映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第33回『フレンチ・カンカン』


中・高・大と映画に明け暮れた日々。
あの頃、作り手ではなかった自分が
なぜそこまで映画に夢中になれたのか?
作り手になった今、その視点から
忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に
改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『イン・ザ・ヒーロー』『百円の恋』がある。2017年秋に最新作『リングサイド・ストーリー』、2018年に『嘘八百』が公開予定。

第33回『フレンチ・カンカン』

イラスト●死後くん
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1889年に誕生したフランスのパリ市内、モンマルトルにあるキャバレー「ムーラン・ルージュ」と当時流行したダンス「フレンチ・カンカン」の誕生を描くミュージカル。『河』のジャン・ルノワールがイタリアから15年ぶりに故郷のパリに帰国して制作した作品。

原題 French Cancan
製作年 1954年
製作国 フランス・イタリア
上映時間 102分
アスペクト比 1.85:1
監督・脚本 ジャン・ルノワール
製作 ルイス・ウィプフ
撮影 ミシェル・ケルベ,クロード・ルノワール
編集 ボリス・レウィン
音楽 ジョルジュ・ヴァン・パリス
出演 ジャン・ギャバン,フランソワーズ・アルヌール,マリア・フェリクス,フィリップ・クレイ,ミッシェル・ピッコリ 他
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※この連載はビデオSALON 2018年1月号に掲載した内容を転載しています。

 

11月26日〜27日、高知のウィークエンド キネマMというミニシアターを訪れた。『0.5ミリ』の安藤桃子監督が代表を務め、10月7日にオープンした素敵な劇場に僕はどうしても行きたかった。

なんと拙作『リングサイド・ストーリー』を『フレンチ・カンカン』、『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン世界一優雅な野獣』と共に「ボディーアンドソウル」と銘打って特集上映をしてくれていたのだ。

そんな時、僕は渋谷の映画館で偶然、安藤桃子監督と出くわした。会いたい人には必ず会える。桃子監督は僕の願いを聞き入れ、高知に招聘してくれた。26日は終日拙作品を上映してくれた。桃子監督との上映後のトークや大勢のお客様との交流が楽しく嬉しかった。

3度目の『フレンチ・カンカン』は高知で

翌日、僕はもう一つの目的でもあった『フレンチ・カンカン』をキネマMで堪能した。僕にとって3度目のスクリーンでの鑑賞。最初に観たのは大学時代、今は無き池袋の名画座だった。フランス印象派の画家ルノワールの次男ジャン・ルノワールが父親達が華やかに活躍楽しんだ時代、ムーラン・ルージュ劇場誕生に至る1888年を再現した映画だ。

同じ人物が異なる印象に変貌する映画の凄さ

主人公の興行師アンリ・ダングラールにジャン・ギャバン。フランスのギャング映画でアラン・ドロンのギャングの親分やボスのイメージで僕が知っていたジャン・ギャバンとはまるで違った。逆境にめげず飄々と、藝能を愛でる慈愛に満ちた笑顔と、時折垣間見せる興行師としての勝負師の顔に感銘した。

ギャバン自身にとってもミュージックホールの役者、歌手の両親の活躍した時代のムーラン・ルージュの物語。“俺がやらねば誰がやる” オーラがジャン・ギャバンのダングラール役を永遠にした。

ダングラールが “白い女王” というキャバレーで見つけた、モンマルトルの丘の洗濯娘のニニ。彼女が仲間達と踊る姿を見て、カンカン踊りのダンサーにスカウトする。

ニニ役にフランソワーズ・アルヌール。僕はジャン・ギャバンと共演した『ヘッドライト』という作品でこの女優さんを知っていたが、まるで別人で驚いた。白黒の作品の『ヘッドライト』とカラー作品の『フレンチ・カンカン』で同じ人物がこれだけ異なる印象に変貌する映画の凄さ、俳優の凄さ。

画家の父親の鮮やかな印象派の世界をスクリーンで再現したかのようにモンマルトル、ムーラン・ルージュの人々を細かに描いている風俗描写が楽しい。建物、衣装、小道具、音が洪水のように画面から伝わってくるのが嬉しい。

撮影は『舞踏会の手帖』のミッシェル・ケルベと、監督の従兄弟でルノワールの甥っ子クロード・ルノワール。ジャン・ルノワール作品のほとんどを手がけているが、なんといっても思い出深いのは『冒険者たち』の撮影監督だ。

様々な藝能舞台人のバックステージが描かれる

キャバレー “白い女王” を買い取って、新たな劇場をオープンして自身の復活に勝負をかけるダングラール。フレンチ・カンカンと銘打って興行の目玉にしようとニニ達ダンサーの特訓が続く。ダンス指導のかつての花形ダンサーのお婆さんとピアノ弾きのお爺さんが僕のお気に入りだ。様々な藝能舞台人達のバックステージが描かれていく。口笛の達人の道化、陽気な歌って踊れる名司会者など俳優、ダンサー、歌手が入り乱れて演じ、歌ってくれる。シャンソン歌手のエディット・ピアフまで登場してステージで歌う貴重なシーンも出てくる。

戦争が終わりフランスに戻ってきたルノワールの15年ぶりの母国での撮影を祝うかの現場を想像しては胸が熱くなる。

ダングラールのセリフに胸ぐらを掴まれる

恋人のパン職人・ポーロの元を離れ、アラブの王子・アレクサンドルからの求愛も断り、ダングラールと恋に落ちるニニ。しかし、興行師・ダングラールは新たに現れる才能を愛でてしまう。新人歌手に気持ちが移ろうダングラール。ムーラン・ルージュのオープンが、この映画のクライマックスだ。『モンマルトルの丘』を歌う新人歌手を舞台裏から覗き込むジャン・ギャバンの至福な芝居が素晴らしい。そして、その姿を垣間見てしまうニニ。僕はこの場面が切なくて大好きだ。“丘の階段は貧しい者に厳しく、風車の風が恋人達を見守っている”。

コラ・ヴォケールの歌を聴いて、僕は映画祭で訪れたモンマルトルの丘に登った時に思い出した。恋破れ、踊ることを拒否するニニへの興行師・ダングラールのセリフに胸ぐらを掴まれる。

「亭主が欲しければパン職人ポーロのところに行け、恋人が欲しければアレクサンドル王子に電報を打て、お客様を喜ばせるかどうかなんだ」ダンサーとして客前に立つことを決意するニニ。

映画の登場人物が一堂に見守る中いよいよ、ダンサー達によるフレンチ・カンカンの踊りが始まる。これはもう僕の文章能力では表現不可能だ。熱狂を観て欲しい、体感して欲しい。ニニ役のアルヌールも見事やりきった。60数年前に作られた映画の中に生きた河原乞食達に胸が熱くなり、同じく河原乞食の僕には込み上げてくるものがある。大学の頃、観た時とは違う。藝道を目指す人には必修必要な作品だ。

俳優志望の高校生に

映画が終わり、劇場に拍手が起こった。当然だ。オープンした劇場キネマMでこの映画が観れて良かった。この映画をセレクトした安藤桃子監督の心境を想った。

キネマMに拙作『リングサイド・ストーリー』を観に来てくれた俳優志望の女子高生から「俳優になるのに何が必要ですか」と聞かれた。「映画を沢山見ることです」と僕は答えた。暫くして、同じ質問を安藤桃子監督にも女子高生はしていた。「たくさん、たくさん映画を観ること」と僕と同じ答えを監督は真摯に答えていた。涙を浮かべて頷く女子高生と頷き合う安藤桃子監督を僕は少し離れたところから暫く見ていた。

 

●この記事はビデオSALON 2018年1月号より転載