中・高・大と映画に明け暮れた日々。
あの頃、作り手ではなかった自分が
なぜそこまで映画に夢中になれたのか?
作り手になった今、その視点から
忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に
改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。近年の作品には『イン・ザ・ヒーロー』『百円の恋』がある。2017年秋に最新作『リングサイド・ストーリー』、2018年に『嘘八百』が公開。

第38回『オール・ザット・ジャズ

イラスト●死後くん
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ブロードウェイの振付師・演出家・映画監督としても活躍したボブ・フォッシー。体調不良を酒、たばこ、鎮痛剤でごまかしながら、舞台や映画の制作に奔走する彼の生き様を描いた自伝的な作品。自らの死期が近いと宣告された中で作り上げられた執念の一作。

原題 All That Jazz
製作年 1979年
製作国 アメリカ
上映時間 123分
アスペクト比 ビスタ
監督 ボブ・フォッシー
脚本 ロバート・アラン・アーサー
ボブ・フォッシー
製作 ロバート・アラン・アーサー
撮影 ジュゼッペ・ロトゥンノ
編集 アラン・ハイム
音楽 ラルフ・バーンズ
出演 ロイ・シャイダー
ジェシカ・ラング
アン・ラインキング
リランド・パーマー他
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※この連載はビデオSALON 2018年6月号に掲載した内容を転載しています。

4月14日〜16日の3日間、台北金馬(ゴールデンホース)ファンタスティック映画祭に呼んでいただいた。拙作『リングサイド・ストーリー』『嘘八百』の2作品を上映してくれたのだ。会場内は大勢の若者達で賑わっていた。新旧交えた世界各国の映画がプログラムされていた。

 

台北の映画祭で行われたボブ・フォッシーの特集上映

僕が嬉しかったのは、ボブ・フォッシーの特集上映がプログラムされていたことだ。『スイート・チャリティー』『キャバレー』『レニー・ブルース』『オール・ザット・ジャズ』『スター80』と偉大なダンサーであり、振付師の彼が映画監督としてこの世に残してくれた貴重な5作品が上映されるとは。なんとフォッシー原作の映画『シカゴ』の上映も予定されていた。

今でもなお“フォッシー・スタイル”とその名を轟かせ、超えられないボブ・フォッシーの作品群。残念ながらスケジュールが合わずに一本も観ることができなかった。中でも、彼の自伝ともいえる『オール・ザット・ジャズ』は僕は何度も繰り返し観ている。拙作『リングサイド・ストーリー』撮影前にも見返した。

 

ボブ・フォッシー自身の分身とも言える主人公

1980年のカンヌ国際映画祭パルム・ドール作品『オール・ザット・ジャズ』を初めて見たのは、1983年11月13日の「日曜洋画劇場」だった。公開時劇場で見逃していた僕は高校1年になっていた。

フォッシーの分身、主演のジョー・ギデオン役にロイ・シャイダー。『フレンチ・コネクション』のポパイ警部の相棒ロッソ役や『ジョーズ』の大鮫退治役のうちの1人、ブロディ署長などで僕の大好きな俳優だ。主役でアカデミー賞の主演男優賞にもノミネートされていて嬉しかった。ニューヨークのブロードウェイミュージカルの名匠監督、ジョーは仕事と酒と女と鎮痛剤びたりのヘビースモーカーだ。

 

巧みな編集で魅せる冒頭からのオーディションシーン

僕は映画のオープニングから冒頭にかけてのオーディションシーンが好きだ。“ALL THAT JAZZ”のネオンタイトルに灯りが点り、ヴィヴァルディの音楽と共に主人公の濁った二日酔いの目に目薬がさされ、明らかに二日酔いのジョーがタバコをくわえたままシャワーを浴びる。ビタミン剤と、鎮痛剤を飲み、鏡に向かってくわえタバコで『イッツ ショウ タイム!』と自らを鼓舞するジョー。そしてダンサーのオーディションシーンへと繋がっていく。巧みな編集で、ショウビジネス界のトップに生きる振付師ジョーとダンサー達の日常に僕達観客を案内してくれる。編集のアラン・ハイムはオスカーをゲットしている。

 

妻や娘に呆れられつつも多くの女性に愛されるジョー

別れた女優の元妻が出演する新作舞台の準備、新作映画(『レニー・ブルース』がモデルに)の編集作業へのこだわり、恋人ケイトとのと駆けずり回るジョー。新人ダンサーとの浮気現場をケイトに見つけられ「あなたは下半身に正直過ぎる」と言われ、「上手い言い方だ」と感心するジョーには笑った。

別れた妻との娘ミッシェルとの貴重なダンスレッスンの時間も忘れない。「パパはなんで再婚しないの? 再婚したら女遊びも止めると思うの」と言われる始末だ。娘も含め女性達から羨ましいくらい愛されるジョー。それは作品を創造する彼の破壊的な情熱が魅力的だからだ。ボブ・フォッシーの『オール・ザット・ジャズ』への執念がジョー役と重なっていく。

 

生き急ぐジョーが人生を回顧する幻想シーンが秀逸

主人公ジョーは過労を薬で抑えつけながら、迫り来る死への恐怖を感じている。監督のフォッシーが丁度50代にかかった頃にこの映画が制作されている。生き急ぐジョーが自分の人生を回顧する幻想場面が効果的に挿入される。少年時代の安酒場の舞台や楽屋で天使(死の象徴)と語り合うジョー。天使役にはリメイクの『キングコング』でコングの手のひらで丸裸で叫んでいた、売り出し中のジェシカ・ラングだ。小学生の僕は劇場でコングよりも彼女にドキドキした。その後『郵便配達は二度ベルを鳴らす』で体を張った演技を見せ、『トッツィー』ではコメディーで助演女優のオスカーをゲットした。僕にとって中学から高校にかけて放って置けないホットなお姉さんだった。

この幻想場面の撮影、美術装置が素晴らしい。フォッシーは尊敬するフェリーニの『8 1/2』を意識したという。初監督作品の『スイート・チャリティー』はフェリーニの『カビリアの夜』のミュージカル化だった。フォッシーの念願叶い、撮影はフェリーニ組のジュゼッペ・ロトゥンノ。僕の大好きな『サテリコン』や『アマルコルド』の撮影監督だ。ヴィスコンティの『若者のすべて』、デ・シーカの『ひまわり』もこの巨匠が手がけている。ダンスシーンは当然“フォッシー・スタイル”のオンパレードで名場面を連ねる。ロイ・シャイダー含め出演している俳優、ダンサー達がありがたい。

舞台の本番が近づきジョーが心臓発作で病院に運ばれる。映画のクライマックス、生死を彷徨う、ジョーの幻想場面が圧巻だ。登場人物全員とのコラボはフェリーニの『8 1/2』を彷彿させる。フィリップ・ローゼンバーグとトニー・ウォルトンが美術賞でオスカーをゲットしたのには納得だ。

「バイバイ ライフ(人生)、バイバイ ハピネス(幸福)、ハロー ロンリネス(孤独)」と歌い上げるロイ・シャイダーを観て欲しい。クリエイト(創造)とは命をけずる尊い行為なのか。50過ぎで自身の死の恐怖を作品に昇華したボブ・フォッシーは本作発表の7年後に天上人となった。

 

観客に届き、受け継がれるそんな映画創りに没頭したい

台湾の若者達と『ロッキー・ホラー・ショー』を鑑賞した。デジタルリマスターされた作品は、僕が初めて中野武蔵野ホールというミニシアターで観た30数年前のものとは比べものにならないくらい映像も音も素晴らしいものだった。一緒に歌ったり、コーラスしたり、動作、ダンスの指示が字幕されていた。僕も一緒になって『タイムワープ・アゲイン』を歌ってしまった。

クリエイトされたものは観客に届き受け継がれていく。そういう映画を創る時間に、残る人生を精一杯費やせたらと思う。若いお客さん達がスクリーンの中の演者達と共に踊りながら歌っているのを満席の劇場後方の席から僕は観ながら、胸の中でつぶやいていた。

 

●この記事はビデオSALON 2018年6月号 より転籍