中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』、『リングサイド・ストーリー』、『銃』、『銃2020』、『ホテルローヤル』等がある。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が2020年11月27日より公開され、ABEMAプレミアムでも配信中。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』シーズン2が配信中。2023年1月6日より『嘘八百 なにわ夢の陣』が公開!

 

第100回 道

イラスト●死後くん

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原題:La Strada
製作年 :1954年
製作国:イタリア
上映時間 :108分
アスペクト比 :スタンダード
監督:フェデリコ・フェリーニ
脚本:フェデリコ・フェリーニ/トゥリオ・ピネッリ/エンニオ・フライアー
製作:カルロ・ポンティ/ディノ・デ・ラウレンティス
撮影 :オテッロ・マルテッリ
編集 :レオ・カットッツォ
音楽 :ニーノ・ロータ
出演 :アンソニー・クイン/ジュリエッタ・マシーナ/リチャード・ベイスハート/アルド・シルバーニ ほか

粗野な大道芸人ザンパノと、彼に買われた無垢な女性ジェルソミーナは助手として旅まわりに出る。ふたりはサーカス団と合流し、ジェルソミーナは道化師の青年と親しくなる。青年の言葉に励まされ、ザンパノのもとで生きていくことを決意するジェルソミーナだったが…。

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8年に亘って書き続けて来たコラムも100本目の映画を紹介することとなった。映画の仕事に就く前に観た、映画についてなら10本ぐらいは書けるのではと、気づいてみたら100本とは。

いつ、どこで、どの映画館で、テレビの洋画劇場で、誰と、ひとりで? 40年前、50年前に観た映画の記憶を巡らせるのは貴重だった。再見して、あまりに素晴らしい撮影技術に溜息と自分自身の仕事と比較して落ち込むことも多々あった。何よりも名作を生み出した先人達の志に打ちのめされた。

100本目はフェリーニの『道』。拙作本コラムにも『8 1/2(はっかにぶんのいち)』『アマルコルド』と最多登場3本のフェリーニ作品。子どもの時、僕の母が人生で一番好きな映画と言っていた。1980年7月27日、NHK教育テレビ「世界名作劇場」で母の言葉で気になっていたので観たのだ。

 

人が生まれてきた意義命の尊厳をこの映画から学んだ

中学1年の僕は、人が生まれてきた意義、命の尊厳をこの映画から学んだ。「世の中に役に立たないものなどない。こんなちっぽけな小石ですらも…」という劇中の台詞は20世紀初頭からの愚かな行為を繰り広げて来た人類にとって尊い言葉だ。僕の周りの大人達、教師達からはこんな宝石のような言葉を聞かされることは一度たりともなかった。

 

世界大戦の後遺症に苦しむ 人々に強烈なメッセージ

1954年、世界大戦の後遺症に苦しむ世界中の人々に、イタリアの34歳の監督とその妻で同い年の俳優のジュリエッタ・マシーナが強烈なメッセージを送り届けてくれた。ジュリエッタ・マシーナが演じるジェルソミーナは海辺に住む、知的障害のある少女。三十路を過ぎたマシーナのジェルソミーナは映画が生み出した奇跡のアイコンだ。夫のフェリーニ作品の『カビリアの夜』という器量の悪い娼婦カビリア役も素晴らしく、僕は大好きだ。

旅大道芸人の大男ザンパノがジェルソミーナの姉、ローザの死を告げにやって来る。姉はザンパノのアシスタントとして働き、旅の道中客死したという。貧しい多くの幼い妹弟と暮らす母親はローザの代わりとして、料理もできないというジェルソミーナを1万リラで売り飛ばす。そこには父親の姿は存在しない。自分の故郷に別れを告げるジェルソミーナが振り返り海を見る、まんまるに開いた目が印象的だった。 

三輪オートのボロ荷車でイタリア中の道を駆け回り、大道芸で生活を凌ぐふたりの物語。粗暴で酒乱、好色の主人公ザンパノは悪人である。メキシコ出身のアメリカ人、アンソニー・クインが演じた。

中国人ゲリラ、ハワイの酋長、アメリカ先住民の役などハリウッドであらゆる人種の悪役を演じ続けてきた。『革命児サパタ』で名を上げて、フェリーニ監督がザンパノ役に抜擢。イタリア語が話せなくても英語で演じたというのには驚いた。俳優をやる前にあらゆる職業の経験とあらゆる人種を演じてきたアンソニー・クインの人間力が必要だったのか。『アラビアのロレンス』のアラブの部族長、『その男ゾルバ』の鉱山労働者ギリシア人、『ナヴァロンの要塞』のギリシア軍レジスタンス役が僕は好きだった。

 

フェリーニ映画ではサーカスが度々登場する

ザンパノはその巨躯を使った「鋼鉄の肺」で身体に巻きつけた鎖を断ち切る大道芸を売り物にしていた。ジェルソミーナに太鼓の叩き方を仕込み、道化として仕込み、旅を続ける。粗暴なザンパノはジェルソミーナを手込めにして、行く先々で女房だと嘯いたり、居酒屋で女漁りする時にはアシスタントだと称したりして、都合よく扱う。姉のローザにも同じ仕打ちをしたのかと問うジェルソミーナを無視するザンパノ。乱暴者のザンパノを嫌い逃げ出すジェルソミーナが逃げ込んだ街でサーカス団と出会う。

フェリーニ映画ではサーカスが度々登場する。フェリーニ監督の少年時代から偏愛するもののひとつがサーカスであり、道化師だ。『フェリーニの道化師』という映画が僕は大好きで、是非観てほしい。

綱渡りをしてパスタを食べる道化師“イル・マット(狂人)” と出会うジェルソミーナ。アメリカ人俳優リチャード・ベイスハートが演じている。彼も英語で演じて、声はイタリア人俳優が吹き替えた。ジェルソミーナは街にやってきたザンパノに連れ戻され、サーカス団と合流する。旧知のザンパノとイル・マットは犬猿の仲。綱渡り、空中ブランコ、小型バイオリンを扱って人気者のイル・マットは無骨で粗暴なザンパノを揶揄う。

そんなイル・マットがある夜トランペットを奏でる。ニーノ・ロータの「ジェルソミーナのテーマ」は70年後の今も世界各国で演奏され歌詞をつけて歌われ続けている。これ以降、ニーノ・ロータはフェリーニ全作品の音楽を務め上げる。

ジェルソミーナにトランペットを教えるイル・マット。楽器も弾けず、料理もできない、役に立たない自分に嘆くジェルソミーナにイル・マットが「世の中には役に立たないものはない、たとえ小さな小石だってね」と優しく諭す。天使の羽をつけて道化に扮するイル・マットはジェルソミーナにとって神様のように見える。「ひとりぼっちのザンパノにはジェルソミーナしかいないんだ」とイル・マットは告げる。

 

悪人の主人公をフェリーニが救った瞬間を垣間見た

結果、喧嘩ばかりのふたりをサーカス団は追放し、ザンパノがイル・マットを三発殴り、打ちどころが悪かったイル・マットは死んでしまう。神様のようなイル・マットが目の前で死んでから、ジェルソミーナは気が変になっていく。道化もできず、うわ言と泣いてばかりのジェルソミーナをザンパノは寒空に捨て逃げる。ザンパノは悪人である。数年後、海辺の街で相変わらずの大道芸を披露するザンパノ。

ジェルソミーナの死を知るシークエンスからラストシーンのシナリオ構成が見事すぎる。酒場で悪酔いし「友達なんかいらない」と叫ぶ孤独者ザンパノが夜の海岸でひとり咽び泣くシーンは永遠だ。浜辺に倒れ、一瞬闇空を見上げたザンパノの険しい表情から険が落ち、啜り泣き始める。フェリーニはどんな魔法を使ったのか? ジェルソミーナがザンパノの心の中に生きる証明をアンソニー・クインはやり遂げた。

悪人の主人公をフェリーニが救った瞬間を垣間見た僕の胸はいっぱいになった。

 

 

VIDEO SALON 2023年7月号より転載