している所にできるだけ近づいて撮影するために、スリングバッグが重宝しました。カメラを持つ手を置いて固定して撮影できるので、私の撮影ではよく使っています。
今回の編集では、先述のフィルムシミュレーションの機能を活かすことを前提に、コントラストをつけ、周辺光量を落とす程度の最小限のグレーディングを心がけました。DaVinci Resolveで、編集からグレーディングまで完結しましたが、作業風景などのシーンは、フィルムシミュレーションの設定で、良い雰囲気が表現できていると感じます。インタビュー時は、環境の影響で少し暗く、話している人の顔がしっかり見えてほしかったので、人物部分だけマスクを切って明るく調整しています。
今回、GFX100 IIを使って撮影をしてみて、改めてそのカメラとしての性能の高さを実感しながら、機能的な使い勝手の良さだけでなく、コンパクトで機材が少なく動けることによるストレスの少なさも魅力に感じました。繰り返しになりますが、しっかり環境をつくり込んで撮ることもできれば、フットワーク軽く撮影に臨むこともできるという点でも、ドキュメンタリーを始め、様々な映像制作のシーンで活躍してくれる存在だと思います。