映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第47回『スティング』


中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『嘘八百』がある。『銃』が公開中。最新作『きばいやんせ! 私』は3月9日より公開開始予定。

 

第48回『スティング』

イラスト●死後くん

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1936年のシカゴを舞台に詐欺で日銭を稼ぐ若者・フッカー(ロバート・レッドフォード)が、師匠を殺したギャングに復讐するため、師匠の盟友であり、かつて天才詐欺師と呼ばれたヘンリー(ポール・ニューマン)と協力し、相手組織を徐々に追い詰めていく。第46回アカデミー賞作品賞受賞作品。

原題 :The Sting
製作年:1973年
製作国:アメリカ
上映時間: 129分
アスペクト比:ビスタ
監督: ジョージ・ロイ・ヒル
脚本: デヴィッド・S・ウォード
製作:リチャード・D・ザナック他
撮影: ロバート・サーティース
編集:ウィリアム・レイノルズ
音楽:スコット・ジョプリン
マーヴィン・ハムリッシュ
出演:ポール・ニューマン
ロバート・レッドフォード
ロバート・ショウ
チャールズ・ダーニング他

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14本目の映画を冬の京都で奮闘準備している。古美術商と贋作陶芸家のバディ物のフェイクムービーだ。ジョージ・ロイ・ヒル監督作の『スティング』のような快調な映画を創りたいと夢見ているが、どうなることやら。映画公開から45年、ポール・ニューマンが亡くなって11年。昨年ロバート・レッドフォードも俳優からの引退宣言をした。

僕が『スティング』を最初に見たのは1980年の12月24日で、中学1年生の時だった。テレビの「水曜ロードショー」で水野晴郎さんが解説してくれていた。年明け、新学期の始まった僕は、最後のどんでん返しにいかに騙されたか興奮気味に級友達とネタバレ構わず喋ったことを覚えている。

ジョージ・ロイ・ヒル監督作品『明日に向かって撃て』で共演したポール・ニューマンとロバート・レッドフォードによるゴールデンコンビの二度目にして、最後の共演作品。1890年代の西部劇から1936年アメリカ大不況時代のシカゴへと舞台は移り、2人の役柄は無法者の列車強盗から、イカサマ詐欺師へと。1922年生まれのジョージ・ロイ・ヒル監督の視点は、今はなき大らかな無法者達への憧れと愛情に溢れている。厳しい時代を精一杯サバイバルするアウトロー達への人間讃歌だ。

 

サイレント映画を彷彿させる オープニングタイトルが楽しい

映画の冒頭、ユニバーサル映画社の旧タイトルから始まる。ラグタイムの王様と呼ばれた、スコット・ジョプリンの軽快なピアノが奏でる「ジ・エンターティナー」がタイトルロールに。サイレント時代を彷彿させるオープニングタイトルが楽しい。

1902年に作曲された名曲が1973年に映画のテーマ曲として世界中で大ヒットする。丸ワイプ、反転ワイプで場面が変わり物語が進む。アカデミー編集賞7回ノミネートのウィリアム・H・レイノルズはこの職人技で、『サウンド・オブ・ミュージック』に続き、2度目のオスカーをゲットする。

撮影は名匠ロバート・サーティス。青年詐欺師ジョニー・フッカー(ロバート・レッドフォード)は老黒人詐欺師のルーサーと組んで通行人から金をせしめるが、これがシカゴの大物ギャング、ロネガン(ロバート・ショー)の売り上げ金だっことから、フッカーの親がわりで師匠でもあったルーサーは殺され、フッカーも命を狙われる。

 

ギャングをはめる大勝負に挑む

敵役のロバート・ショウが素晴らしく、僕は『ジョーズ』のサメに喰われるサメハンター役で知っていた。フッカーは師匠の復讐のため、ルーサーの盟友で、かつて天才詐欺師と呼ばれたヘンリー・コンドルフ(ポール・ニューマン)を探し、訪れる。

かつての天才詐欺師はアル中で、娼館主ビリー(アイリーン・ブレナン)の紐状態ですっかり錆び付いていた。娼館は遊園地兼居酒屋で時々娼婦達がメリーゴーランドに乗ってカモフラージュしている描写がおもしろかった。若いフッカーも、稼いだ金をギャンブルや女につぎ込んでしまうようなゴロツキ詐欺師だ。錆び付いた2人が錆びを落とそうと一念発起する。「詐欺師は殺しをやらない。詐欺でやり返すんだ」とロネガンをはめる大勝負に挑む。

 

アメリカン・ニューシネマの 真骨頂と言えるプロット

20世紀初頭に実在した詐欺師達へのオマージュで、キッド・ツイスト、ジェイ・ジェイなどの個性的な詐欺師仲間達が続々と集まってくる。社会の盟主面しているロネガンを引っ掛け、スティング(とどめを刺す)するプロットは、まさにアメリカン・ニューシネマの真骨頂だ。実社会では主人公になり得ないアウトロー達に光を与える作風に僕は魅了され続けている。

酒、タバコ、女、スポーツに興味がないロネガンのポーカー好きの情報から、ポーカー勝負で引っ掛け、“電信”という詐欺方法でカモろうという作戦を立てる詐欺師軍団。僕はこの電車内での傑作なポーカーシーンでポーカーを覚えた。あの手下ギャングのリアクションが最高に可笑しい。見て欲しい。偽賭博場を空き地下室に作り上げ、サクラの詐欺師達がそれぞれの役割を与えられニセモノを演じ、偽のラジオ競馬中継でロネガンに大金をつぎ込ませようという入念な積み重ねが繰り広げられていく。

 

ロネガン騙しは 映画づくりそのもの

今この映画を見返してみると、ロネガン騙しが正に映画づくりそのものであることに気づかされる。僕たち映画屋は様々な個性的な俳優、職人スタッフ達の凄腕で成り立っている。いい映画とは心地よく観客を騙すことなのではと。監督のジョージ・ロイ・ヒルの映画制作への愛が感じ取れる。デジタル化されている今現在、この映画を見返してより感じる。楽しむためには、手間と暇(時間)をかけるのだ。

 

観客さえも騙される 巧みなストーリー展開

コンドルフとフッカーを逮捕しようと執拗なスナイダー警部役のチャールズ・ダーリングは『狼たちの午後』のモレッティ警部役と同様に、悪党たちに翻弄される刑事役として僕のお気に入りの名優だ。僕はこの映画で3回騙された。1度目はポーカーシーン。2度目、3度目のシーンをここでバラしてしまうわけにはいかない。ラストシーンは間違いなく爽快である。

詐欺師とギャングの悪党対決の物語。世界大恐慌、みな生きるのに必死な時代。もしこんな境遇で生きるしかないとしたら、どちらの悪党がマシか? そんなことを中学一年生の僕は問われたような気がした。その後僕が見続けたアメリカン・ニューシネマの映画たちは皆同じ問いかけを僕にしてきた。

 

歪んだ茶碗を眺めながら ふと思う

僕は京都で歪んだ茶碗を作って、相手を騙すコメディ映画の準備をしている。「不」「正」という2つの言葉を重ねて、「ゆがむ」と読ませる先人たちの人間哲学に今さら驚く。人間皆歪んでる。不自然な歪み、自然な歪み、同じ歪みならどう歪む? そんな問いかけをする映画を創ってみたいと、歪んだ茶碗をしばらく眺めながらそんなことを考えていた。

 

 

ビデオSALON2019年3月号より転載