映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第49回『トッツィー』


中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『嘘八百』がある。『銃』が公開中。最新作『きばいやんせ! 私』は3月9日より公開。

 

第49回『トッツィー』

イラスト●死後くん

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実力はありつつも役に恵まれない俳優ドーシーは、若手に演技指導しながら、ウェイターとして働き生計を立てていた。演技へのこだわりが強すぎるあまり、演出家に嫌われ役につけない彼は、ある日教え子が落ちたソープ・オペラのオーディションに女装して挑戦。プロデューサーに気に入られ、見事役を手に入れるのだが…。

原題 : Tootsie
製作年: 1982年
製作国 : アメリカ
上映時間 : 113分
アスペクト比 : シネスコ
監督: シドニー・ポラック
脚本 :ラリー・ゲルバート
マレー・シスガル
製作: シドニー・ポラック
ディック・リチャーズ
撮影 : オーウェン・ロイズマン
編集 : フレドリック・スタインカンプ他
音楽 : デイヴ・グルーシン
出演: ダスティン・ホフマン
ジェシカ・ラング
テリー・ガー他

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3月に入り14本目の映画撮影も佳境に突入。連日奮闘のスタッフ、キャストにも間もなく春の訪れがやってきそうだ。人をかすことがテーマの拙作にヒントを与えてくれた作品が何本かある、『トッツィー』もその1本だ。僕は1987年4月25日放送の『ゴールデン洋画劇場』で見ている。東京に出てきて初めての一人暮らしが始まったばかりの頃だ。ダスティン・ホフマンの女装ぶりが評判となった作品を劇場では観ていなかった。

 

ハードな役柄の多かった ジェシカ・ラングがコメディに挑み女優として評価された作品

1983年のアカデミー賞の作品、監督(シドニー・ポラック)、脚本(ラリー・ゲルバート、マレー・シスガル、ドン・マクガイア)、主演男優(ダスティン・ホフマン)、助演女優(ジェシカ・ラング、テリー・ガー)にノミネートされている。

僕はこのアカデミーをテレビ放送で見ていた。主演男優賞はベン・キングスレーが演じたガンジーに持っていかれた。作品、監督、脚本も『ガンジー』がオスカーをゲットした。

『トッツィー』は唯一、僕の大好きなテリー・ガーとダブルでノミネートされていた、ジェシカ・ラングが助演女優賞をゲットした。

ジェシカ・ラングはこの年『女優フランシス』という作品で主演女優賞にもノミネートされている(主演女優賞は『ソフィーの選択』のメリル・ストリープ!)。

『女優フランシス』も大変すばらしい作品で、実在したフランシス・ファーマーという1930年代に活躍した女優を演じた。ラストシーンは壮絶だった。ジェシカ・ラングがリメイクの『キングコング』で、コングの手のひらの上で丸裸にされていたのを小学生の僕は、正月に劇場の暗闇で息を潜めて観ていた。

『オール・ザット・ジャズ』のセクシーな女神役にも目が眩み、『郵便配達は二度ベルを鳴らす』では、ジャック・ニコルソンとのキッチン上のハードな濡れ場を「ゴールデン洋画劇場」の放送で家族と堪能した僕は困ってしまった。

『女優フランシス』も含めハードな役に挑んできたジェシカが、コメディ映画のヒロインに挑み、女優として評価された瞬間だった。現在もテレビ、演劇、映画と大活躍でその美しさは健在だ。

 

多種多様な出演者の 好演が光る

舞台俳優のマイケル・ドーシー(ダスティン・ホフマン)は完璧主義者すぎて、俳優としては有能なのだが、仕事にありつけない。演技のワークショップなどで食いつないでいる40男だ。

脚本家を目指すジェフ(ビル・マーレイ)とは同じレストランでウェイターをして同居している。虚脱系のビル・マレーとダスティン・ホフマンとの掛け合いがすばらしい。今なら助演男優賞ものだ。

マイケルは、教え子で女優を目指す演劇生徒のサンディ(テリー・ガー)が「病院物語」というソープ・オペラ※のオーディションを受けるというので付いていくことにする。ソープ・オペラとは、時に生放送で演じる昼帯ドラマのようなもの。サンディは台本すら読ませてもらえずに落とされてしまう。

テリー・ガーが残念なサンディをかわいく好演。流石のコメディエンヌぶりを発揮している。オーディションでのディレクターの横柄な態度に頭にきたマイケルは、翌日女装してドロシー・マイケルズとしてオーディションへと向かう。

ドロシーを一目見ただけで「もっとタフな女が欲しいんだ」と難癖つけるディレクター。ディレクターを演じるのは、ダブニー・コールマン。嫌な上司役やらせたらピカイチ。『9時から5時まで』のクソ上司のやられっぷりは見事だった。

老医師役のベテラン俳優ジョン(ジョージ・ゲインズ)をぶん殴ってみたりして、女性プロデューサーに気に入られ、見事、病院理事のエミリー役をゲットしてしまう。マイケルは看護婦役のジュリーに一目惚れするが、どうにもならない。

監督のシドニー・ポラック本人も本作のなかで、マイケルのエージェント役として出演している。実はこの監督、元俳優であるだけに、ウディ・アレンやロバート・アルトマンの作品で重要な役を任されて好演している。

テレビ・ラジオの連続メロドラマ。米国ではスポンサーに石鹸会社が多かったことからそう呼ばれる。

 

テレビ業界にいたポラック監督の秀逸な人物描写

テレビ業界に長くいたポラック監督の風刺の目が行き届き、登場人物たちがリアルに楽しい。セクハラ、パワハラのディレクターぶりや台詞を覚えて来ないカンペ(カンニングペーパー)頼りの老俳優。

俳優魂をここぞとばかり発揮するマイケル。アドリブでどんどんつまらない台詞のソープドラマをおもしろく変えていく。一躍おもろいおばちゃん、マイケル・ドーシーはテレビの人気者へ。

クソディレクターも「お嬢さん(トッツィー)」と呼んで媚びたりする。人気者になる程、マイケル・ドーシーはますます無名になり、ジュリーは俳優としてドロシーを尊敬し、親密になるが、マイケルは益々正体をあかせないジレンマに陥る。

 

人を欺くこと、自分を欺くことが限界点に達する

ジュリーの家で食事に招待され、彼女がシングルマザーであったり、クソディレクターとセクハラ紛いに付き合わされている事実を知る。マイケルはそんなジュリーにますます魅了される。ジュリーに恋心抱く女装姿のマイケルがだんだん綺麗になっていくのが怖い、いやすごい…。これは撮影の名匠オーウェン・ロイズマンの手腕だ。

挙げ句の果てにはエミリーの父親から求婚されるは、サンディとはマイケルとして付き合う羽目になったり、老優ジョンにストーカーされるはで、人を欺くこと、自分を欺くことが限界点に達する。

老俳優ジョン役のジョージ・ゲインズといえば『ポリス・アカデミー』の警察署長役の時に映画館で僕は笑い殺されるところだった。そして、マイケルがサンディ役のテリー・ガーに別れを切り出した時のテリー・ガーがすごい。これも名場面だ。観て欲しい。

 

観客も救われるラストシーン

映画のクライマックスにはマイケルにとっても観客にとってもすばらしいラストシーンが用意されている。面倒臭いダメ男のマイケルをダスティン・ホフマンが救う。ジェシカ・ラングが救ってくれる。

ニューヨークの人混みの2人の後ろ姿に救われる映画。数日後に映画のラストカットを撮る準備をしている僕は、もう一度この映画を見直してみようと思った。

 

ビデオSALON2019年4月号より転載