映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第83回 ベニスに死す


中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『銃』、『銃2020』、『ホテルローヤル』等がある。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が2020年11月27日より公開され、ABEMAプレミアムでも配信中。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』シーズン2が配信中。

 

第83回 ベニスに死す

イラスト●死後くん

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原題:Death in Venice
製作年 :1971年
製作国:イタリア・フランス
上映時間 :131分
アスペクト比 :シネスコ
監督:ルキノ・ヴィスコンティ
脚本:ルキノ・ヴィスコンティ/ニコラ・バダルッコ
製作:ルキノ・ヴィスコンティ
製作総指揮:マリオ・ガロ/ロバート・ゴードン・エドワーズ
撮影 :パスクワーレ・デ・サンティス
編集 :ルッジェーロ・マストロヤンニ
音楽 :グスタフ・マーラー

出演 :ダーク・ボガード/ビョルン・アンドレセン/シルヴァーナ・マンガーノ/ロモロ・ヴァリほか

老作曲家のアシェンバッハは、静養のため訪れたベニスで美しい少年タジオと出会い圧倒的な美の魅力の虜になってしまう。ベニスで疫病が流行していることを知りつつもタジオへの想いを捨てきれず、去ることができない。少年が旅立つ日、コレラに感染したアシェンバッハは死を迎える…。

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2021年の大晦日『世界で一番美しい少年』というドキュメンタリー映画を観た。『ベニスに死す』のタジオ役の美少年ビョルン・アンドレセンの、その後の50年と今を描いた作品だ。なんとも残酷な映画だった。まるでギリシャ彫刻の芸術作品と称された16歳は、すっかり疲れきってしまった仙人のような風貌でスクリーンに現れた。

 

ドイツの文豪とイタリアの巨匠が共鳴し合った作品に唸った

『ベニスに死す』はノーベル賞作家トーマス・マンの原作に惚れ込んだ、ミラノの貴族ルキノ・ヴィスコンティ監督が映画化にこぎつけた意欲作だ。

僕が最初にこの作品を目にしたのは1976年の「日曜洋画劇場」のテレビ放映だった。小学3年生の僕は映画の後半から見てしまった。主人公のおじさんが、床屋で髪を染め、白化粧をし、なんとも異様な容貌で男の子を追いかけていく。ストーリーも何も分からなかったが、何かものすごいものを見たと感じた。

大学生となり、東京の名画座で最初からきちんと観た。ドイツの文豪とイタリアの巨匠が共鳴し合った作品に唸った。主人公のアシェンバッハ役にダーク・ボガード。僕は戦争大作『遠すぎた橋』の「橋が遠すぎたんだ」とうそぶく敗軍の将ブラウニング中将役が印象深く、知っていた。

ヴィスコンティと組んだ『地獄に堕ちた勇者ども』のダーク・ボガードも大好きだ。イギリスの二枚目演技派が50代の加齢を見事に演じきっていた。若者時代から、頭髪が白く禿げ上がった50代まで見事に演じ分けた。人は皆歳を取り死んでいくという普遍をスクリーンに焼き付けてくれた。

主人公を破滅に導く美少年タジオ役にスウェーデンのビョルン・アンドレセン。ヨーロッパ中の何千人という少年オーディションでヴィスコンティ監督に見初められた。当時のオーディションの様子を50年後のドキュメンタリー映画で観ることができた。巨匠がタジオを見つけた瞬間がすごい。

 

ヴィスコンティの功績は主人公を作曲家にしたこととマーラーを世界に浸透させたこと

20世紀初頭。ベルリンでの音楽活動に疲労困憊の作曲家アシェンバッハは、水の都ヴェニスに静養を兼ねて創作活動にやって来る。オープニングカットのアドリア海を行くエメラルダ号の夕景カットの美しさにため息が出る。そこでマーラーの交響曲第5番第四楽章「アダージェット」が奏でられる。

トーマス・マンはボヘミアの友人グスタフ・マーラーを主人公のモデルにしている。原作では主人公は作家だが、原作にこだわるヴィスコンティ監督が唯一変更したのが、主人公を作曲家にしたことだ。自分の芸術観に従った貴族監督は、不遇の作曲家マーラーを全世界に浸透させた。田舎の小学生の僕も知った。愛の楽章と呼ばれたこの曲を僕も自分の映画で使わせてもらったことがある。

 

美少年に魅せられた老作曲家が健気で哀しい

ヴェニスでは疫病コレラが蔓延しているが、観光客には秘密にされている。滞在するホテルでポーランド貴族の美少年タジオと出逢う。アシェンバッハは追い求めていた理想の美を見据え、死に誘惑されていく。この健気な老芸術家の日々が哀しく、儚いのだ。

トーマス・マンが1911年に発表した中編小説は、実は文豪が35歳の時に夏のヴェニスで邂逅した経験をもとに書いたそうだ。11歳のポーランド貴族モエス男爵がタジオのモデルだ。美に囚われた文豪の小説を、60半ばを過ぎた巨匠が美少年タジオを求め、ヨーロッパ中を探し、ビョルン・アンドレセンを見つけた。そこにマーラーまでが投入される。文豪が目撃した美が60年後映画となり、世界に届けられる奇跡。芸術は人が創り上げるから尊いのだ。

タジオに出会ったアシェンバッハの想いが、イチイチ健気で、哀しい。秘密隠蔽された疫病を調べ出し、何とかタジオとその家族に伝えたい。早く逃げたほうがいいと。タジオの母、伯爵夫人役に、ヴィスコンティ組の常連シルヴァーノ・マンガーノが気高い。タジオとの別れを考えると伝えられない。タジオと言葉を交わしたこともなく、目が合うだけの邂逅の日々。

水の迷宮の路地を散歩するタジオの後をつけ歩く老作曲家。疫病が蔓延する死の街の路地。主人公が死へと導かれる象徴である路地の撮影シーンが素晴らしい。撮影はパスクワーレ・デ・サンテス。16歳のオリビアハッセーを世に出した『ロミオとジュリエット』でオスカーをゲットしている。

 

死の直前、最後の瞬間に何を見て死ねるか

疫病の噂は広まり、夏の終わり、タジオ一家もポーランドへ戻る日がやって来る。老作曲家はホテルの理髪師の勧めで、白髪を黒髪に染め、髭を整え、色褪せた唇を染め、頬や目尻の小皺を白化粧で覆い消していく。街で見かける、醜悪な大道芸人、道化師のようだ。悲しいかな人は皆老いていく。そのことに小学生だった僕が気づくはずもない。今は理解する。理想の美に出逢えたアシェンバッハは幸せであろう。

死の直前、最後の瞬間に何を見て死ねるか。トーマス・マンの問いかけに、ヴィスコンティ監督がフィルムに焼き付けた事象は永遠だ。凪の海。遠浅の浅瀬に佇む少年のシルエット。水を足のつま先で繊細にかき混ぜる波紋が光の反射を生む。一方の手を腰に当てて、振り返る。シルエットの少年の身体の線が浮きあがる。水面からの光の中、少年が腰から手を離し、遠くの空に向けて指差す。

トーマス・マンが見て、書いた神々しい瞬間を、ヴィスコンティとそのクルーは見事に映像にしてみせた。ワイドレンズと望遠レンズの併用。今この一瞬の光線。幸福な撮影に興奮する。フレーム端の三脚に載った写真機の位置も原作通りで完璧だ。マーラーのストリングスが最高潮に達する。

主人公の老作曲家は疫病による死というよりも恋煩いによる死ではないかと僕は思った。『ある日どこかで』『緑色の部屋』の映画でも恋煩いによる死が描かれていた。人は死の瞬間まで美しいものを見ようと努力できるのだ。僕は今年55歳になる。美しいものをまだまだスタッフ、キャスト達と生み出していきたいと、新しい年※の到来を心待ちにしている。

 

 

 

VIDEO SALON2022年2月号より転載