製品発表時に目を疑った。富士フイルムから9月29日に発売されるX-H2は実売26万前後の価格帯で8K撮影ができる。しかもProRes 422 HQの内部記録でだ。8K仕上げの作品はまだ少ないものの従来の4K・HD仕上げの作品にも8K撮影の恩恵はある。映像作家の鈴木佑介さんにテスト撮影で見えた8Kの活用法とAFやグレーディング耐性など気になるポイントをレポートしてもらった。
レポート●鈴木佑介
モデル●遙野
構成●編集部 萩原
▼X-H2 TEST FILM
26万円前後の価格帯で8K撮影を実現したX-H2
去る9月9日に4000万画素を超えるAPS-Cの高解像度モデルとして発表された富士フイルムのフラッグシップX-H2。7月には上位機種のX-H2Sが先に発表され、富士フイルム史上最速のオートフォーカス性能は世界を驚かせた。動画撮影面での強化も著しく、ボディ内手ブレ補正はもちろん。最大6.2KでProRes 422 HQ内部収録、4K/120pでのハイスピード撮影、フルサイズのHDMIポートを搭載。さらにアトモスNINJA V /V+でのProRes RAW収録やBlackmagic DesignのVideo Assist 12G HDRでの.braw収録が可能となった。
また、液晶はバリアングル液晶を採用(筆者は否定派だが)し、液晶背面の部分にオプションでクーリングファンを付けることで放熱し、動画撮影の時間を大きく増やすことができる。X-H2Sと同じボディデザインの「X-H2」だが、X-H2Sとの最大の違いは「8K内部収録」ができることだ。4K/120pのハイスピード撮影など、逆にX-H2Sにしかできないこともある。
新しいカメラをテストする際は海辺で自然光で手持ちで女性を撮る、というルーティンの筆者。今回もおなじみの遥野さんを起用し、朝日が出る前の薄明の状態の海と朝日が出た後の海で8K撮影をし8Kでテストフィルムとして仕上げてみた。そこで感じたことを含めレポートしていきたいと思う。
富士フイルム X-H2
APS-Cサイズセンサー8K/30pのProRes 422内部記録の動画撮影に対応。8Kオーバーサンプリングの「4K HQ」モードも新たに搭載し、高画素センサーを生かした解像感の高い映像を実現する。5軸・最大7.0段のボディ内手ブレ補正も備える。EVFは576万ドットの0.5型有機EL、モニターは162万ドットの3.0型バリアングル式液晶を採用。本体サイズは幅136.3×高さ92.9×奥行84.6mm、質量は約660g(バッテリー、 メモリーカード含む)。オプションで冷却ファンFAN-001(37,400円)も用意。
8Kの有用性と8Kがもたらすもの
繰り返すが、X-H2の最大のウリは8K内部収録であろう。3318万画素が写す動画の世界はまさに「写真が動く」世界。そんな8K映像の解像度が我々映像制作者にもたらすものは大きく3つある。
・圧倒的に美しい8Kコンテンツの制作
・動画から静止画の切り出し(3318万画素)
・4K/HDコンテンツ制作における8Kという余白
今回の撮影(前ページ参照)ではフィルムシミュレーションを使わずに富士フイルムの新しいLogガンマのF-Log2を使用。カラーグレーディングを施したものだ。今回は撮影人員の都合で自然光のみで手持ち撮影した。レフすら当てていない。レンズはXF33mm F1.4(35mm換算で50mm相当)のみ使用。
動画からの切り出しだが、写真と変わらない解像感を保っていることは伝わると思う。8Kで撮影したことがある方ならわかるであろうが、4Kモニターで見ても8K素材の圧倒的な解像感は息を飲む。単なるスクリーンショットの書き出しで静止画が成立する。8Kになってやっと「動画から切り出す静止画」が両立できるようになる、ということを実感できる。
圧縮が少ないProRes 422 HQ(10bit)での内部収録ができるというのも嬉しいポイントだ。ProResで録画する際にはCFexpress TypeBが必要だが、Long-GOPのmp4収録であればSDカードでも記録が可能だ。業務用途でポストでいじる余白という意味ではProRes撮影は助かるが、富士フイルムの「フィルムシミュレーション」を使って撮って出しに近い素材を求めるのであればSDカードでも充分かもしれない。
また、カラーグレーディング耐性としての余白が欲しい場合はHDMIからの外部出力を行えばBlackmagic RAW / ProRes RAWで12bitのデータを得られる。ネガティブに捉えられがちだったProRes RAWもCinema DNGへの変換というソリューションが生まれたことでDaVinciユーザーでも使うことができる。26万円前後のボディ+外部収録のオプションで12bit 8K RAW素材が撮れるということは地味にすごいのではなかろうか。
優れたフィルムシミュレーションと8K切り出しの静止画はワークフローの効率化も図れる
フィルムシミュレーションでの撮って出し8K 素材も美しい
下の写真は別のロケ地にてフィルムシミュレーションのETERNA ブリーチバイパスを使用して8K撮影して静止画切り出ししたものだ(強風すぎて動画素材としては使用できなかったが、静止画として扱えた)。ファッションフィルムなどで依頼主と合意を取ったルックを前提に映像を撮りながら、写真を切り出す、ということが現実的になるため現場でのスピード感が上がり、ワークフローの効率化が図れるかもしれない。
もしさらなる高解像度が必要であれば、そのまま写真モードに切り替えて写真機としてシャッターを切ればいい。RAWとjpegを同時撮影できるので、気に入らなければ後で調整ができる。ビデオ雑誌で写真のことを書くのはどうかと思ったが、動画と写真の境界が狭くなり、ハイブリッドなクリエイターが増えている今、富士フイルムが潜在的にハマるユーザーは実に多い気がしている。そして富士フイルムのカメラを触ると「フルサイズでなくていい」ということを毎回実感するのだが、8K撮影することでその感覚がさらに高まった。
「高解像度」であればあるほど一枚の画が持つ情報量は多いほうがいい。今回何も考えずにいつも通り撮ってしまったが、アップの画が不要に感じてしまうのだ。実際制作した映像を見ると引き画の解像感をもっと見ていたいと思う。寄りの画はキレイだけれど情報量が少ない。ミドルよりも引きの画、つまり情報量が多いほうが映えるのだ。
そうなるとセンサーはボケすぎないほうが使いやすい。Super35mm(よりも広いセンサーだが)のRED Helium 8Kを所有している筆者だが、コマーシャルワーク以外で使用したことがなかったことと、今まで「8Kで制作する」ことがなかったため、恥ずかしながらコンパクトミラーレスを手にして初めてその感覚に気がついた。
フルサイズ全盛の時代、高解像度化においてはAPS-C(Super35mm)センサーの価値が再評価されそうな気がしている。8Kでの撮影、編集は引き→寄りの関係で紡いでいた今までの映像の紡ぎ方を変えてしまうかもしれない。「本当のシネマティック」を考える時代の扉が開いた気がしている。考えるべきことが増えた。
HD仕上げの作品であれば、最大400%まで画質劣化なしにクロップできる
動画的な側面から話が逸れたが、一番汎用性が高いと思われる「クロップ前提での8Kの余白」という強みももちろんある。FHDのタイムラインで8K素材を扱えば論理的には4倍の解像度なので400%まで拡大できるが300%くらいまでが実用的であろう。1カメでのトークコンテンツ、バンド演奏、舞台記録や映画撮影など様々なシーンで応用が効きそうだ。
ポストでの手ブレ補正の処理にも解像度があるのは有効だろう。前述した「情報量が多い画」が8Kによいということも含め「広く撮っておく」ことが8K撮影では大事なポイントかもしれない。また屋外の撮影であったが、細かく録画していたからか、熱停止はなかった。念のため、クーリングファンを装着して撮影したが、おかげで温度上昇マークも出ずに熱停止せずに撮影を終えることができた。
X-H2のAF性能
さて特にAF性能は気になる方も多いのではないだろうか。結論から言うと「悪くないけどX-H2Sのほうが優秀」ということだ。積層型構造のX-H2Sに対してX-H2は裏面照射構造なので結果としては当たり前かもしれない。機能としては最近の潮流の瞳AFはもちろん、動体検知機能も搭載されて、動物や飛行機などにもAFが検知するようになった。動物に設定すると犬をしっかり捉え、犬の瞳まで検知してくれた。試しに人物でAFのテスト動画を撮ってみたのでご覧になっていただきたい。
▼X-H2 AF TEST FILM
使用感としては、カメラを自由に振り回しても食いついてくれるX-H2Sに対してX-H2はテスト画像のようにFIXなどできっちりゆっくり画づくりをしている際は言うことを聞いてくれるのだが、カメラを自由に動かすと迷うというか、見失うことが多い印象だ。今回の撮影でもAF/MFを同時に使用することが多かった。
もちろん写真撮影に関しては正直申し分ない。ただ動画撮影面ではX-H2Sと比較した際にAF性能は劣る、というのが正直なところであろう(X-H2Sも使っている筆者からすると、X-H2SのAFはまるでソニー機のようなAF性能に感じるので、8Kが不要で用途が映像メインの方は正直X-H2Sの選択がよいだろう。ただそれでも8Kの魅力は捨てがたい。高画素ゆえのローリングシャッターが少し気になるところはあるが)。
F-Log2とフィルムシミュレーション
F-Logと新規に追加されたF-Log2の比較
X-H2Sから「F-Log2」が追加された。X-H2では上5段下8段で13stopのダイナミックレンジを活かす作りになっている。F-Logよりも適正露出を低い輝度で撮り、ベース感度を上げたことによって中間からハイライト側のダイナミックレンジを担保している印象だ。ベース感度はF-LogがISO500、F-Log2がISO1000。適正露出は18%グレーを撮影する際、F-Logで46%、F-Log2で38%だ。当たり前だが、ライティングコントロールできる現場であればこそ、その有用性は最大限に発揮できるであろう。外部RAW記録の際などカラーグレーディングの余白を得ることができる。クライアントワークにも使えそうだ。X-H2とX-H2Sではベース感度が違うので注意が必要だ(提供されているLUTも異なる)。
上のグラフはF-Log、F-Log2のLogカーブとダイナミックレンジ。下の表は反射率(Input Reflection)に対する適正露出(IRE)を表している。人肌と同じ反射率の18%グレー時の適正露出はF-Logが46%、F-Log2が38%。F-Logのベース感度はX-H2がISO500、X-H2SがISO640。F-Log2のベース感度はX-H2がISO1000、X-H2SがISO1250となっている。
暗部の表現は似ているが、F-Log2のほうが中間からハイライトにかけての情報が多くなっている。
フィルムシミュレーション
富士フイルムのユーザーにとってはお馴染みのフィルムシミュレーションだが、馴染みのない方にとってはとても魅力的な機能だ。カラーグレーディングなしでいい感じのルックをプリセットから選べる。収録素材自体は10bitあるので、ある程度のセカンダリーグレーディングも可能だ。「撮って出し」の案件には最適だ。個人的には最近ノスタルジックネガとクラシッククロームが気に入っている。映像制作者にとって鉄板のETERNAとETERNAブリーチバイパスは富士フイルムから公式LUTも出ているのでF-Logで撮影しておいて、カラーグレーディング時でも適用できる。フィルムシミュレーションがあるから富士という選択も正解だと思う。
まとめ
近年では他社のカメラでも8K収録はおろか、8K RAW記録もできるようになっているので、さほど驚かない人もいるかもしれないが、X-H2の値段を知ると思わず声を上げずにはいられない。ボディ単体で26万前後。カメラの高価格化が進んでいる昨今、かなり手が届きやすいモデルだ。純粋に内蔵8Kが撮れるカメラでは最安値なのではないだろうか? しかも外部出力で12bitの8K RAWフッテージも得ることができる。2014年、パナソニックのGH4が4Kを民生化したように、今度は富士フイルムのX-H2が8Kを「みんなのもの」にするかもしれない。
動画カメラにおいて、常にダークホース的な存在の富士フイルムだが、どのメーカーのカメラでも「キレイに写る」昨今、「振り幅」という面で、今あらためて富士フイルムの魅力が際立ってきた気がしている。使いこなしたら一番面白いカメラかもしれない。ぜひ手にとってもらい、8Kを身近に体感し「これからの映像撮影のあり方」を皆で考えていきたいと思った。