映画監督・武 正晴の 「ご存知だとは思いますが」 第15回『ハンター』


中・高・大と映画に明け暮れた日々。
あの頃、作り手ではなかった自分が
なぜそこまで映画に夢中になれたのか?
作り手になった今、その視点から
忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に
改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイ・ミーツ・プサン』にて監督デビュー。最新作『百円の恋』では、第27回東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門作品賞をはじめ、国内外で数々の映画賞を受賞。

第15回『ハンター』
BS_gozonzi_15re.jpg
イラスト●死後くん
____________________________
過去30年間に5000人以上もの仮釈放中の逃亡者を刑務所に送り込んだという実在の人物である賞金稼ぎのラルフ・ソーソンの半生を描く。スティーヴ・マックイーンがその死の3ヵ月に演じた遺作でもある。
製作年    1980年
製作国    アメリカ
上映時間   97分
アスペクト比 ビスタ
監督     バズ・クリーク
脚本     テッド・レイトン
       ピーター・ハイアムズ
撮影     フレッド・J・コーネカンプ
編集     ロバート・L・ウォルフ
音楽     ミッシェル・ルグラン
出演     スティーヴ・マックイーン
       イーライ・ウォラック
       キャスリン・ハロルド他
____________________________
※この連載は2016年7月号に掲載した内容を転載しています。



 5月に劇場でスティーヴ・マックイーンの映画を2本観た。池袋の新文芸坐で『パピヨン』を初めてスクリーンで観ることができた。もう一本は5月21日から公開されたドキュメンタリー映画『スティーヴ・マックイーン その男とル・マン』。マックイーンが映画以上に愛したカーレースについての映画『栄光のル・マン』製作の熱狂の日々を振り返る映画だ。レーシングスーツ姿のポスターが少年時代の僕の家の玄関に飾られていた。

 『荒野の七人』、『大脱走』、『ブリット』、『パピヨン』『ゲッタウェイ』、『タワーリング・インフェルノ』と僕はテレビの洋画劇場で日本語を話すマックイーンしか観ていなかった。『華麗なる賭け』よりも『華麗なる週末』のような小品も好きだった。『栄光のル・マン』も日曜洋画劇場で見ていたが、あまり記憶に残っていない。僕が初めて劇場でマックイーンを観たのが『トム・ホーン』の予告編だったのだが、本編は観そびれていた。

劇場で初めて観たマックイーンの映画

 ようやく僕がマックイーンの映画を劇場で観られたのが中学一年生の時だった。友人と名古屋セントラル劇場でお正月映画の目玉だった『ハンター』を観たのだ。マックイーンは公開前の1980年11月7日にメキシコの小さな病院でガン手術後に亡くなった。50歳だった。

 前作『トム・ホーン』でも西部開拓時代に実在した賞金稼ぎを演じたが、彼が最後に挑んだ役も現代の実在するバウンティハンター(賞金稼ぎ)だった。”パパ”ことラルフ・ソーソン役は実に人間くさいユーモア溢れる役柄だった。本人も映画の中でバーテンダー役としてマックイーンと共演している。保釈中に逃亡した容疑者達を再度収監するのが主人公ソーソンの仕事だ。アメリカ中、クソ田舎のネブラスカのコーン畑から大都会シカゴの地下鉄まで身体を張って逃亡者達を追い詰める奮闘記だ。

マックイーンのイメージと役柄との対比が楽しい

 主人公ソーソンとマックイーンの対比が劇中楽しい。『ブリット』でも魅せた神がかり的な運転テクニックの持ち主であるマックが、本作では駐車もロクにできない運転下手なソーソンを演じる。くたくたになって久し振りに帰宅すると飼い犬には吠えられ、リビングはカード遊びに興じる近隣住民に占拠されている。唯一の安息のベッドルームには美しい恋人のドティーが眠って待っている。臨月の彼女とラマーズ法の教室に通うソーソン。今まで見せたことのないマックの表情が楽しい。

 アンチークのブリキのオモチャを集め、「古いものばかりが好きなのね」と彼女に小馬鹿にされる。大男に放り投げられるわ、ダイナマイトを投げつけられ吹っ飛ばされるわ、若い逃亡者を屋根伝いに追いかけ、息が切れてズルしても、老眼鏡をかけていようが、やはりマックイーンは”KING OF COOL ”なのだ。

 唯一のガンアクションシーンでの切れ、マガジンチェンジの素早さ。地下鉄でのスタントなしの追っかけ。MA‐1をあれだけ着こなせる50歳はいない。とても余命3ヵ月の全身をガンで蝕まれている人には見えなかった。悲愴感のかけらもスクリーン上に見い出せない。ユーモアに満ちた、マックイーンの熱演がうれしかった。映画スターとはかくあるものか。

ユーモアに溢れた人間讃歌

 撮影のフレッド・J・コーネカンプは『パピヨン』『タワーリング・インフェルノ』で苦楽を共にしている。駐車場からの車のダイブは『パピヨン』のあの断崖絶壁からのダイブシーンを思い出させる。音楽も『シェルブールの雨傘』のミッシエル・ルグランが『華麗なる賭け』や『栄光のル・マン』同様の仕事ぶりを見せてくれる。僕の大好きな『破壊!』の監督のピーター・ハイアムズが脚本だ。

 ハイアムズの用意したラストシークエンスが秀逸だ。勘違い復讐野郎から恋人のドティーを救ったソーソンは産気づいた彼女を病院に運ぶ。車内でのラマーズ法の呼吸を「俺がコーチだ」とやってみせるソーソンが可笑しい。最大の事件が恋人の出産なのだ。ミッシエル・ルグランのメロディーとマックイーンの笑顔でこの映画は終わる。幸せな映画だ。『ブリット』の孤高の刑事から12年。マックイーンは主人公”パパ”ラルフ・ローソンを身近に感じさせてくれた。

 決して大作ではない97分の小作品『ハンター』は暖かみとユーモアに溢れた人間讃歌だった。僕はこの作品が好きだ。36年振りにDVDで見直してみた。人間は誰しも歳をとり、そしていつか死ぬ。僕も主人公ソーソンや演じたマックイーンの年齢に近づいている。中学生の時以上に勇気づけられた。歳をとるということは何かを教えてくれる。マックイーンは自らの老いも含め、実に巧みに演じて僕に教えてくれた。

『栄光のル・マン』のポスターを眺めながら

 マックイーンのドキュメンタリー映画が終了後、僕と同世代、もしくは上の世代の観客達が、ロビーに展示されている『栄光のル・マン』のポスターを熱心に撮影していた。自らが体感して魅せられたスピードとスリルを映画として遺せたマックイーン。彼にしか創れなかった映画が『栄光のル・マン』だ。もう一度観てみたい。もちろんスクリーン上でだ。

 自分の大事な好きなことを映画に残す情熱と喜びは、他人から見れば時として狂気の沙汰であろう。人は死して名を残す。マックイーンは映画を遺した。「ザマアミロ! 俺はまだまだ生きてるぜ!」という『パピヨン』の感動的なラストのセリフを僕は思い出していた。レーシングスーツ姿のマックイーンのポスターを僕はしばらくの間、眺めていた。

 

●この記事はビデオSALON2016年6月号より転載
http://www.genkosha.co.jp/vs/backnumber/1583.html

vsw