映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第34回『シベールの日曜日』


中・高・大と映画に明け暮れた日々。
あの頃、作り手ではなかった自分が
なぜそこまで映画に夢中になれたのか?
作り手になった今、その視点から
忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に
改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『イン・ザ・ヒーロー』『百円の恋』がある。2017年秋に最新作『リングサイド・ストーリー』、2018年に『嘘八百』が公開予定。

第34回『シベールの日曜日』

イラスト●死後くん
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戦争で記憶を失った元空軍パイロットのピエールはパリに戻り無為な日々を過ごしていた。ある日、父親に捨てられ天涯孤独の身になったフランソワーズと名乗る12歳の少女と出会う。2人は毎週日曜日に会い互いの孤独を癒やし合うのだが……。

原題 Cybele ou les Dimanches de Ville d’Avray
製作年 1962年
製作国 フランス
上映時間 110分
アスペクト比 2.35:1
監督 セルジュ・ブールギニョン
脚本 セルジュ・ブールギニョン,アントワーヌ・チュダル
原作 ベルナール・エシャスリオー
製作 ロマン・ピヌス
撮影 アンリ・ドカエ
音楽 モーリス・ジャール
出演 ハーディ・クリューガー,パトリシア・ゴッジ,ニコール・クールセル 他
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※この連載はビデオSALON 2018年2月号に掲載した内容を転載しています。

 

12月16日の早朝、拙作13本目のダビング作業が終了した。厳しいスケジュールの中、猛烈に仕事を遂行してくれた、キャスト・スタッフにこの誌面をお借りして御礼を申し上げたい。

アンリ・ドカエ撮影の映画を何度も見て新作に挑んだ

今作品で僕は、初めてモノクロに挑んだ。モノクロの画面創りは手強く、楽しく、やり甲斐があり、勉強になった。初心忘るべからず。先人たちの偉大さを改めて思い知った。このコラムで最も多く名前が揚がった撮影監督、アンリ・ドカエによる『シベールの日曜日』を何度も見直して、撮影に臨んだ。

僕は東京に出て来た大学1年生の時にこの作品を初めて観た。大学から歩いてすぐのアテネ・フランセで『大人は判ってくれない』との2本立てだった。トリュフォーの落ちこぼれ不良少年の物語が数年前の自分たちの事を思い起こさせた。

ラストの移動ショット、ストップモーションは永遠だ。僕は知らずして、アンリ・ドカエ2本立てを観ていたのだ。その興奮冷め止まぬ間に観た『シベールの日曜日』はトリュフォーの傑作デビュー作を凌駕してしまったかに思えた。

僕が小学生の時からお気に入りのドイツ人俳優ハーディ・クリューガーが主人公ピエールを演じていた。『飛べフェニックス』のドイツ人飛行機設計デザイナー、『遠すぎた橋』のSS装甲師団長、『ワイルド・ギース』でのボウガンの使い手傭兵ピーター、など癖のある脇役ぶりで彼は僕を毎度楽しませてくれていた。

少女シベール役にパトリシア・ゴッジ。僕が『モラン神父』でこの天才子役と再会するのはずいぶん後のこととなる。これも撮影はアンリ・ドカエ。僕はシベールとピエールの物語に打ちのめされた。

心中を描写するかのようなカメラアングルが見事だ

第1次インドシナ戦争のフランス空軍パイロットだったピエールのジェット戦闘機のコックピットからこの映画は始まる。オープニングのハイキーな白黒映像からして、ただ事ではない。タイトルから息をのむ。戦闘機の墜落、ベトナム人少女を撃ち殺したトラウマにより帰国。記憶喪失症となり、恋人の看護師マドレーヌと田舎町で生活している。

かつての記憶を失ったままのピエールは彼女の愛情に感謝しながら生きているが、以前の自分とマドレーヌの事を思い出せず、別人のような生活を送っている。

僕の知っていた、クールでニヒルなハーディ・クリューガーはどこにもいなかった。純真無垢な戦争被害者の中年を好演していた。あてもなく街を歩くピエール。彼の心中を描写するかのカメラアングルが次から次へと続き見事だ。

手塚治虫さんも漫画の中で同じ手法を使った水面のショット

街で一人の少女と出会う。父親に捨てられ寄宿舎に入れられたフランソワズと名乗る12歳の少女だ。寄る辺なき2人の孤独者達は日曜日の度にビル・ダウレイの森の湖畔で無邪気なデートを重ねる。

少年のようなピエールに父親、友人、兄妹、恋人を重ねていく少女。森の場面が息を呑むほど美しい。水墨画のような画面と湖畔の水面に映る2人の姿、波紋によって消えては蘇り、消える。スクリーンに映し出された水面のスクリーンに驚いた。美しくはあるが、どこか不穏な音楽がこの2人の楽しいひと時が盤石でないことを示す。音楽は『アラビアのロレンス』のモーリス・ジャール。

この水面のショットと同じ手法を、手塚治虫さんが『火の鳥』の中で使っている。「漫画を描きたければ、先ずは映画を沢山観なさい」という手塚さんの言葉を思い出し、うれしくなった。

ピエールは、マドレーヌの不在の日曜日、寄宿舎にフランソワーズを迎えに行く。ピエールを父親だと巧みな嘘をつき、外出を許可されるフランソワズ。31歳の中年男と12歳の少女の邂逅は少なからず町の噂となっていく。

クリスマスが近づくとこの映画の結末を思い起こす

僕はクリスマスが近づくとこの映画の結末を思い起こしてしまう。この映画で様々なクリスマスがある事を知った。2人はクリスマスの夜、湖畔の森でお互いのプレゼントを交換し合う約束をする。

友人の芸術家の家からクリスマスツリーを運び出し嬉しそうに街を歩くピエール。教会によじ登り彼女の望んでいたプレゼント、風見鶏を盗み出す。危うい彼に罪の意識はない。嬉しそうに湖畔の森に向かうピエール。森の小屋でプレゼントを交換し合う2人の場面が秀逸だ。

彼女は本当の名前が “シベール” であることを伝える。それが彼女のピエールへのプレゼントだ。ノエル(フランス語でクリスマスの季節や歌のこと)の夜は美しいが不穏を感じさせる。日曜日の昼の湖畔とは違う。

ノエルの夜の湖畔とのコントラストがこの物語を導いていく。姿を消したピエールの安否を気づかうマドレーヌは医師のベルナールに相談するが、ベルナールはピエールを精神疾患の危険人物だと警察に通報してしまう。ラストはここで書くことはできない。

忘れられないラストショット

セルジュ・ブールギニョン監督の長編デビュー作は、1962年度のアカデミー外国語映画賞、ヴェネチア国際映画祭で特別賞をゲットした。無垢な2人の物語を世界が祝福してくれたのだ。

トリュフォーの長編デビュー作品『大人は判ってくれない』も『シベールの日曜日』もラストカットは主人公の少年、少女の痛烈なショットで終わる。アンリ・ドカエが捉えたショットを観て欲しい。どちらも僕にとって忘れることのできない、ラストショットだった。アンリ・ドカエというカメラマンを知った2本立てだった。

『死刑台のエレベーター』『太陽がいっぱい』『将軍たちの夜』『サムライ』『暁の七人』全て僕が観てきた大好きな作品は彼がカメラマンだったことを知る。感謝。

先人達が残してくれた名作を継承し、それに挑みたい

僕のモノクロデビュー作品は2018年の何処かで公開されることだろう。これからも先人達が残してくれた名作を何とか継承できたらと望み、挑みたい。そのためにも何とかフィルムで映画をいつか撮ってみたいものだと。

立ちはだかるさらなる困難と、その先の喜び、完成した作品の美しさを想った。ダビング作業が終わって明け方の撮影所の門をくぐりながら僕はそんな事を願っていた。

 

●この記事はビデオSALON 2018年2月号より転載