映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第46回『ディア・ ハンター』


中・高・大と映画に明け暮れた日々。
あの頃、作り手ではなかった自分が
なぜそこまで映画に夢中になれたのか?
作り手になった今、その視点から
忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に
改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『嘘八百』がある。『銃』が公開中。最新作『きばいやんせ! 私』は3月9日より公開開始予定。

 

第47回『ディア・ ハンター』

イラスト●死後くん

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ペンシルバニア州の鉄工所で働くロシア系移民の若者たち。60年代末期のベトナム戦争に出征したことで、彼らの人生は大きく変わってしまう。戦争の悲惨さと空虚さ、極限状態のなでの友情を描く。1979年のアカデミー賞に9部門ノミネートされ、5部門を受賞している。

原題 The Deer Hunter
製作年 1978年
製作国 アメリカ
上映時間 183分
アスペクト比 スコープサイズ
監督・脚本 マイケル・チミノ
脚本 デリック・ウォッシュバーン
製作 バリー・スパイキングス他
撮影 ヴィルモス・スィグモンド
編集 ピーター・ツィンナー
音楽 スタンリー・マイヤーズ
出演 ロバート・デ・ニーロ
クリストファー・ウォーケン
ジョン・カザール
ジョン・サヴェージ
メリル・ストリープ他
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12月14日から『ディア・ハンター』の4K上映が始まった。1980年代のエロ事師達の撮影を終え、僕は師走の劇場に駆け込んだ。製作から40年経った怪物作品に改めて震えが止まらなかった。1984年10月27日放送のゴールデン洋画劇場で僕は初めて『ディア・ハンター』と出逢う。僕が高校2年の時で、公開から5年も経っていた。あのロシアンルーレットの場面は「今夜は最高!」という番組でタモリがパロディにしていたのを先に見た。「ワンショット」というクリストファー・ウォーケンの末期の微笑は悪夢のようだった。当時の僕はこの映画をベトナム戦争の悲劇、アメリカの過ちへのプロテストと捉えた。

今回、久し振りに劇場で観直して気づいたのは、この映画は銃という魔物への警鐘の一面もあるということだ。ベトナム戦争出征前の若者達の最後の鹿狩りからベトナムの戦場、ロシアンルーレットに魅せられていく狂気。

映画の冒頭のカットから只ならぬ。夜明けのピッツバーグの街並み。トンネルを大型トレーラーがけたたましく走り抜ける。なんと美しいショットだろう。撮影は名匠ヴィルモス・ジグモント。再びチミノ監督と組んだ『天国の門』は映画会社を倒産に追い込む映画災害を引き起こした。破壊力ある撮影は圧巻だ。

 

映画の3分の1の長さで 描かれる結婚式

鉄工所で働く、マイケル(ロバート・デ・ニーロ)、ニック(クリストファー・ウォーケン)、スティーブン(ジョン・サヴェージ)はベトナム戦争に志願して、出征を控えていた。スティーブンの結婚式の1日が映画の3分の1の長さで延々と描かれる。ロシア移民の彼らの結婚式シーンがすごい。監督のマイケル・チミノは『天国の門』でもハーバード大学の卒業式を延々と映画の冒頭でいつまで続くのかというくらい撮っていた。初の映画ヒロインの大役、メリル・ストリープが可憐だ。『桜の園』の舞台に出演していた彼女を観たデ・ニーロが推薦した。

 

末期の肺癌に侵されていた ジョン・カザール

当時彼女は、鹿狩り仲間の性格の悪いスタン役を演じるジョン・カザールと婚約していた。ジョン・カザールについて少し書き記しておきたい。『ゴットファーザー』『ゴットファーザーpart II』の次男フレド役に大抜擢の実力演劇人。『狼たちの午後』のアル・パチーノの相棒サル役の「俺はホモじゃない」のセリフが忘れられない。コッポラの『カンバセーション盗聴』と生涯出演した5本の映画作品がすべてアカデミー作品賞にノミネートされ、うち3本が受賞するという類い稀な唯一の名優だ。

『ディア・ハンター』撮影時、末期の肺癌の侵され、作品を観ることなくこの世を去った。享年42歳。撮影のリスクを感じたユニヴァーサルスタジオは降板することを進めたが、監督のチミノ、デ・ニーロ、メリル・ストリープら共演者が「カザールが降板するなら自分も降板する」と訴えた。『ディア・ハンター』とはそんな友情の映画でもある。彼らの溜まり場、ジョン(ジョージ・ズンザ)の店でのシーンが素晴らしい。“君の瞳に恋してる(Can’t take my eyes on you)”を歌いながらビールを飲み、ビリヤードに興じる彼らが素敵だ。撮影現場で実際に曲をかけながら撮影したそうだ。

結婚式の後、恒例の鹿狩りに出かけ、マイケルは鹿を1発(ワンショット)で仕留める。鹿狩りを終え、ジョンの店に移動する一同。ジョンが店でショパンをピアノでしみじみ弾いていると、突如としてベトナムの戦場へと我々観客は連れて行かれる。

 

水牢やロシアンルーレットが トラウマになっている

デ・ニーロ、ウォーケン、サベージと少数スタッフでタイに乗り込んだ。あの恐るべき水牢やロシアンルーレットの撮影のことを、今は亡きチミノ監督がDVDのオーディオコメンタリーで貴重な証言として残してくれている。北ベトナム兵の「マオ!」という言葉がトラウマだ。耳にこびりついている。マイケル、ニック、スティーブンの精神が壊れる瞬間を苛烈に俳優達が体現してくれる。目を背けたくなる。デ・ニーロ、ウォーケン、サベージは宿に戻ってもずぶ濡れの軍服を脱ぐことはなかったそうだ。着たまま眠り、翌日の撮影に臨んだそうだ。

 

無事帰還したマイケルだが 以前とは違っていた

ベトナムから戻ってきたマイケルは一見無事のように見えるが、精神はぶっ壊れている。両足を失ったスティーブン同様に元の生活に戻れない。鹿狩りに出かけるが、もはや鹿めがけて射撃できない。酔って護身用の銃を振り回すスタンの銃を奪ってマイケルは自らの頭に撃鉄を引き、スタンの額に銃口を突きつける。この時知るマイケルの闇が恐ろしい。

サイゴン陥落の夜の場面は圧巻だ。ジグモントの撮影に畏怖すら覚える。大群衆が川沿いを逃避していく。ベトナムで行方不明になったニックを探しに川を船で下って行くマイケル。二度とできない撮影だ。観て欲しい。記憶を失ったニックはロシアンルーレットのプレーヤーとなっていた。記憶を取り戻し、ニックを連れて帰ろうと賭場場で命を賭けて対峙するマイケル。僕はニックの微笑とマイケルの慟哭の叫びを忘れない。

 

この映画の素晴らしさは ラストシーンに尽きる

ニックを失った仲間たちがジョンのバーで朝食の準備をするところでこの映画は終わっていく。この映画の素晴らしさはこのラストシーンに尽きると僕は思う。動揺を隠そうと、朝食の準備を皆始めるが、小さなほころびが皆の動作の中に垣間見える。この演出が素晴らしく、それに応える演者たちのすごさ。ジョンが厨房でスクランブルエッグを当たり前のように作ろうとするが上手くいかない。ナイフとフォークを上手く配れないメリル・ストリープの演技、それを手伝おうと上手くいかないデ・ニーロの動揺。厨房で泣き出してしまうジョンが歌いだす。それに合わせて“God Bless America(神よアメリカを守り給えよ)”と力なく歌う登場人物達。僕はエンディングのスタンリー・マイヤーズのギター曲に救われる。

40年前とは違う銃を頭に突きつけたデ・ニーロのポスターを眺めながら、劇場を出た僕は終電車へと夜の街を歩き始めた。

 

ビデオSALON2019年2月号より転載