【新連載 映画作家主義】ふるいちやすし 第1回 まずひとりからでもできる作品を作ってみよう。 そして大切なことは最初から一流にこだわることだ。


プロフィール
脚本、監督、撮影、編集、音楽を一人でこなす映画作家。モナコ国際映画祭:最優秀撮影監督、脚本、音楽、アートフィルム賞。ロンドンフィルムメーカー国際映画祭:最優秀監督賞。アジア国際映画祭:最優秀監督賞。最新作『千年の糸姫/1000 Year Princess 』はアメリカSMGグループから世界配信中。

※この連載はビデオSALON 2018年4月号に掲載した内容を転載しています。

第1回
まずひとりからでもできる作品を作ってみよう。
そして大切なことは最初から一流にこだわることだ。

大判センサーで動画が撮れるようになってから10年が経とうとしている。その間にデジタルビデオカメラに起こった革命的進化をしっかり利用し、恩恵を享受しているだろうか?そもそも昔の事を知らない人には革命的と言われても何のことだか分からないだろう。一言で言うと個人でも手の届くデジタルカメラで撮る動画の表現力が、一気にプロの使う映画用のフィルムカメラに追いついてしまったのだ。

それはもちろん慢性的に予算不足の日本の映画やドラマの現場に浸透し、大いに力になっている。だがこの革命の恩恵はそれだけではないはずだ。何十人ものスタッフと大きな予算が必要な「映画」という物が、少なくとも画質という面では個人の手元にある。そう、その手元にあるカメラで映画が作れるのだ。伝えたいこととアイデアさえあれば最悪一人ででも美しい映画を作ることは可能なのだ。

とは言え、その道のプロが集まった何十人ものチームからだんだん減らしていくと考えると、とてもできそうな気にはならないだろう。だから一人から始めて、どうしても足りない能力を他の人に求めれば、それでも10人もいれば立派な映画と呼べる物が作れるはずだ。

そのためにも仲間が揃うのを待つのではなく、まず一人からできる作品を作ってみよう。そして大切なことは、最初から一流にこだわることだ。たとえ役者がいなくても、音楽ができなくても、二流で我慢しようとは思わずに、自分のできる一流を妥協せずにやる。できなかったらナシのままでいい。

結果、出演者がいなくてもセリフや音がなくても、そこに一つでもとびきりの美しさがあれば、人は集まってくる。「このままじゃもったいないから、俺が音楽やるよ!」とか「私に演じさせて!」とか、美しい未完成品は半端な奴らを蹴散らし、優れた才能を吸い寄せるものだ。まだ子供だから、年寄りだからとか、田舎でこれだけできればいいんじゃない? とか言い訳してないで、自分の中にある最高の美意識を形にするのだ。

初めからうまくいくことは珍しいが、うまくいかなかったら次を作ればいい。一人〜ごく少数の通じ合った仲間なら何度でもやり直せるはずだし、もちろん大作である必要はない。

私の考える革命的進化の恩恵とは、そんな閉ざされた小さな世界でも、画質と表現力は一流のものが使えるということだ。映画という仰々しく聞こえるものが、今は個人の手元にある。それに気づいて欲しいのだ。それが「映画作家主義」のスタートである。

絵描きはプロになってから絵を描き始めるのではない。今、目の前にある美しいと思えるものを描き始めるのだ。そしてそのために必要なことを、就職を目的にした学校とはまったく違う形で、この連載を通じて一つ一つ丁寧に伝えていきたいと思う。もし、近くに子供や老人がいたら、ぜひとも一緒に読んで欲しい。

この連載を続けながら、私も小さな作品を作ってみようと考えているが、第一回目は15年ほど前に私が周りの数人の友達をモデルに一人で作った「今昔」という小品をお見せする。「世の中は進歩し、人間も賢くなったように思えるが、今も昔話の頃と変わらないことがある。」というテーマを表現してみたかった。友達は役者ではなかったので下手な芝居はさせず、静止画にし、言葉は字幕にした。このようにダウンサイジングすることによって、かえって一流の美意識は保てるということもあるし、何よりじっくり取り組める。決して片手間に軽く作ったというものではない。何分、15年前の作品で、カメラもハイビジョンにすらなっていないし、技術も稚拙なものだが、今見てもテーマ性や美意識は伝わる。届かない背伸びよりも、じっくり腰を据えて、今自分ができる最高のものを目指すことが大切だ。この作品はグループアート展でお披露目したが、実際これを見て「一緒にやりたい!」と声をかけてくれる出会いもあり、そして次の作品へと繋がっていった。まずは絵描きのように、小説家のように、身軽で自由な環境で、じっくり作る。そういうことが映画でもできる時代になったのだ。

▲今でもこの作品を作っていた時のことははっきり覚えている。モデルになってくれる友達と喫茶店でゆっくり話し合い、カメラをぶら下げて一人で町や田舎を歩き回っていた。決してのんびりしていた訳ではなく、美意識だけは高く保っていたので、もちろんうまくいかなくてイライラしたこともあったし、カメラの表現力に欲求不満を感じていたりもしたが、それが次の作品やより高い技術へのモチベーションになった。こういう活動を続けていると、仲間は増えていくものだ。映画は様々なクリエイターが集まれる場所なんだから。

▲本誌3月号から始まった読者投稿コーナーViewsにYouTube経由で「違う朝」(岡田翔さん)という2分の作品が投稿されていたが、これがとても素晴らしい。1カットで何も変わった技術を使わず、ただ、女優さんと本当に美と理解を共有しているのが分かる。私が言いたかったのはまさにこういうことなのだ。まずそこにある美しい姿や思いを、通じ合える仲間と形にする。これは立派に作品だ。