映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第39回『タクシードライバー』


中・高・大と映画に明け暮れた日々。
あの頃、作り手ではなかった自分が
なぜそこまで映画に夢中になれたのか?
作り手になった今、その視点から
忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に
改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。近年の作品には『イン・ザ・ヒーロー』『百円の恋』がある。2017年秋に最新作『リングサイド・ストーリー』、2018年に『嘘八百』が公開。

第39回『タクシードライバー

イラスト●死後くん
____________________________

巨匠、マーティン・スコセッシの出世作であり、アメリカン・ニューシネマを代表する作品。元ベトナム帰還兵のタクシードライバーを通して、当時のアメリカ社会の病理をえぐり出す。1976年カンヌ国際映画祭にてパルムドールを受賞。

原題 Taxi Driver
製作年 1976年
製作国 アメリカ
上映時間 114分
アスペクト比 ビスタ
監督 マーティン・スコセッシ
脚本 ポール・シュレイダー
製作 マイケル・フィリップス
   ジュリア・フィリップス
撮影 マイケル・チャップマン
編集 トム・ロルフ
音楽 バーナード・ハーマン
出演 ロバート・デ・ニーロ
シビル・シェパード
ハーヴェイ・カイテル
ジョディ・フォスター他
__________________

※この連載はビデオSALON 2018年7月号に掲載した内容を転載しています。

5月19日、21年ぶりに日本作品がカンヌ国際映画祭のパルムドールをゲットしたというニュースに早朝、興奮した。この快挙によって、日本映画界もクロサワ、イマムラという旧世代から新世代へと移行したことを告げたように思えた。

42年前のパルムドール受賞作『タクシードライバー』

42年前の1976年5月28日、マーティン・スコセッシ監督作品『タクシードライバー』がパルムドールをゲットした。僕が最初に『タクシードライバー』を観たのが公開から5年後の1981年10月12日、「月曜ロードショー」の放送だった。中学生だった僕はマーティン・スコセッシ監督を知り、ロバート・デ・ニーロが演じた、トラヴィス・ビックルに支配されていく。

正義の戦争と言われたべトナムの戦場から五体満足、復員してきた元海兵隊のトラヴィスは不眠症に悩まされている。プロテスタントの純真なトラヴィス青年は両親を置いて田舎を飛び出し、独り働き口を探しにニューヨークに。

32年前東京に出てきた僕は池袋の文芸坐にて初めて映画館で『タクシードライバー』を独り繰り返し観た。ニューヨークという魔都で益々所在なくなっていくトラヴィス同様、僕もゲテモノだらけの東京で所在なかった。マーティン・スコセッシ監督と撮影のマイケル・チャップマンが色と欲に塗れたニューヨークのストリートとそこにる売春婦、それに群がるヒモやクソ金持ち達を捉えていく。

オープニングのテーマ曲を 僕は死ぬまで聞き続けるだろう

映画のオープニング、黄色い石鹸箱のようなタクシーがマンホールから立ち昇るスチームの中進むハイスピードのショット。これから僕らとトラヴィスとの狂気の共有114分間の導入をバーナード・ハーマンの音楽が導いてくれる。

トム・スコットのアルトサックスが冴え渡る。ハーマンはカンヌのパルムドールのゲットを知ることもなく、楽曲を録音した12時間後にこの世を去ったという。彼の遺したテーマ曲が頭の中で鳴り続ける。僕は死ぬまでこの曲を聞き続けるだろう。

ヒロインとの不器用なやり取りが可笑しくも悲しい

タクシードライバーとなったトラヴィス青年は、深夜タクシーを流すが、それでも不眠症は治らない。次期大統領候補の選挙事務所に勤めるベッツィーに岡惚れして、デートに誘う。ベッツィー役にはシビル・シェパード。

『ラスト・ショウ』の女子高生が期待通り見事に熟し育った。トラヴィスが「映画に行こう」と行きつけのポルノ館に誘ってしまうのが可笑しく、映画館を飛び出した彼女に「こういうのは嫌いか?」と聞いてしまうトラヴィスが哀しい。プレゼントしたクリス・クリストファーソンのレコードを「こんなの持ってるわよ」と投げ返されてしまうのも可笑しく、哀しい。

もう一人のヒロインは当時 12歳のジョディ・フォスター

この映画にはもう一人ヒロインがいる。僕はこの映画でジョディ・フォスターに初めて出会い、岡惚れしてしまった。トラヴィスのタクシーに逃げ込んでくるホットパンツの少女売春婦アイリス。衝撃的だった。天才子役の彼女はデ・ニーロとの共演で開眼し、名女優の道を往く。今作品でアカデミー助演女優賞ノミネート。撮影当時12歳だった。

アイリスのヒモで、ポン引きの男、スポーツ(ハーヴェイ・カイテル)に金を払い客を装い、アイリスにこの仕事から足を洗うように説得するトラヴィス。この時の台詞が僕は好きだ。説得して、金を払って帰ろうとするトラヴィスにアイリスが「何もしないの?」トラヴィスは「一緒に話をしたじゃないか」と言って立ち去る。

アメリカ映画・名台詞100に ランクインしたアドリブ台詞

シナリオはポール・シュレイダー。僕の大好きな『ローリング・サンダー』を書いた人。この人の殴り込み、皆殺し場面は秀逸だ。26歳当時、精神的に問題を抱えていたシュレイダーが自己治療目的で書いたと最近告白している。

この映画で最も有名になった、「You talkin‘ to me ?」。鏡に向かって拳銃を構えた自分の鏡像に語るこの台詞はデ・ニーロのアドリブでマーロン・ブランドの演技をヒントに演じたという。このアドリブ台詞は何万何千本とあるアメリカ映画の中から選ばれた「アメリカ映画名セリフ100」の10位にランクインしている。

何度も見てしまうモヒカン トラヴィスの虐殺シーン

『ヤング・フランケンシュタイン』のピーター・ボイルが演じるタクシードライバーの同僚から護身用に拳銃を持ったほうがいいと諭され、トラヴィスは貯めた給料で闇密売人からマグナムやら拳銃4丁と軍用ナイフを買い漁る。銃を手に入れた真面目なトラヴィス青年は魅せられたように、それを使う目的を見つける。

アメリカを将来汚すであろう俗物的利権者の長。若者達を次なる戦場に送り込む悪魔、次期大統領候補暗殺。先住アメリカ人のモホーク族の戦士と同じ髪型で現れるトラヴィスの場面に度肝を抜かれた。

特殊造形のマスター、ディック・スミス師の狂気のモヒカン頭の仕事ぶりを見て学ぼうではないか。40年経っても色あせない確かな仕事ぶり。

大統領候補暗殺を断念したモホーク族と化したトラヴィスは、街のダニに射程を定める。

全身武装のモヒカンベトナム帰還兵がアイリスのいる娼館ビルへと殴り込みをかける。戦場でトラヴィスは何を経験したのか、映画でトラヴィスの口から語られることはなかったが、何度も繰り返し観てしまう名場面の虐殺シーンが物語る。

ニューヨークという魔都が狂気のモヒカン・トラヴィスを英雄に仕立てあげてしまう。久し振りに出会ったシビル・シェパードをタクシーに乗せ、家まで送り、そしてまた走り出す。バックミラーの角度を手で直すトラヴィスのカット。思い出すだけで熱いものが込み上げてくる。切なく堪らない。

最新作『銃』の完成試写を 終えて、ふと思う

5月28日に拙作12本目の映画の完成試写があった。拳銃を拾ってしまった大学生の若者を描いた青春映画だ。恥ずかしながら中学生の時に見たモヒカン、デ・ニーロ、トラヴィスに未だに支配されている自分に映画を観て気づいた。

あの42年前の戦争後遺症に苦しむ若者達は今どうしているのだろうかと想った。そして今なお多発する銃乱射事件に出くわした若者達の未来を想った。そんな事を思いながら僕は試写室を後にした。

●ビデオSALON2018年7月号より転載

http://www.genkosha.co.jp/vs/backnumber/1845.html