映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第36回『恐怖の報酬』


中・高・大と映画に明け暮れた日々。
あの頃、作り手ではなかった自分が
なぜそこまで映画に夢中になれたのか?
作り手になった今、その視点から
忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に
改めて向き合ってみる。

 

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。近年の作品には『イン・ザ・ヒーロー』『百円の恋』がある。2017年秋に最新作『リングサイド・ストーリー』、2018年に『嘘八百』が公開。

第36回『恐怖の報酬』

イラスト●死後くん
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500km離れた油田で発生した火災を鎮火するため、ニトログリセリンをトラックで運ぶ。報酬は2000ドル。4人の男達がいつ爆発するのかわからない緊迫感のなかで描かれる人物描写が秀逸な作品で、カンヌ映画祭グランプリ、男優賞ベルリン映画祭金熊賞を受賞。

原題 Le Salaire de la peur
製作年 1953年
製作国 フランス、イタリア
上映時間 148分(ディレクターズカット)
アスペクト比 スタンダード
監督・脚本 アンリ=ジョルジュ・クルーゾー
撮影 アルマン・ティラール編集 マドレーヌ・ギュヘンリ・ルスト
音楽 ジョルジュ・オーリック
出演 イヴ・モンタン
シャルル・ヴァネル
フォルコ・ルリ
ペーター・ファン・アイク
ヴェラ・クルーゾー
ウィリアム・タッブス
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※この連載はビデオSALON 2018年4月号に掲載した内容を転載しています。

2月17・18・19日。本州最南端の佐多岬を撮影で訪れた。1300年続くという奇祭「御崎祭り」を3日に亘って撮影した。7つの集落を繋ぐ約23kmの行程を神輿が行く。

僕の13本目の映画はこの祭礼が主題となり、舞台となる。浜、山、谷の難所を神輿が運ばれていく。「難所越え」映画といえば僕の中では『恐怖の報酬』だ。小学生の時、日曜名作劇場のテレビ放映で見たのが最初だった。

映画の成功を約束された会心のプロット

この映画は「入るのは簡単だが、出るのが難しい」監獄のような町、南米ベネズエラのラス・ピエドラス(石たち)という町にヨーロッパから出稼ぎに来た食いつめた男達の物語だ。コルシカ生まれの主人公マリオにイヴ・モンタン。僕と彼との最初の出会いがこの作品だった。彼の出演作では『パリは 燃えているか』、『Z』、『戒厳令』も良かった。

アメリカの石油会社の油田が大火事になり、消火するための大量のニトログリセリンを運ぶドライバーが募集される。液体の爆薬、ニトログリセリンという言葉をこの映画で知った。床に一滴垂らすだけでこの有機化合物の凄さが劇中説明される。

「冗談じゃない」と逃げ出すドライバーもいる。爆風で消火しようとする作戦だ。わずかな振動でも爆発する大量のニトロを積んだトラックが難所を越えていく…このプロットでこの映画は勝利をほぼ約束されたと言っていい。

多額の報酬を求めて多彩な顔ぶれが集まる

英語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、スペイン語が入り乱れてのドライバーオーディションの場面がユーモラスだ。2000ドルの報酬を求めて欲が入り乱れる。

結果、4人のドライバーに、酒場の女、リンダ(ヴェラ・クルーゾー。監督の嫁さん)を連れてフランス帰りを夢見るマリオ、肺病持ちの陽気なイタリア人、ルイージ(ファルコ・ルリ)、反ナチの闘士の冷静沈着なドイツ人ビンバ(ペーター・ヴァン・アイク)。マリオとコンビを組む、フランス人の大物ならず者、ジョー(シャルル・ヴァネル)が選ばれる。

映画『スピード』にも影響を与えた「なまこ坂」の場面

フランス人コンビ、ドイツ、イタリア人コンビに分かれてトラックが出発する。既に石油会社のアメリカ人からニトログリセリンの怖ろしい説明を受けている観客の僕らは、車が少しの悪路に入るだけでも怯えてしまう。劇中に登場する「なまこ坂」では断崖絶壁の切り返し、巨大岩が次々とトラックの行手に待ち受ける。

監督、脚色のアンリ=ジョルジュ・クルーゾーの仕掛けは容赦ない。一定のノロノロ運転できり抜けなくてはいけない、なまこ坂の場面は後の『スピード』などのアクション映画にも影響を与えている。特に高所恐怖症の僕は、断崖絶壁の切り返しの場面が今でもトラウマだ。

4人の男達の人物描写が見事だ

“恐怖の報酬”を味わう4人の男達の人物描写が巧みだ。特筆すべきは、町で大物流れ者の存在感を発揮していたタフガイ、ジョーが意外に臆病だったりすること。時には滑稽で、哀しい。人間とはこんなものだと作り手達の意図が伝わってくる。

観客側もそのうちジョーの行動が笑えなくなってくる。マリオとジョーがお互いパリでの懐かしい暮らしや、地下鉄に乗った思い出を町の酒場で語り合っていた関係は崩れ、恐怖に怯えるジョーという“お荷物”をマリオが抱える羽目になる。

一方の別言語同士のイタリア人、ドイツ人コンビが巧みに難所を乗り越えて行く対比も皮肉めいている。ジョー役のシャルル・ヴァネルの変貌ぶりが見事で、マリオ役のイヴ・モンタンとの石油沼の場面は壮絶だ。本当の石油沼で撮影したのか? どうやって撮影したのか? 俳優という生物とその仕事に畏怖する瞬間だ。石油まみれのシャルル・ヴァネルは、この仕事でカンヌ映画祭の男優賞をゲットしている。

小学生の僕はラストの結末に唖然呆然としてしまった

クルーゾー監督が『恐怖の報酬』の後に作ったサスペンス・ミステリーの傑作『悪魔のような女』にもとんでもないラストが待っていた。観た人に“決して結末は語らないでください”映画の代表映画だが、同様に『恐怖の報酬』も難所をどう乗り越えるか、誰が最後まで生き残るのか、話を割るわけにはいかない。テレビの前の小学生の僕はラストの結末に、唖然呆然としてしまったことを書き記すのみだ。

小道具や効果音の使い方が巧みで勉強になる

ジリジリと照りつける暑苦しい白黒のルックをぜひスクリーンで観てみたい。撮影は名匠アルマン・ティラール。クルーゾー監督との名コンビだ。久しぶりに見直して、小道具、効果音の使い方が実に巧みで、勉強になる。ライフスタイルの変化で今はなくなってしまった20世紀の懐かしい小道具がありがたい。

マリオがパリの良き思い出に地下鉄の切符を大切に持ち歩く。子供の頃、なぜか僕も切符を大切にとっていた。トラック車内での巻きタバコが風で吹き飛ぶことで、突然起こる、静かな恐怖を演出する。恐怖の道中でも常に髭を剃り身だしなみを整えるドイツ人、ビンパの演出。

全てが突如起こる恐怖につながっていく。サスペンスの本来の意味は“続く、継続する ”という意味だ。ドキドキ、ハラハラの148分間はあっという間の道中だ。本作は1953年度カンヌ映画祭グランプリ、ベルリン映画祭金熊賞受賞を達成。

人が歩けばそれが道になる

1300年続いているという御崎祭り。その最大の難所である“どんひら坂”では先人達が岩を切って作ったとされる階段のような足場が点在する。神輿を担いで下る足の運びを示してくれているそうだ。

今年も事故なく神輿は“どんひら坂”を越えた。祭とは先人達の教えを受け継ぐ行事であることを改めて知った。「地上にはもともと道はない。 歩く人が多くなれば、それが道となるのだ」と中国、紹興出身の大作家は書き記した。この道が僕の次の映画の舞台となる
祭が終わり、大役を果たしほっとしたのか、にこりともしなかった大人びた若者達に少年のような本来の笑顔が戻った。年配者から声をかけられ、「ようやった!」と御神酒を注いでもらう若者達を、僕は少し離れたところからしばらくの間眺めていた。

●この記事はビデオSALON 2018年4月号 より転籍