映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」第72回 ヒッチャー


中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『銃』、『銃2020』、『ホテルローヤル』等がある。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』が公開中(『全裸監督』シーズン2も制作中)。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が2020年11月27日より公開され、ABEMAプレミアムでのドラマ配信もスタート。

 

第72回 ヒッチャー

イラスト●死後くん

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原題:The Hitcher
製作年 :1986年
製作国:アメリカ
上映時間 :97分
アスペクト比 :シネスコ
監督:ロバート・ハーモン
脚本:エリック・レッド
原作:イアン・フレミング
制作総指揮:エドワード・S・フェルドマン / チャールズ・R・ミーカー
制作:デイヴィッド・ボンビック /キップ・オーマン
撮影 :ジョン・シール
編集:フランク・J・ユリオステ
音楽 :マーク・アイシャム
出演 :C・トーマス・ハウエル / ルトガー・ハウアー / ジェニファー・ジェイソン・リー/ジェフリー・デマンほか

『ブレードランナー』のルドガ・ハウアーが演じる殺人ヒッチハイカーが、陸送の仕事をしていた主人公、ジム・ハルジーを執拗に追い回すスリラー・サスペンス。ジョン・ライダーと名乗るその男はハンドルを握るジムの喉にナイフを突きつけ「俺を止めてみろ」と脅しだす…。

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20世紀1986年公開の『ヒッチャー』が35年ぶりに公開されている。1986年は僕が映画を観るようになって人生で2番目に映画を観なかった年だ。大学受験のために1年間浪人した年だった。上京して、入学早々、大学の映画研究部の同級生達が揃って口にしたのが『ヒッチャー』のルドガー・ハウアーの怪演についてだった。1年遅れで僕は2番館に駆け込み『ヒッチャー』を観た。

あの頃の僕達ボンクラにとっての1986年のベスト映画は、ジャームッシュの白黒映画やウッディ・アレンのロマンチックコメディでもなく、ウイリアム・ハートが主演男優賞を総なめした作品でもなかった。新人監督によるB級最狂スリラー・サスペンスの『ヒッチャー』だったのだろう。

 

ルドガー・ハウアーが土砂降りの雨のなか去り、再び登場

『ブレードランナー』で土砂降りの酸性雨のなか「死ぬ時が来た」と言ってスクリーンから去って行ったルドガー・ハウアーが、ジョン・ライダーと名乗るヒッチハイカーとして、テキサス州の夜明けのハイウェイに土砂降りの雨と共に再び登場した。車の前に飛び出しナイフを突きつけて「『僕は死にたい』と言ってみろ」と迫って来る。僕は映画が始まっての3分後、暗闇のなかで慄いていた。

この恐怖のヒッチハイカーと悪夢の2日間を過ごす気の毒な青年ジム・ハルジー君を演じるのがトーマス・ハウエルだ。僕より1学年上の彼は中学の時に『E.T.』の悪ガキで、高校の時には『アウトサイダー』の不良役で出逢っていたので、幼なじみのような俳優だった。

大学生となった僕の前に久しぶりに現れた彼はアルバイトでシカゴから車の長距離陸送で睡魔と戦いながら、サンディエゴを目指していた。夜明けのハイウェイに土砂降りと共に忽然と現れた薄気味悪いヒッチハイカーを助手席に乗せてしまう。

僅か3分後には飛び出しナイフと「『僕は死にたい』と言ってみろ」のセリフである。「俺を止めてくれ」とライダーが囁く。ここから約90分は、10分に1回のペースでスリルとサスペンス、ショックシーンの連続である。スリラーとは元来、「人をドキドキさせる物」という意味らしい。サスペンスとは「継続する」という意味があるそうだ。

 

殺人鬼のハートに 火をつけてしまう主人公

この素性のわからない薄気味悪いヒッチハイカー、ジョン・ライダーはどうやら連続殺人シリアルキラーらしいことがものの5分後には分かり始める。最初の危機をなんとかスキ見て助手席から放り出すことで乗り切ったハルジー君。安堵の雄叫びも束の間、アスファルトに叩きつけられたジョン・ライダーのハートに火をつけてしまう。ジョン・ライダーはハルジー君に近づくために、次々殺戮と破壊を問答無用に開始する。

ハルジー君がガソリンスタンドで陸送の車ごと火だるまにされて疾走する場面には呆れてしまった。挙げ句の果てには連続殺人犯に仕立てられ、保安官に誤認逮捕され留置場にぶち込まれてしまうハルジー君。留置所の保安官も皆殺しにされて、復讐に燃える保安官達に追跡される羽目に。すべてはジョン・ライダーの仕業。いつの間に? 恐るべし。

途中のロングホーンというドライブインで紅一点のウェイトレス、ナッシュが登場。ハルジー君の唯一の救いに。ジェニファー・ジェイソン・リーがいかにも田舎のアメリカ人ウエイトレスらしくリアルにキュートに演じている。

タランティーノ監督の『ヘイトフルエイト』での好演でオスカーの助演女優賞ノミネートの健在ぶりがうれしかった。そんなナッシュも巻き込んでの逃走劇。連続の恐怖にハルジー君の心のリミットメーターも振り切れて、顔つきまで変わっていく。

保安官のパトカー盗んでのカーチェイスが凄まじい。ジョン・ライダーとパトカー3台とヘリコプターのカースタントには度肝を抜かれた。ジョンライダーの放った銃弾に被弾したヘリコプターが落下して、パトカーが激突するスタントは僕が知る限りこの作品だけではなかろうか。撮影のジョン・シールは80年代の後半を席巻していく名カメラマンだ。

 

ジョン・シールは 砂漠撮影の名匠だ

僕は『刑事ジョン・ブック 目撃者』や『レインマン』のルックが大好きだ。撮影監督のジョン・シールは90年代に『イングリッシュ・ペーシェント』で撮影賞オスカーをゲット。近年では『マッドマックス怒りのデス・ロード』という金字塔を。『ヒッチャー』のハイウェイは30年後に『怒りのデス・ロード』へと続く路だったのだ。『ヒッチャー』の砂漠の場面も美しい。ジョン・シールは砂漠撮影の名匠だ。この映画のラスト10分の砂漠撮影は本当に美しい。

止むことないジョン・ライダーの執拗な追跡でハルジー君の容貌が変貌していく。ジョン・ライダーに似てきたと感じたのは僕だけであろうか。わずか2日間で青年の顔つきが随分と変貌してしまった。

僕の錯覚か、ジョン・ライダーとハルジー君が親子のように見えてきた。試練を与えるめんどくさい親父を乗り越えないと、次がないと腹を括る若者の決意のようなものを感じた。ラスト10分はジョン・ライダーとハルジー君の一騎打ちだ。落とし前をお互いがつけないとこの映画は終われない。見事なシーンだ。

僕は1度だけホラー作品を撮ったことがあるのだが、『ヒッチャー』のラストシーンのアクションのカット割を何度も映像を止めたり、巻き戻しながら探究させてもらった。

闘いの決着後、ハルジー君の虚無的な顔が印象的だ。随分と歳をくった顔つきだった。かたやジョン・ライダーは? ジョン・ライダーの最後の顔は用意されてなかった。死顔や死体が出てこないと、まだ生きているのではと。そしてこの手のラストには必ず続編があるのではと、僕は勘繰ってしまった。なんとも薄気味悪い、後味の悪いラストシーンだ。ジョン・シールのカメラはそれでも限りなく美しいルックで締め括ってくれた。

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果たして、ルドガー・ハウアーが35年ぶりの上映を生前知ったらどんなコメントを残してくれただろうか。2021年の1月31日、僕は35年ぶりの『ヒッチャー』の上映になんとか滑り込みで間に合った。感謝。

 

 

VIDEO SALON 2021年3月より転載