中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『嘘八百』がある。『銃』が公開中。最新作『きばいやんせ! 私』は3月9日より公開。

 

第50回『ドゥ・ザ・ライト・シング』

イラスト●死後くん

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ブルックリンの黒人街。この土地で20数年にわたり、イタリア系アメリカ人が経営するピザ屋がある。そこで宅配の仕事をしている主人公。店に飾られたスターの写真はイタリア系アメリカ人ばかり。ある時、客の一人が黒人スターの写真がないことで憤慨し、それを火種に大きな事件へと発展してしまう。

原題: Do the Right Thing
製作年 :1989年
製作国: アメリカ
上映時間 :119分
アスペクト比 ビスタ
監督・脚本・制作: スパイク・リー
撮影 :アーネスト・ディッカーソン
編集 :バリー・アレクサンダー・ブラウン
音楽 :ビル・リー
出演 :スパイク・リー
ダニー・アイエロ
ジョン・タトゥーロ
リチャード・エドソン
サミュエル・L・ジャクソン
オジー・デイヴィス
ルビー・ディー他

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3月22日から公開されている、スパイク・リー監督作品『ブラック・クランズマン』は評判通りの凄まじい傑作だった。歴史の教科書では学べない黒人への人種差別の歴史を教えてくれる。スパイク・リー監督は、第91回アカデミー賞でようやく初の脚色賞オスカーをゲットした。世の中をアッと言わせた『ドゥ・ザ・ライト・シング』から30年、余りにも遅すぎるオスカーゲットだった。プレゼンテーターの盟友、サミュエル・L・ジャクソンに小柄のスパイク・リー監督が飛びついて抱き合った姿に胸が熱くなった。

 

過激なブラックパワーを描くスパイク・リーに惹かれていく

29年前※、僕も新宿歌舞伎町の劇場で『ドゥ・ザ・ライト・シング』を観て、アッと言わされた1人だった。劇場はバブル期の若者で溢れかえっていた。昭和から平成へと元号が変わったばかりの春、僕はそれ以来、『ジャングル・フィーバー』『マルコムX』と立て続けに発表される過激なブラックパワーを描いたポップなスパイク・リー監督作品に魅せられていく。スパイク・リー自らが製作、監督、脚本、主演を務めた評判の作品は、人種差別を僕に痛烈に、愉快に知らしめてくれた。オープニングからパワフルでぶっ飛んだ演出。ボクシンググローブをつけたソウルシスターがファイティングダンスだ。

※『ドゥー・ザ・ライト・シング』の日本公開は1990年4月。

 

黒人街にあるイタリア系アメリカ人のピザ屋が舞台

盟友サミュエル・L・ジャクソンが演じるラジオのDJ ミスター・セニョール・ラブ・ダディの声が朝のストリートに聞こえてくる。ブルックリンの黒人街にあるサルス・フェーマス・ピッツエリアというピザ屋があるストリートが舞台だ。酷暑のある一日の出来事。1ヵ月以上仕事が続いた試しがないというムーキー(スパイク・リー)はピザ屋のいい加減な配達員だ。オーナーのイタリア系アメリカ人のサル(ダニー・アイエロ)は2人の息子と共に近所の黒人達にピザを売っている。「みんな俺のピザを食って大きくなった」が口癖で、黒人達とも20数年にわたってうまくやりくりしている。長男のピノは人種差別者で、店を売ってイタリア人街に転居したがっている。父親のサルが「イタリア人街はピザ屋が多すぎてピザが売れない」と黒人街から逃げ出したい息子をたしなめる場面には笑った。

店には癖のある黒人達が次から次へと現れる。ムーキの友人パギン・アウトは「ピザ屋の店の壁にフランク・シナトラ、アル・パチーノ、ロバート・デ・ニーロなどのイタリア系有名人の写真しか飾っていない」とクレームをつけ、店から追い出される。彼は、巨大なラジカセを担ぎ、パブリック・エナミーの「fight power」を大音響で鳴らしながら店に入ってくるレディオ・ナヒームと、黒人の写真を飾るまでボイコット運動を共闘する。長男のピノが逃げ出したくなるのも無理もない。ピノ役はジョン・タトゥーロ。コーエン兄弟作品の常連俳優だ。『ビッグ・リボウスキ』での怪演は凄い。弟ヴィト役にリチャード・エドソン。『ストレンジャー・ザン・パラダイス』『プラトーン』などで僕のお気に入り俳優だ。サル役のダニー・アイエロは、もう1人の主人公といってもよい存在で、『ゴットファーザーPART Ⅱ』などの名脇役アイエロは本作品でアカデミー助演男優賞にノミネートされた。ちなみに、この年の助演男優賞はデンゼル・ワシントンが『グローリー』でオスカーをゲットする。『ブラック・クランズマン』の主役がデンゼル・ワシントンの息子だったのには驚かされたが…。

 

カメラ目線で人種差別をする台詞は映画の目玉に

登場人物達がカメラ目線で過激な台詞を速射砲のように連呼する。アフリカ系、プエルトリコ系、イタリア系、韓国系のアメリカ人達が他人種を差別する台詞は評判となり、この映画の目玉となる。僕も驚き笑った。スパイク・リーは日常に潜む人種偏見をユーモラスに描いていく。この作品は、アカデミー脚本賞にノミネート。撮影も強烈な赤を基調にしたルックで、真俯瞰のアングルなど、特徴的でユーモラスな構図が楽しい。カメラマンはアーネスト・ディッカーソン。彼はスパイク・リーのニューヨーク大学からの同級生だ。最近は『ウォーキング・デッド』の監督をやったりしている。

 

30年間、監督が人種差別と闘い続けてきたことがわかる

うだるような暑さが、愚かな小競り合いを暴動へと導く導火線となる。アメリカが抱える、世界が抱える社会問題をブルックリンの小路地に提示してみせるスパイク・リーの映画的手腕に脱帽だ。タイトルの「正しいことをしろ!(Do The Right Thing)」というシンプルでありながら、考えさせられる言葉。スパイク・リーはアカデミー賞の受賞コメントでも同じ文言を語っていた。「次の大統領選に向けて、正しいことをしろ」と。62歳になったばかりのスパイク・リーは30年間、闘い続けてきた。そのことは新作映画を観ればわかる。アメリカでは初のアフリカ系大統領も誕生したが、アメリカを含めた世界の人種偏見の問題は、今後の地球人の課題として取り組むべき最重要難題だ。『ドゥ・ザ・ライト・シング』は非暴力を説く、キング牧師の言葉と、自己防衛の為の暴力は「暴力」ではなく「知性」であると説く、マルコムXの言葉で幕を閉じる。

 

新作を観て、30年前以上に暗澹たる気持ちに襲われた

30年後の『ブラック・クランズマン』を観終わった僕は『ドゥ・ザ・ライト・シング』を観た29年前の時以上に暗澹たる気持ちに襲われた。 事態は悪化しているのでは…。スパイク・リー監督の悲鳴の様な映画。渋谷の映画館を出るときに『ドゥ・ザ・ライト・シング』のリバイバル上映のポスターが飾ってあった。3月29日から公開される。もうすぐ平成が終わる。新しい元号が発表されたら、観に来ようと僕は劇場の出口に向かった。

 

ビデオSALON2019年5月号より転載