【連載 映画作家主義】ふるいちやすし 第5回 作品の空気感を作るのに レンズの選択はとても重要だ


プロフィール
脚本、監督、撮影、編集、音楽を一人でこなす映画作家。モナコ国際映画祭:最優秀撮影監督、脚本、音楽、アートフィルム賞。ロンドンフィルムメーカー国際映画祭:最優秀監督賞。アジア国際映画祭:最優秀監督賞。最新作『千年の糸姫/1000 Year Princess 』はアメリカSMGグループから世界配信中。

第5回

作品の空気感を作るのに レンズの選択はとても重要だ

作品のトーン(ルック)というものを考えてみよう。映画というものは基本的に一定時間、人の目を拘束する。特に長編作品ともなると、90分以上もの長時間、休憩もなしに見続けてもらわなければいけないし、たとえ短編であっても、15秒のCMや静止画とは大きな違いがある。1カットの美しさやインパクトという観点で決めてはいけない。映像の硬さ柔らかさ、カラーバランス、彩度、明暗とコントラストといった要素を使って、観客を包み込む空気を作るのだ。そう、空気程度の効果しかないのだが、これが映画の大きなファクター、つまり表現の武器になる。

そしてもちろん、それは作品のストーリーやテーマに合致していなくてはならない。まずはベーシックな重さ、軽さ、湿り気、緊張感や懐かしさといった感覚的な空気感を作り、テーマとストーリーの後押しをするのだ。決してその場その場の美しさやインパクトに捉われすぎてはいけない。

例えば極端に彩度やシャープネスを上げた映像は、確かにインパクトはあるが、それが長時間続いてしまうと人間の目は慣れてしまい、肝心なところでインパクトを与えられなくなり、観客を疲れさせてしまうかもしれない。作品の中にずっと流れている空気感はもっと控えめなものなのだ。それを決めるには、ストーリーが出来上がった後、実際のロケ現場へ行くロケハンの時が最適だろう。本番に入ってからでは試行錯誤する時間もないし、撮影が進む途中で迷ってしまう可能性もある。これはストーリーやテーマを深く理解した上で被写体や舞台となる場所にしっかり向き合って、丁寧にやるべきことなのだ。

そしてカメラのピクチャープロファイルと呼ばれる細かいコントロールとレンズの選択を決めていくわけだが、少なくともカメラの何を触ればどんな変化が生まれるのかを熟知してなくてはいけないし、特徴を知り尽くしたレンズを基準にして進めなければ混乱してしまうだろう。だからこそ借り物ではなく、愛機と呼べる物を所有しておくことが大切なのだ。今時のカメラやレンズは何もしなくても綺麗に無難に撮ることが可能だが、一歩踏み込んでその作品のための空気感を表現しようとすると、やはり自分の機材でなくては難しい。現在の主流となっているのは、現場ではそういうことを考えず、RAWやLog、HDRなどでダイナミックレンジいっぱいに撮っておき、絵作りは後でスタジオでやるといった方法だが、私は好きになれない。“現場で絵作りをする”という、フィルムの時代には決してできなかったことが楽しくて仕方ないし、作品の空気感をモニターを覗き込むスタッフや出演者たちと共有できることが、作品性を高めてくれることは間違いない。合理性とか安全性とかいう言葉はアートとは無縁で、できるだけ失敗しないように、熟知熟練すればいいのだ。それを重ねていく内にただの機材が愛機になるし、自分自身の目や感性も磨かれていく。

レンズの選択は空気を作る上でとても重要だ。特にクラシックレンズを使うと、癖が強い分、独特の味が出る。その癖が作品のテーマにピッタリ合った時は最高だ。最近のレンズはどれも高性能でクッキリ美しく撮れるが、癖は薄くなっているように思う。中には今でもクセ玉と呼ばれるレンズを作っているメーカーもあるので、古いからいいというものでもないのだが、大変なのは、作品を通じた空気感を作ろうとすると、必要な焦点距離のレンズを同じシリーズで揃えなくてはならないこと。クラシックレンズは状態の良い物を探すのも大変だし、モノによってはビックリするような値段が付いてることもある。まずは一番よく使う焦点距離の物を一本手に入れて、その癖を掴んで、気に入ってから揃えるといいだろう。私自身も数限りないクラシックレンズをあれこれ語れるほどの研究家ではないし、特に気に入った物しか揃えていない。私の選択を一つの例として皆さんの参考にしていただければと思う。

◉それぞれのレンズの美味しい癖を知ること

▲ これは単純なレンズ比較テストではない。それぞれのレンズの美味しい癖(だと思っている)を引き出すために極端にカメラのセッティングも露出も変えている。ソニーはしっかり素直に写るし解像度も高い。それが求められる仕事にはこれを使うし露出もほぼ適正露出で使うようにしている。対してアンジェニューは露出をオーバー気味に使ってやると、なんとも言えない春のような柔らかさが出る。そしてカールツァイス・イエナは露出不足気味に使う。重みは出るが硬質にはならず、湿り気を感じる。◉私の作品『彩〜aja』は悲しい恋の物語ではあるが、美しく優しい自然の光の中に出演者たちを置きたかったので全編アンジェニューで撮った。

対する『千年の糸姫』では重いテーマに合わせてカールツァイス・イエナを使った。ともに1950年代のもので、マウントも様々。いい状態の物を揃えるのには苦労が要るが、このようなクラシックレンズの癖を映画作品のベースとして使えるのは本当に幸せなことだ。

※この連載はビデオSALON 2018年8月号に掲載した内容を転載しています。