ビデオサロン誌の好評連載、テレビのドキュメンタリーカメラマンである板谷秀彰さんの「撮の壺」〜プロカメラマンが教える撮影の極意〜(2016年9月号掲載)を今回特別に誌上公開。
 というのも、記事で紹介している保山耕一カメラマンが撮られている「奈良、時の雫」というシリーズ映像はYouTubeにアップされているのですが、誌面で読んでYouTubeを見た人も多くないと思いますので、すぐに映像を見られるWebに全文掲載しました。


「ワーズワースの庭」という番組を覚えている人はいるだろうか?
 1993年にフジテレビの金曜日の夜11時からの番組でおとなの趣味とか道楽といったものを紹介していました。
 途中で「ワーズワースの冒険」とタイトルを変えて97年まで続きましたが、時はバブルが崩壊、イケイケドンドンとお金儲けに血眼になった時代が儚くも終わり、個人の豊かさとか生活のゆとりとかに人々の指向が移りだした時期に企画されたと言えば、当時番組を見ていなかった人にも何となく想像してもらえると思います。
 まあ世の中の景気の問題だけではなく、BSデジタル放送以前のテレビ界では、週末の夜11時前後の時間帯(注①)には視聴率獲得だけが目標ではないドキュメンタリーとか趣味的なものを取り上げた番組が沢山ありました。僕もこの時間帯の番組を散々やらせてもらいました。
注①「ワーズワース」以外にも例えば「音楽の旅遙か」「地球浪漫」「宇宙船地球号」「世界は夢家族」そして「情熱大陸」…そんな番組のお陰で今の僕があるのかもしれない。
「ワーズワース…」も何本か撮ったのですが、その中で「男が惹かれるもの」を取り上げた回がありました。ミニクーパーのサスペンションシステムで有名なアレックス・モールトン博士が開発した高級自転車の愛好家とか、鹿児島で飛行艇を自ら操縦して楽しんでいる方とかを取材しましたが、その中で冒険家の植村直己さん愛用のニコンFが登場します。
 これを撮影したのは僕ではありません。植村直己さんの生まれた兵庫県の日高という小さな町にある「植村直己冒険館」にこのカメラは展示されているのですが、これだけを撮影するために東京からカメラクルーを出すのは予算的にも厳しいという判断で、関西在住のカメラマンに依頼したのですが、この植村ニコンを撮ってくれたのが保山耕一さんです。
 できあがった番組を見て吃驚しました。実に短いシーンですし一眼レフのカメラを物撮りしただけなんですが、そのカットは存在感に溢れていました。ディレクターは昔から保山さんを知っていたので、実力を見込んで撮影を任せたのでしょうが、僕としてはメインのカメラマンに手が回らないシーンを他のカメラマンにお願いしてこれ程のものを撮ってくるケースに出逢ったことはありませんでした。上手いカメラマンとかは世の中には掃いて捨てるほど存在しますが、この画は彼が撮ったとはっきり分かるような、カメラマン自身の存在を感じさせるような画を撮れる人は滅多にいません。
 その後は関西方面の僕の仕事を手伝ってもらったり、ジブクレーンとかステディとかの腕を見込んで力になってもらったりしていたのですが、昨年、たまたまですがインターネット上で彼がアップしている短いクリップを見つけました。
 「奈良、時の雫」というタイトルのシリーズで、3分~5分程度のお住まいの奈良近辺で撮影されたもの、実に保山さんらしく丁寧にしかも優しさに満ちて撮られていて、流石に保山さんの仕事だなと感心したのですが、なんで保山さんがこの映像を撮り続けているかという理由を知って吃驚しました。
 2013年夏に保山さんは、直腸ガンで余命2か月と宣言され、治療の結果何とか一命は取り留めたものの、今まで通りにカメラマンとして活躍する場を閉ざされてしまいました。
 僕は作り手の個人的な事情で作品を批評するということは好きではありません。不自由だったり困難だったりの環境にある人が作ったから手放しで素晴らしいという見方は作品に対して失礼です。そうではなく事情を知らない人が見ても素晴らしいと思えるのがホンモノじゃないかな。
 保山さんが撮った映像を見ても、彼が置かれている状況の厳しさや苦しさ、そしてカメラマンとして生きてきた人間が、まったくカメラを触ることができない日々が続くという辛さや痛みを想像することはできません。
 映像作品を言葉だけで説明するというのは至難の業で、保山さんの作品を僕の稚拙な文章でとても伝えることはできませんが、誤解を恐れずに言えば「低い映像」じゃないかなと感じています。けっして解像度が低いとかカメラマンのモチベーションが低いという意味ではありません。
 もちろんカメラアングルが単純に低いということでもありません。ただ高いところから撮った映像は客観的に全体が見渡せてどこに何があるのか理解しやすく、ハイアングルのルーズショットがすべて説明的で面白くない等とは言いませんが、例えば巨大迷路を俯瞰して撮ったらやっぱり説明的になるし興ざめでしょ。でも迷路の中を迷いながら進んでいく人の、いわば低い目線で撮ったらどうでしょうか。進路を阻む壁に次々とぶち当たりながらもゴールを目指す気持ちが伝わる映像が撮れないでしょうか。そんな地に足を付けた身の丈を徹底させているんじゃないかな、保山さんが積み重ねていることは。
 保山さんはこの「奈良、時の雫」を映像による遺書だと言っています。低い映像だと僕が感じたのは保山さんが自らの命を込めて自らの目線で撮るという、職業としてのカメラマンという立場をはるかに超えた場所からカメラを構えていることから来ているのかもしれません。
 撮影とは何なのかと考える人に、何を撮るべきなのかと悩む人に、どう撮れば良いのかと悩む人に、是非ともこの「奈良、時の雫」を一本でも二本でもいいから見て欲しいと思います。プロ、アマを問いません。彼が使っている機材(注②)はお世辞にも最先端でも高価でもありません。4KだLogだとテクニックや機材先行では決して撮れない、低く地を這うような映像にショックを受けて下さい。
注②保山さんが使っているのは
カメラ EOS 70D  EOS Kiss_X7i
レンズ タムロン18-270mm F3.5-6.3 DiII
フィルター TIFFEN CIRCULAR POLARIZER、TIFFEN BLACK PRO_MIST 1/2
三脚 SLIK CARBON 813EX
外部マイク パナソニック VW-VM510
編集機  iMac (21.5-inch, Late 2013) 2.9 GHz Intel Core i5
スピーカー TIMEDOMAIN mini
編集ソフト iMovie
なんとAPS-Cのカメラですよ。FIX重視なので写真用の三脚ですよ。照明は一切使用せずですよ。

 なぜ保山さんがこのシリーズを撮るようになったのかはご自分でもよく分からないと言っています。奈良には365の季節がある、と感じて撮り進めたシリーズはこの7月でなんと200 を超えました。この先400本も500本もシリーズが続くことを願っています。

200本を超える中でもなかでもこれはという作品を限定するのは難題ですが、個人的には「晩秋の水谷川」「奈良の秋」「水の神様」「白砂川のホタル」「1月の飛火野」…ああ! 決められない。