映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第73回 サイレント・パートナー


中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『銃』、『銃2020』、『ホテルローヤル等がある。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』が公開中(『全裸監督』シーズン2も制作中)。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が2020年11月27日より公開され、ABEMAプレミアムでのドラマ配信もスタート。

 

第73回 サイレント・パートナー

イラスト●死後くん

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原題:The Silent Partner
製作年 :1979年
製作国:カナダ
上映時間 :106分
アスペクト比 :ビスタ
監督:ダリル・デューク
脚本:アーナス・ボーデルセン/カーティス・ハンソン
制作総指揮:ガース・H・ドラビンスキー
製作:ジョエル・B・マイケルズ/スティーヴン・ヤング
撮影 :ビリー・ウィリアムズ
音楽 :オスカー・ピーターソン
出演 :エリオット・グールド/クリストファー・プラマー/スザンナ・ヨーク/ セリーヌ・ロメス/ジョン・キャンディほか

トロントの銀行員マイルズ・カレンは、小切手の写しに書かれたメモを見たことから、銀行強盗を計画する犯人がハリーであることを知る。しかしカレンは警察に通報することなく、大金をハリーからかすめ取ってしまった。ハリーの執拗な脅迫電話に、カレンも徐々に追い詰められていく…。

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2月6日、クリストファー・プラマーの訃報の知らせが飛び込んできた。『サウンド・オブ・ミュージック』のトラップ大佐死す…のニュースが世界中を駆け巡った。エーデルワイスの歌声を思い出すだけで、僕は熱いものが込み上げてくる。91歳。現役を貫き、新作も公開される。

トラップ大佐役で欧州貴族、軍人のイメージが強いが、生粋のカナダ人である。『将軍たちの夜』でのロンメル将軍役など軍人役で活躍したが、老年期に入ってからの活躍ぶりが凄まじく、70代以降38本もの映画作品でメインを張り、ヒット大作、良作に出演し続けた。

『終着駅 トルストイ最後の旅』のトルストイ役で初めてアカデミー賞にノミネートされ、『人生はビギナーズ』ではユアン・マクレガーのゲイの父親役で助演男優賞初受賞でオスカーを82歳の最年長記録でゲットしている。セクハラ問題で途中降板したケビン・スペーシーの代役を急遽務め、88歳でアカデミー助演男優賞、最高齢ノミネーションのニュースに感嘆した。トラップ大佐ではノミネーションすらされていないが、名俳優は死して役名を遺した。

僕がクリストファー・プラマーのトラップ大佐に出会ったのは9歳の時で、日曜洋画劇場のテレビ放映だった。6年後のゴールデン洋画劇場のテレビ放映で、全く別人と化したクリストファー・プラマーと出くわし戦慄することとなる。

 

犯罪者ヘンリー役はいまだにトラウマになっている

『サイレント・パートナー』というカナダのサスペンス映画の犯罪者、ヘンリー役はいまだに僕のトラウマになっている。

1983年1月29日、中学3年の僕はテレビの前で慄いた。『サイレント・パートナー』は前週の『激突!』終了後の予告編が面白そうだったが全く知らない映画だった。『マッシュ』や『ロンググットバイ』で僕が大好きだったエリオット・グルードが主演ということもあり楽しみにしていたのだ。

トロントのショッピングモール内の銀行に勤める、うだつの上がらない四十男、マイルズ・カレンが銀行強盗を利用して、自分の銀行の金をまんまと横領する。サンタクロース姿の銀行強盗が金を強奪して車で逃走して車内で髭を外して素顔が現れる。すると、なんとトラップ大佐…ではなくクリストファー・プラマーが登場する。

このサンタ強盗の役名がハリー・ヘンクルというなんとも薄気味悪い正体不明の犯罪者なのだ。銀行側が発表した被害総額とハリーがマイルズから窓口で渡された金額がまるで合わない。

ハリーはマイルズの横領に気づき、「あの野郎、やりやがったな、俺の金返せ」と自分の金でもないのにマイルズのせしめた4万ドルに執着して、マイルズに脅迫電話をかけ始める。こうして、お互い秘密を沈黙せざるを得ない“サイレント・パートナー”というタイトル通りのサスペンスが始まる。

このハリー、とにかく得体が知れない。小市民マイルズとプロの犯罪者ハリーの犯罪対決は圧倒的にマイルズ不利だ。熱帯魚の飼育が唯一の楽しみなマイルズのアパートに「俺たち相棒だろう」とハリーが近づいてくる描写が無駄なく、巧みにたたみかけてくる。 

 

静かに暴れまくる様が本当に恐ろしい

カナダ映画でのカナディアン、クリストファー・プラマーが絶好調に静かに暴れまくる様が本当に恐ろしい。電話の声が、家の近くの電話ボックスからの声であることを知り、その声がもう玄関の前まで迫ってきている。マイルズへの恐怖演出が冴えまくる。玄関の新聞受けが突如開いて、ヘンリーの目が現れるシーンにテレビの前で僕は声を上げてしまった。自分の家の玄関の戸締り具合が気になってしょうがなかった。DVDやポスターのメインビジュアルのあの目だ。

家を荒らされ、大事なエンジェルフィッシュを殺されたマイルズも反撃に。小市民銀行員もなかなかの曲者ぶりを発揮して、ハリーを罠に陥れ、刑務所に送り込む。マイルズの悪知恵も相当なもので、うだつの上がらない銀行員が段々と魅力が出てくる。これこそエリオット・グルードの真骨頂だ。

 

憎悪の増長という巧みなシナリオ構成 

ハリーにとっての刑務所はまるで簡易ホテルかのようだ。情婦のエレーンをマイルズの元に送り込み、色仕掛けで金のありかを探り出させる。この悪女も変態ハリーから逃げ出したくて、モテ男化したマイルズと金に目が眩み、ハリーを裏切る。忽然と仮出所してくるハリーが恐ろしい。マイルズの安泰によるハリーの憎悪の増長というシナリオの構成が巧みだ。 

今回初めて知ったのだが『LAコンフィデンシャル』で脚色賞のオスカーをゲットしたカーティス・ハンソン監督が本作のシナリオに参加していたのだ。納得である。

情婦エレーンの裏切りを知ったハリーの底の知れない凶悪ぶりが最高潮に。熱帯魚の水槽を使っての暴力シーンは現代の地上波では完全にアウトだろう。帰宅したマイルズの絶叫には同情した。

横領という犯罪に手を染めたマイルズは警察に駆け込めない。いよいよ相棒ハリーとの落とし前をどうつけるのか。クライマックスは金の受け渡し。場所はクリスマスの時と同じく銀行で。マイルズはハリーに罠を張り、一世一代の勝負にでる。この映画の最後の10分はオープニングシーンとのコントラスト。プラマー・ハリーは今度はサンタではなく、女装で現れた。なぜだ? 余計に目立つじゃないか。混乱と興奮。オープニングでハリーを逃してしまった老警備員の活躍が最高でニヤけてしまう。

 

薄気味悪さは昇華して色気にも感じた

テレビではもちろん日本語吹き替えだった。5年ほど前にD VD化されて僕は歓喜爆発。30年ぶりにD VDで再見して、初めて英語の台詞を聞いた。プラマーの薄気味悪さは昇華して色気にも感じた。『ヒッチャー』のルドガー・ハウアーのジョン・ライダー同様の色気に毒されてしまうのだ。これはのちの『ノーカントリー』の殺し屋アントン・シガーにも通じる。まるで説明のつかない人物像を表現できるのが俳優の凄さだと教えられた。

見事なプラマーのハリー・ヘンクルの死に様は僕の最良のトラウマだ。観て欲しい。感謝しかない。

 

 

 

VIDEOSALON 2021年4月号より転載

vsw