映画監督・武 正晴の 「ご存知だとは思いますが」 第1回「レイジング・ブル」


中・高・大と映画に明け暮れた日々。
あの頃、作り手ではなかった自分が
なぜそこまで映画に夢中になれたのか?
作り手になった今、その視点から
忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に
改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイ・ミーツ・プサン』にて監督デビュー。最新作『百円の恋』では、第27回東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門作品賞をはじめ、国内外で数々の映画賞を受賞。

 
 
第1回「レイジング・ブル」
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イラスト●死後くん
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作品概要:実在のプロボクサー、ジェイク・ラモッタの自伝を元に制作。現役チャンピオン時代の肉体と引退後の肥満体型を表現するために実際に体重を27‌kg増量したというデニーロの役作りも圧巻。第53回アカデミー主演男優賞を獲得。
製作年 1980年
製作国 アメリカ
上映時間 129分
監督 マーティン・スコセッシ
撮影 マイケル・チャップマン
音響効果 フランクワーナー
出演 ロバート・デ・ニーロ、
キャシー・モリアーティ
ジョー・ペシ他
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女子高生の「ひとり映画館デビュー」
という言葉が可愛らしく面白かった

「この映画がひとり映画館デビューなんです」とテアトル新宿のロビーで女子高生が少し怯えた声で話かけてきた。勿論知っている顔ではない。渋谷タワーレコードでの宣伝イベントで僕を見かけたそうだ。ロビーを見渡すと、上映時間まで少し時間があるからか人も疎らで、僕よりも年配のおじさんばかりだ。なるほど不安で怯えた声の理由も頷ける。彼女のような若者の「ひとり映画館デビュー」という言い方が可愛らしく面白かった。
 僕は子供の頃から映画好きな父に連れられ、よく映画館に通った。初めての映画館でのスクリーンの記憶はディズニーの『ファンタジア』でミッキーの魔法使いと箒のダンスを覚えている。小学校に入る前のことだ。親とは別に、友人と初めて観に行ったのは小学校6年生の時で『ルパン三世カリオストロの城』。初めて女子と観に行った映画は『エレファントマン』。満員の劇場で通路に座って観た。アン・バンクロフトが素敵だった。

僕のひとり映画館デビューは
「レイジング・ブル』

 さて、僕のひとり映画館デビューはいつだったのか記憶を探ると、『レイジング・ブル』をロードショーで観に行った時だ。中学一年生の春休みだったと記憶している。あれほど厳しかった柔道部の練習が何故休みだったのかが記憶にないのだか、アカデミー主演男優賞でオスカー獲りたてのロバート・デ・ニーロを一目見ようと名古屋駅前の劇場に1人で乗り込んだ。
 デ・ニーロとの出会いはテレビの洋画劇場だった。『ゴッドファーザー Part 2』の若きドン、ヴィトー・コルレオーネに魅せられ、『タクシードライバー』のベトナム帰りのトラビスに狂喜し、『ディア・ハンター』のマイケルに1発で撃ちしとめられた僕はこれらの作品と共に小学生を卒業していった。
 中学生になっていた僕は、連日のテレビスポットで流れるデ・ニーロの怒れる雄牛ぶりを見てはロードショーを心待ちにしていたのだ。1日4回観た。オープニングタイトルのスローモーションのシャドウボクシングの美しさ。世界タイトルマッチのリングに向かうジョー・ペシとデ・ニーロの勇姿とそれを迎える観客達の熱狂。引退して太った怒れる雄牛ジェイク・ラモッタの雄叫びのラストカット。これらを繰り返し観たかったからだ。この映画を創った人たちをもっと知りたくなった日だった。
 ボクサーの映画は『傷だらけ栄光』のポール・ニューマンや『若者のすべて』のアラン・ドロンも好きだし、『ロッキー』のスタローンも良かった。しかし、この自己破滅型で性格の悪いデ・ニーロのジェイク・ラモッタに惹かれたのは何故なのか?  僕の”ひとり映画館デビュー”映画の怒れる雄牛は、アカデミー作品賞を逃している。この年は『普通の人々』がオスカーを獲得しているが、僕は観に行っていない。『レイジング・ブル』は全ての人にお薦めできるとは言わないが、是非とも観てもらいたい1本だと思う。

特典のコメンタリーは
作り手としても勉強になる

 DVDの特典に撮影を手がけた名匠マイケル・チャップマンによるオーディオコメンタリー解説(※)がついており、これが実に楽しくありがたい。ボクシングのシーンだけでも10週間かかったそうだ。
※※ マイケル・チャップマンやフランクワーナーの解説は『レイジング・ブル アルティメット・エディション [DVD]』に収録されている。
 作品中10分〜15分の試合シーンの撮影方法が如何に多様で複雑だったかを窺い知れる。デ・ニーロが相手をダウンさせ、ニュートラルコーナーに行くと24コマ〜48コマへとスローモーションになり、戦闘が再開されると24コマへ戻ることを同一ショットの中で行なった。
 現場を思い出しながら興奮気味に語るチャップマンが、実に誇らしげに楽しそうに説明してくれるのが嬉しい。白黒映像に挑んだ彼が同じ頃の白黒映画『マンハッタン』のゴードンウィルスへの功績を讃えながら、『エレファントマン』の中に「俺は獣ではない、俺は人間だ」という同じ台詞があることへの指摘など興味深い洞察が続く。「『タクシードライバー』は完成された傑作だけど、『レイジング・ブル』も負けていないよ」と作品への愛情たっぷりのコメントで締め括っている。
 音響効果のフランク・ワーナーの解説は僕ら作り手にとっても貴重な解説。正に講義そのもので注意深く聞き入ってしまう。この人は『ロッキー』『タクシードライバー』なども手掛けた人で『未知との遭遇』でオスカーを獲っている。このオーディオコメンタリーは凄い。効果音が映画にとって如何に重要かがわかる。これは必聴!
 スコセッシ監督もボクシングシーンを様々な映画からの引用であることを早口で解説してくれる。サミュエルフラー作品やヒッチコックの『サイコ』の血のシャワーシーンを『セントバレンタインの虐殺』と言われた魔の13ラウンドの滅多打ちのシーンに引用したことなど。興味ある方は是非とも。

実は『百円の恋』でも
オマージュのシーンが

 私事になるが、『百円の恋』の主人公の女ボクサーがリングに向かう入場シーンがあるのだか、シナリオを読んだ時に『レイジング・ブル』のあの憧れのステディカムショットに挑戦できると震えた。挑まない訳にはいかなかった。僕達は軽量化されたデジタルカメラでの撮影で200人のエキストラ。35㎜フィルムカメラによる3000人のエキストラのスコセッシ監督やチャップマン達の偉業を改めて思い知った。
 だが、僕らの撮ったカットも大変素晴らしい出来であったと満足している。スタッフキャストに感謝している。僕は映画に憧れ、映画の仕事をしている。果たして、映画に憧れてくれるような映画を少年少女達に届けることができるのだろうか? 創ることができるのだろうか? と考えてしまうのだ。
 僕の映画でひとり映画館デビューを飾ってくれた女子高生は映画を観終わった後に何を想ってくれるのだろう。上映時間が迫り、劇場の扉が開く。客席へと向かう彼女の後ろ姿に「愉しんでね」と声をかけた。自分の席を探す彼女の姿を僕はロビーから暫く眺めていた。
 
 
●この記事はビデオSALON2015年5月号より転載
http://www.genkosha.co.jp/vs/backnumber/1452.html