ZOOM社から発売されているフィールドレコーダーH8は、標準6ch入力、最大で10ch入力の超小型レコーダー。今回は、映画録音技師が映像用音声の録音を前提にレビューする。

レポート◉桜風涼

H8が発売されて2ヶ月ほど経つが、発売当初にH8の姿に驚いた人は多いだろう。真ん中でくびれており、まるでクモかカニをイメージしてしまう。だが、これまでのHシリーズを踏襲しつつ、様々な機能向上、機能拡張が行われた驚くべきモンスターレコーダーだ。

基本機能の充実、コンパクトでちょうどいいサイズ

実際に手に取ってみると、軽くて手に持ってもフィットしてくる。放射状にXLR端子が配置されているが、これも抜き差しが非常に楽で、これまで横並びのXLR端子の抜き差しでイライラしていたのがかなり軽減される。

さて、そんなH8だが、機能を紹介すると、前述のように、標準の入力は6chでファンタム電源対応のXLR端子となる。そのうち2chはエレキギターなどのハイインピーダンス入力に対応している。別売りのXLR増設ユニットEXH-6(ファンタム電源無し)を使えば合計8ch入力、新登場したEXH-8を接続すると、ファンタム対応の4chが追加されて10chレコーダーとなる。

▲EXH-8を装着した状態(ZOOM社のHPより)

さらに、付属のXYマイクを接続すると、ステレオマイクによる録音が可能で、このユニットにある3.5mm端子はプラグインパワー対応のマイク入力となる(XYマイクと排他的)。

なお、ボディー背面にはバッテリー収納部の蓋と三脚ネジの穴があり、スピーカーはパネル横の側面にある。

外部出力として、ヘッドホン端子とライン出力端子があり、どちらも3.5mステレオ端子である。

 

操作ボタン類がかなりの進化

ここまではH6に2ch分が増えたような仕様変更と言える。ところが、ボタン類の配置が非常に直感的になった。まず、メイン画面がタッチパネルになったことで、目的の項目にたどり着くのが非常に楽になった。パネルの応答性も上々で使いやすい。

最も注目するべきは、実は手で操作するボタン類だと言える。マイクのオンオフを切り替えるトラックキーボタンが、マイクボリュームノブの横に配置された。我々は現場で、ボリュームノブ(もしくはフェーダー)の近くに白いテープを貼って、マイクが何に使われているかメモ書きをするのだが、H8の端子とノブの間に丁度良い隙間があり、メモ書きができる。また、ノブのすぐ近くに赤く光るトラックキーがあるので、操作ミスを回避することが楽にできる。現場では、このような直感的な操作ボタン類が非常に重要なのである。

 

録音機能も向上している

H8からファイル保存の方法が進化している。これまでのHシリーズでは、保存されるファイルは、Hシリーズが勝手に付けたフォルダ名(連番)に書き込まれ、フォルダは変えられるものの、数字の羅列になって、ファイル管理がやりにくかった。

ところが、H8はプロジェクトフォルダ名を任意の英数字で入れられる。これはプロ用フィールドレコーダーのFシリーズと同じだ。しかも、タッチパネルにソフトウェアキーボードが表示されるので、入力も非常に簡単だ。ただし、指が太い人は苦労するかも知れない。

各チャンネルの設定も、タッチパネルで使いやすくなっている。これまでのHシリーズでは、メニューから変更したい機能を選び、その中にトラックが並ぶので選択して設定を変更するという流れだったのに対して、H8は、まずトラックを選び、その中で変更したい機能を選ぶという流れになっている。これもプロ用のFシリーズと同じだ。こちらの方が操作ミスは起きにくいと思う。

いずれにせよ、タッチパネルを搭載したことで、メニュー操作が非常に楽になっている。

音質も非常に良く、リミッターがプロ仕様になった

もともとHシリーズは非常に音質がいい。H6のリミッターはちょっと癖があり、過大入力でややひずんだ音質になることがあった。しかし、こちらのH8はプロ好みのリミッターが入っており、シュレッシュルド(上限値)、アタック(効き始めまでの時間)、ホールド(継続時間)をユーザーが決められる。初期値は映像には不向きで、-6dB、1ms、50msとするとちょうどいいと思う。これで高音質を維持できる。

全体的な音質だが、デジタル式レコーダーだけあってS/N比は非常に良く、マイクボリュームを最大にしてもノイズは皆無だ。音楽用途としての音質は評価は専門外なので言及を避けるが、映画やテレビなどの音声機器としては高音質だと評価したい。

なお、仕様としては、最大10chの端子入力からのマルチトラック録音およびミックされたステレオ2ch録音の合計12chの同時録音が可能である。

 

マイクカプセルシステムがバージョン2に進化

Hシリーズには、様々なマイクや外部入力が接続できるマイクカプセル端子がある。これまで2chまでの入力が、4ch入力に対応した。今後もシステムの拡張が行われるようだ。

もちろん、これまで発売されている様々なマイクが接続できる。付属のXYマイクだけでなく、ガンマイクなども使える。

また、新たにステレオ効果を大幅に変えられるXAH-8マイクが加わった。XY方式とは、単一指向性マイクをクロス方向に配置することで、狭いマイク間隔でステレオ効果を得るマイク設置方式で、多くのステレオマイクがこの方式を採用している。しかし、いずれにせよマイク間隔が狭いため、大きなステレオ効果は期待できない。一方、AB方式はマイク間隔を人間の両耳の間隔に近付けて自然なステレオ感を得るマイク設置方式のことだ。XAH-8は、この2つの方法を切り替えて使えるので、場面に応じた効果的なステレオ音声を得ることが出来る。

 

▲オプションマイクXAH-8を装着した状態(ZOOM社のHPより)

H8は操作性が大幅に向上し、直感的な操作が実現された!

H8の大きな進化と言えば、タッチパネルに表示されるホーム画面であろう。

ここには、「フィールド」「ミュージック」「ポッドキャスト」という用途切り替えがあり、これをZOOM社ではアプリと称している。アプリを選ぶだけで画面構成や内部設定が最適化される。非常にシンプルだが、画期的だと言えよう。

「フィールド」は映像用の録音機材として最適化できる

「フィールド」は、映像などで使う音の収録で、普通のマルチトラックレコーダーの画面になる。ちょっとレベルメーターがユニークだ。まず、トラック1と2、トラック3と4、トラックAとBがそれぞれ一組の合計3組に分かれている。例えばトラック1をオンにすると、レベルメーターはトラック1と2が表示される。この状態でトラック4をオンにすると、トラック3と4のレベルメーターが表示される。まぁ、別にこのメーターの増え方はそれほど重要ではないのだが、オンにするトラックが少ないときにはメーターも少なく表示され、視認性が向上するというアイデアだ。私としては、普通のミキサーのように、使っていないトラックも全部表示してくれているほうが、メーターの表示位置でトラック番号が分かる方がよいと思う。つまり、H8の仕様では、トラックキーを押す度にレベルメーターの数が増えたり減ったりする。トラック1から順番に使えばいいのだが、実際にはケーブルの取り回しで、順番に使わないことのほうが多い。また、複数人の討論などを収録する場合、マイクは繋がっていてもトラックキーだけオフにすることもあって、出演者の数は配置が換わらないのに、レベルメーターの数が増えたり減ったりするのは混乱の元になりそうだ。

▲2ch入力時のメーター表示

▲6ch入力時のメーター表示

 なお、その他、前述したが、トラックの設定変更はメニュー構成がシンプルで非常に使いやすい。また、「朝まで生テレビ」のような討論会だと、出演者がコの字に配置されることが多いのだが、H8のボリュームノブは、まさにテーブルを囲むように並んでいるので、非常に直感的に音量調整ができる。後で解説するラジオ番組も同じなのだが、出演者が多い状況での録音はとにかく直感的な操作が重要なので、H8のボタン類の配置は、小型化のための進化であろうが、実は、プロの現場の要望と一致していると思う。

 

「ミュージック」は音楽制作に便利な操作画面

「ミュージック」は、音楽レコーディングに最適化された画面である。多重録音が簡単に出来るようにパンチイン・パンチアウト(一部分の上書き録音)などができる。また、エコーやリバーブなどの標準的なエフェクトはもちろんのこと、音楽業界では名機と呼ばれるようなギターアンプの音色にしたり、有名マイクの特性を再現したりするフィルターなども入っている。これ一台で、音楽におけるスタジオワークが出来てしまう。

筆者は残念なことに音楽録音を仕事にしていないので、これ以上の評価はできないが、機能を列記しておけば、パソコン上のDAWアプリからマルチトラックのオーディオインターフェースとして認識することができ、H8に繋いだ6chの音源をパソコン上に録音できる。もちろん、別売りのEXH-8を使えば10ch入力のオーディオインターフェースになる。パソコンからは最大12chのマルチトラックレコーダーとして認識される。これにより本格的な音楽編集の外部インターフェースとしても機能するのだ。

 

「ポッドキャスト」はラジオ番組制作のポン出しツールになる

「ポットキャスト」は非常にユニークで、いわゆる「ポン出し」というのだが、サウンドステッカー(ジングル)などをボタン一つで再生することができる。サウンドステッカーというのは、業界用語ではSSといい、番組内のコーナーとコーナーの間に流す数秒の音楽やジングルのことだ。実は、地上波のAMやFMラジオ放送では、サウンドステッカーの前にCMを挿入するのが基本で、Queシートと呼ばれる番組構成の一覧表にSSを入れたタイムコードを表記することになっている。ネットラジオやポッドキャストでは、そこまで厳しい制約はないのだが、番組が発展して地上放送で流さなければならない場合には、SSは非常に重要になる。余談だが、同様に提供(スポンサー)名の挿入位置も重要である。H8は4つのボタン(タッチパネル内)にSSを割り当てることができる。標準で31種類のSSが用意されているが、ユーザーが自作のSSを登録することも可能だ。

さて、大人数が出演するラジオ番組の制作は、実は音質においていろいろと難しい問題が出る。例えば各人のレベルを同じようにしたいわけだが、実際にやってみると結構苦労する。これはレコーダーの責任だけなく、マイクセッティングなど様々なことが影響するのだが、H8の操作ボタン類は、録音技師が調整したいものに直感的に触れるので非常に有り難い。ちなみに、F8nやF6には、複数マイクで討論するような場合に生じるマイクの相互干渉を軽減する「オートミックス」という機能があり、非常に便利だ。H8にも搭載して欲しいものだ。

スマホ連動でさらに操作性が向上する

別売りユニットDA-1(ZOOM製品専用Bluetoothユニット)を使うことで、スマホやタブレットの連動が可能になる。画面が大きくなり、タッチパネルでの操作なので、使い勝手はかなり良くなる。

このスマホ操作に関しては、プロ用のフィールドレコーダーであるF8nやF6、そしてVRマイクのH3-VRに既に搭載されており、かなりの実績がある技術だ。スマホ側では、各チャンネルのレベル表示、録再生、早送り巻き戻しが可能だ。唯一惜しむらくは、音声を送られて来ないこと。音質を下げてもいいので音も送ってもらえるとありがたいのだが。ちなみに、筆者は別途にBluetoothの送受信機(他社製)を使って、遠隔からの操作を行うこともある。

今、最強のハンディレコーダーだと言える

2020年9月現在のところ、最大10chのXLR入力できるフィールドレコーダーはH8だけであり、しかも、非常に小さく軽い。音質も非常によい。単三電池4本で15時間も動作する。USB経由でモバイルバッテリーでも給電できるなど、今、最強のハンディレコーダーだと言える。

ただし、映画やテレビで使う場合には、カメラと接続しなければならないことも多く、その場合に必要な基準信号が出せないとか、ライン出力が3.5mmステレオ端子でロックがないなど、業務用としては心許ない部分もある。ぜひとも基準信号くらいは出せるようにして欲しいものだ。ソフトウェアの改良だけで対応可能なはずだ。

いずれにせよ、本格的なマルチトラックレコーダーでありながら、入門機レベルの価格帯に収まっているのは驚異的で、これさえあれば、プロが必要な機能がすべてそろってしまう。プロの録音技師として、多くの人にオススメできる製品だと思う。

 

 

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