映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第43回『コンドル』


中・高・大と映画に明け暮れた日々。
あの頃、作り手ではなかった自分が
なぜそこまで映画に夢中になれたのか?
作り手になった今、その視点から
忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に
改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。近年の作品には『イン・ザ・ヒーロー』『百円の恋』がある。2017年秋に『リングサイド・ストーリー』、2018年1月に『嘘八百』、11月17日より『』が公開。

第43回『コンドル

イラスト●死後くん
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シドニー・ポラック監督によるサスペンス。CIA末端組織のオフィスが何者かに襲撃され、調査員たちが射殺されてしまう。コードネーム“コンドル”ことジョセフ・ターナー(ロバート・レッドフォード)は、CIA本部に緊急連絡し保護を求めるのだが…。

原題 Three Days of the Condor
製作年 1975年
製作国 アメリカ
上映時間 118分
アスペクト比 ビスタ
監督 シドニー・ポラック
脚本 ロレンツォ・センプル・ジュニア
   デヴィッド・レイフィール
原作 ジェームズ・グラディ 『コンドルの六日間』
撮影 オーウェン・ロイズマン
編集 フレドリック・スタインカンプ
   ドン・ガイデス
音楽 デイヴ・グルーシン
出演 ロバート・レッドフォード
        フェイ・ダナウェイ他
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7月7日から約2ヵ月にわたって、「見当たり捜査」という奇妙な職能の刑事劇を撮影していた。指名手配人の顔をひたすら覚え、街中に立ち、膨大な数の人混みの顔の中から探し出す、気の遠くなる捜査方法で実在する仕事だ。

記録的に猛烈な酷暑の中、黙々と撮影を遂行してくれたスタッフクルー、キャストの皆様に誌面を通して深謝申し上げたい。そんな撮影の最中、8月6日に御歳82歳のロバート・レッドフォードが俳優業の引退を発表した。アカデミー賞監督でもある彼は監督業に専念するとのことだ。

奇妙な職能の主人公が登場

スティーブ・マックイーン、ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードは僕の中での御三家俳優だった。レッドフォードが、CIA(中央情報局)の職員を演じたスリラー劇『コンドル』にも奇妙な職能の主人公が登場する。世界中で出版される推理小説、冒険小説をひたすら読み、実際作戦や情報が漏れていないかをレポートする仕事だ。

僕は1980年の2月3日に「日曜洋画劇場」のテレビ放映で『コンドル(1975年)』を見ている。小学6年生の時だった。小説『コンドルの6日間』を3日に縮めて映画化した。原題『コンドルの3日間』。監督はレッドフォードと名コンビのシドニー・ポラック。10年後の『愛と哀しみの果て』でアフリカにレッドフォードと乗り込んで、アカデミー作品、監督賞のオスカーをゲットする。

分析チームが皆殺し オープニングの10分間が凄い

ニューヨークの小路地にある「アメリカ文学史協会」の看板を掲げている建物の中ではClAの分析官達が世界中の雑誌書籍の情報分析をしている。ジョセフ・ターナー(ロバート・レッドフォード)もその1人で、コードネームは“コンドル”だ。

小雨の降る朝、出勤したターナーはコーヒーを買いに外出する。そのわずかな時間に、サイレンサー付き短機関銃の武装3人組に分析チームはあっという間に皆殺しにされる。このオープニングの10分が凄い。生き残り、戻って来たターナーは7体の死体に驚愕し、CIAのマニュアル通り公衆電話からCIA本部に電話をかけ、保護を要請する。

本部の指示に従って裏路地で待ち合わせしていると助けに来てくれたはずの上司から銃撃される。逃げまくるターナー同様、観ている僕ら観客も何が起こっているのか分からず混乱する。ここから“コンドルの3日間”が始まる。

推理小説、冒険小説から得た知識で自分の身を守る

ニューヨークの街を逃げ彷徨うターナーをカメラが追っていく。撮影は名匠オーウェン・ロイズマン。『フレンチ・コネクション』同様ニューヨークの路地を軽々と撮っている。何かの陰謀に巻き込まれた“コンドル”に巻き込まれる女写真家キャシーにフェイ・ダナウェイ。

『俺たちに明日はない』で銃弾で蜂の巣にされたボニー役以来『華麗なる賭け』『チャイナタウン』『ネットワーク』『タワーリング・インフェルノ』と70年代を代表する作品に出まくっている。今見直すといささかキャシーの存在が都合よすぎる感もあるが、拉致同然のキャシーの家に転がり込んで身を隠すターナー。自分の正体をキャシーに明かすターナーのセリフがとてもよい。

「俺はただ読むだけの男なんだ」読むだけの男が、読んできた推理小説、冒険小説からの知恵を使い自分の身を守る。自分が分析した中東を舞台にした書籍のレポートが7人の死をまねいたことを推測するターナー。「こんな仕事一体誰が考えたんだ!」というターナーのセリフには笑ってしまった。

映画史上屈指の殺し屋 ジュベールのインパクト

3人の銃撃犯の殺し屋達の描写が秀逸だ。中でもリーダー格のジュベールと名乗る、ヨーロッパのアルザス地方訛りの殺し屋を北欧スウェーデンの至宝マックス・フォン・シドーが好演している。紳士らしい身なりだが、あのコート、帽子、眼鏡が突如現れるたびに何か起こるのではと画面に緊張感が漂う。

フリーランスの殺し屋ジュベールは映画史上屈指の殺し屋キャラクターだ。「いつ、どこで、誰を、いくらで、それだけだ」とうそぶくジュベール。敵でも味方でもない、危険極まりない不気味な紳士だ。僕にとってのシドーはベルイマンの映画よりも『エクソシスト』の悪魔払いの達人やフリーランスの殺し屋紳士の印象が強烈だ。89歳の北欧の巨人は『スター・ウォーズ』の新作に登場したり、いまだ現役だ。

小学生だった僕はラストシークエンスに大変感銘を受けた

追い詰められたターナーが陰謀の真実を突き止めようと反撃攻勢に出る。自分の所属していた仕事先、国家自体が諸悪の根源であることを思い知るターナー。小学生だった僕はこの映画のラストシークエンスに大変感銘を受けた。

“コンドル”は保護されることを拒み、ヨーロッパに逃げることも拒み、アメリカの空を自由に飛ぶことを選択するのだ。ニューヨーク・タイムズの前で、CIAの次官ヒギンズ(クリフ・ロバートソン)と対峙する場面。1975年のアメリカはウォーターゲート事件で現役大統領の犯罪を新聞記者が告発した時期だ。

僕のなかで『大統領の陰謀』の新聞記者ボブ・ウッドワードを演じたレッドフォードと“コンドル”ことジョセフ・ターナーが重なった。新聞、ジャーナリズムが希望、尊敬、信用できる職能であった時代。中学生、高校生の僕は一時期新聞記者になりたいと憧れた。

それは、映画の中のロバート・レッドフォードへの憧れだった。この国の情報は天気予報以外は信用できない。と、とある作家が発言していたが。映画『コンドル』のラストシーンは今の日本のジャーナリズムの退廃に鉄槌を打ち込んでくれるはずだ。観て欲しい。

工事だらけの東京で 撮影に明け暮れた夏

酷暑の残暑の中、僕たちの2018年の夏の撮影も終わった。工事だらけの東京を駆けずり回った。区画整理された路地で撮影をしながら、ますます狭くなっていく東京の夏空を名残惜しく僕は見上げた。僕たちの夏の爪跡が観客、視聴者の胸の中に少しでも届いてくれたらなと僕は胸の中でつぶやいていた。

 

ビデオSALON2018年10月号より転載