中・高・大と映画に明け暮れた日々。
あの頃、作り手ではなかった自分が
なぜそこまで映画に夢中になれたのか?
作り手になった今、その視点から
忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に
改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『イン・ザ・ヒーロー』『百円の恋』がある。2017年秋に最新作『リングサイド・ストーリー』、2018年に『嘘八百』が公開予定。
第24回『俺たちに明日はない』

イラスト●死後くん
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1930年代の世界恐慌の時代に実在した銀行強盗ボニー&クライド。二人の出会いから末路までを描いた作品で、アカデミー賞助演女優賞と撮影賞の2部門を受賞。アメリカン・ニューシネマの先駆けとしても知られる。
原題 Bonnie and Clyde
製作年 1967年
製作国 アメリカ
上映時間 112分
アスペクト比 ビスタ(16:9)
監督 アーサー・ペン
脚本 デヴィッド・ニューマン、ロバート・ベントン
製作 ウォーレン・ベイティ
撮影 バーネット・ガフィ
編集 デデ・アレン
音楽 チャールズ・ストラウス
出演 ウォーレン・ベイティ、フェイ・ダナウェイ 他
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※この連載は2017年4月号に掲載した内容を転載しています。

2月27日、89回目のアカデミー賞を見ていた。僕は40回程この授賞式をテレビで見ている。司会者やプレゼンター達のジョークや、合間のスター達によるショウを楽しんできた。受賞者達のスピーチも毎回楽しみだ。僕が最初にこのショウをテレビで見たのは小学4年生の時。『ロッキー』の年。『タクシー ドライバー』がオスカーをとれなかった年だ。スタローンも、デ・ニーロも主演男優賞を逃し、撮影後に亡くなった『ネットワーク』のピーター・フィンチが主演男優賞をゲットしている。
『ネットワーク』でのフィンチのハワード・ビールは本当に凄い。主演女優賞は『ネットワーク』のフェイ・ダナウェイ。『ネットワーク』は助演女優賞と脚本賞の4冠だ。『タクシードライバー』しか見れていない僕は、『ロッキー』と『ネットワーク』の公開を心待ちにした。
フェイ・ダナウェイはテレビの日曜洋画劇場で『三銃士』『四銃士』の悪姫ミレディー、『チャイナタウン』のエヴリン・モーレイ 、『タワーリング・インフェルノ』のスーザン・フランクリン、『コンドル』のキャシー・ヘイルと猛烈女ぶりを見せつけられていた。『チャイナタウン』では主演女優賞にノミネーションされるも『アリスの恋』のエレン・バースティンがゲット。エレンのアリスも凄い。僕はまだフェイ・ダナウェイの出世作の『俺たちに明日はない』をこの時は見ていなかった。

 

アカデミー賞作品賞でボニー&クライドが登場

89回目の作品賞のプレゼンテーターに現れたのは、50年目の"ボニー&クライド"だった。僕の生まれた年に公開された『Bonnie & Clyde(俺たちに明日はない)』のボニー・パーカー役のフェイ・ダナウェイとウォーレン・ベイティが颯爽と現れ、僕は思わず声を上げてしまった。ベイティの姉シャーリー・マクレーンも客席から手を振って出迎えている。当然の如く会場はスタンディングオベーションだ。
僕が『俺たちに明日はない』をようやく見られたのは中学3年の時だった。日曜洋画劇場3回目の放送だった。1930年代、世界恐慌時代のアメリカ各地で強盗を繰り返した、クライド・バロウとボニー・パーカーのバロウズ・ギャング達の僅か4年に亘る青春ギャング映画だ。主演のベイティはプロデューサーも兼ねている。当初はプロデューサーに専念したく、ボブ・ディランにオファーするも断られ、自ら出演することに。姉のシャーリー・マクレーンはボニーに立候補するが、弟の出演が決まると、降板した。

 

本作で3人の俳優が躍進

監督のアーサー・ペンに大抜擢されたのが、フェイ・ダナウェイ。2本目の映画出演でダブルヘップパーン、アン・バンクロフトと並んでの主演女優賞ノミネーション。クライドの兄バック役にジーン・ハックマン。僕は洋画劇場で『フレンチコネクション』のポパイ刑事で既に知っていた。映画三本目にして助演男優賞にノミネーション。37歳にして彼の出世作となった。
バロウズ・ギャングを悩ませる、ヒステリックなバックの嫁ブランシュ役に映画初出演のエステル・パーソンズ。銃撃戦の彼女の悲鳴は本当に腹立たしい。『卒業』のキャサリン・ロスを押さえ助演女優賞をゲットした。ブロードウェイ出身の3人が本作で躍進した。

頭の鈍い車の整備士として活躍する、C・W・モス役のマイケル・J・ポラードが素晴らしい。マイケル・J・フォックスは憧れの彼からJの文字をつけたそうだ。車を盗まれる、間抜けな葬儀屋役にジーン・ワイルダーが映画初出演していたのが僕は嬉しかった。『ヤング・フランケンシュタイン』でテレビの前の僕ら家族を大爆笑させてくれたからだ。ジーン・ワイルダーも昨年亡くなって今はいない。
この映画の出現はアメリカンニューシネマと呼ばれる作品群の先駆けとなる。僅か10年にも満たないアメリカン・ニューシネマ時代の映画達を僕は目にしていくことになる。

次第に凶悪化してくるバロウズギャング団

「商売は銀行強盗」とうそぶくボニー&クライド達の活躍ぶりが音楽のチャールズ・ストラウスの用意したバンジョーの演奏に乗りどこかユーモラスに描かれていく。ボニー&クライドは頭の鈍い可愛らしい整備士とクライドの兄夫婦を仲間にする。クライドは2人っきりになれず兄嫁の金切り声に苛立つボニーに「兄貴の嫁なんだから」となだめる。強盗を繰り返し、警察から追いまわされるバロウズ・ギャング達は過激になり銃で武装し、殺人にも手を染め始める。

 

ルックの変化によって物語に不穏な予感が…

年老いた故郷の母親に会いたがるボニー。この辺りから画面のルックに変化が表れ始まる。撮影は『ここより永遠に』でオスカー受賞のバーネット・ガフィ。鮮やかな激しい色調から、柔らかい生っぽい色調への変化は物語に不穏な予感を与えていく。ガフィは本作にて2度目の撮影賞ゲット。母親に「警察から追われ、逃げ続ける人生の先にあるのは何…」と問われるボニー。警察との銃撃戦の中、兄のバックを失い、警察に捕まった兄嫁の告白で追い詰められるバロウズギャング。

 

「死のダンス」として知られる有名なラストシーン

傷ついたボニー&クライドは整備士の実家に匿われるが。整備士の父は警察と司法取引をして息子を守ろうとする。家族によって崩壊するバロウズギャング団。そしてあまりにも知られすぎているラストシーンがやって来る。整備士の息子が父親に言う「ボニーとクライドは賢いから間抜けな警察には絶対に捕まらない」僕はこの台詞が大好きだ。2人は捕まることはなかった。
待ち伏せした4人のテキサスレンジャーズと警官2人が1934年式フォードV8に150発近くの銃弾を浴びせた。87発の銃弾を浴び2人は虐殺される。2人は銃を構える時間もなかった。かじりかけの洋梨を持ったままクライドは道端で車の中でボニーは蜂の巣に。「死のダンス」と呼ばれるこの場面は、これまでの映画表現では初めてだろう。フェイ・ダナウェイが凄い。こんなラストシーンは2度とお目にかかっていない。

 

作品賞発表での前代未聞のアクシデント

89回目のアカデミー賞最後の受賞発表の前にクライドが「ハリウッドはこれからも多様性ある作品作りを目指すべきだ」と語った。作品賞の封筒を開くクライドは中身を見て一瞬逡巡した。なかなか発表しないクライドにボニーが何やってるのと笑った。ボニーに封筒を見せるクライド。ボニーが14部門ノミネートされたミュージカル映画の名前を読んだ。喜んで登壇する受賞者達。
しかし、それは読み違えだった。主演女優賞の封筒を渡されてしまったボニー&クライド。呆然とするシャーリー・マクレーンの姿が映し出された。言い訳をしているクライドに「何やってるんだ、ウォーレン!」と司会者が声をかける。「たかが受賞式さ…」と言う司会者の声の中、僕は画面から消えてしまったフェイ・ダナウェイの姿を探していた。

●この記事はビデオSALON2017年4月号より転載