映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第52回『ひとりぼっちの青春』


中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『嘘八百』がある。『銃』が公開中。最新作『きばいやんせ! 私』が公開中。

 

第52回『ひとりぼっちの青春』

イラスト●死後くん

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原題: They Shoot Horses, Don’t They?
製作年 :1969年
製作国: アメリカ
上映時間 :120分
アスペクト比 :シネスコ
監督: シドニー・ポラック
脚本:ジェームズ・ポー/ ロバート・E・トンプソン
製作:ロバート・チャートフ/ アーウィン・ウィンクラー
撮影 :フィリップ・H・ラスロップ
編集 :フレドリック・スタインカンプ
音楽 :ジョニー・グリーン
出演 :ジェーン・フォンダ/マイケル・サラザン

 

1932年、大恐慌時代のアメリカで実際に開催されていたダンス大会「ダンス・マラソン」。昼夜問わず踊り続け、最後まで残った一組に1500ドル賞金が与えられるというもの。極限状態の競技者達とそれを見世物として楽しむ観客達。異様な光景が繰り広げられる。

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15本目の映画を最果ての地、北海道の釧路で撮影している。とあるラブホテルを経営する家族の30年にわたる物語だ。毎朝、霧の中で目覚める毎日が新鮮だ。撮影前にふらりと入った古本屋が素晴らしかった。東京の神保町でも見かけないような本を10冊ほどまとめ買いしてしまった。そのうちの一冊に、ホレス・マッコイの小説、「彼らは廃馬を撃つ(They shoot horses,Don’t they?)」が本棚にあるのを見つけてしまった。映画『ひとりぼっちの青春』の原作だ。

 

世界大恐慌の時代、実際に 開かれた異様なダンス大会

『ひとりぼっちの青春』は僕が中学生の時、深夜のテレビ放送で途中から見たのが最初だった。1930年代のアメリカでは、世界大恐慌のまっただ中、「ダンス・マラソン」なる賞金のかかった大会が、ハリウッドに近い西海岸で開かれていた。本作はこのおかしげな史実をベースに、そこに参加した数組の男女の数日間を描いた異色作だ。

当時のダンス・マラソンのドキュメンタリー映像が残っていて、YouTubeでも鑑賞できる。実際に見てみると、かなり異様な光景が繰り広げられており、当時を知る資料としても貴重だ。不況に喘ぐカップル達が1500ドルの賞金を目指して、昼夜ぶっ通しで踊り続けるのだ。1時間50分踊っては、10分休憩。朝、昼、晩と3食。それに加えて3度の軽食付き。看護師、医師の管理のもと、最後まで踊り続けたカップルが賞金を獲得できる。両膝がついたら失格。レフリーのカウントテンが恐ろしい。パートナーが失格しても、24時間以内に相手を見つけられたら続行可能。僕はこれらのルールを知らずに競技の途中から映画を観たので、サッパリ訳が分からず、狂気とを見せつけられ、呆然とテレビ画面を見ていた。

 

大会の競技者には 多彩な顔ぶれが結集

主人公のグロリアにジェーン・フォンダ。『ジュリア』『チャイナ・シンドローム』『黄昏』などで中学生の僕も知った顔だった。お父さんはヘンリー・フォンダ。『イージー・ライダー』のピーター・フォンダのお姉ちゃん。グロリアはパートナーが気管支炎のため出場できず、ふらりとダンスホールに紛れ込んだロバート(マイケル・サラザン)という失業者をパートナーに選ぶ。

競技者役の顔ぶれが楽しい。ハリウッドの売れないスター志願のイタイ女優役のアリス(スザンナ・ヨーク)。31歳だと言い張る、年齢詐称のタップダンスが得意な老水兵に名優レッド・バトンズ(撮影当時50歳)。僕の大好きなブルース・ダーンが妊婦の旦那役で出演している。妊婦の奥さん役にボニー・べテリア。『ダイ・ハード』のジョン・マクレーン刑事の奥さん役の人。当時20歳で妊婦役ルビーを熱演した。「私はやめないわ!」と陣痛に苦しみながら踊り続ける。ダンス・マラソン主催者で司会進行係のロッキー役にギグ・ヤング。彼はこのアクの強い正体不明の興行師役で助演男優賞のオスカーをゲットしている。

 

競技者の醜態を見事に 表現した撮影と編集の技巧

1000時間を超えるダンスに脱落者が続出する中、競技者の疲労と精神の崩壊を見世物として、金を払って観に来る観客でホールが満員になっていく。100組以上の競技者を振るい落とすための「ダービー・レース」と称する、ホールを何周も走らせる場面が圧巻だ。興行師ロッキーの悪魔のような煽り実況、興奮する観客、何かに取り憑かれたような競技者の醜態を見事な撮影、編集で魅せてくれる。編集は『グラン・プリ』でオスカーをゲットしたフレドリック・スタインカンプ(『グラン・プリ』のオープニングはすごい)。撮影は『ザ・ドライバー』の職人フィリップ・H・ラスロップ。カメラは2時間の上映中ほとんどダンスホール内から出ない。それにもかかわらず朝、昼、夜を感じさせる巧みなルックが見事だ。

 

極限状態の競技者達…すべてが娯楽の対象となっていく

睡眠不足、疲労困憊、競技者達の精神が崩壊していく様を名優の男女が見事に演じていく。監督は『コンドル』『トッツイー』のシドニー・ポラック。俳優出身のテレビディレクターでもある、シドニー・ポラックの映画出世作となった。

テレビの世界のようなヤラセを次から次に仕掛ける興行師ロッキー。「観客が喜べば、なんだってやるんだ」とうそぶくロッキーの存在に作り手達の風刺精神が垣間見られる。優勝しそうな競技者のスポンサーになり、広告の入った服を着せるパトロン観客。競技者達は完全に見世物となっていく。体調を崩して脱落する者、精神を病んでリタイヤする者、パートナーといがみ合って、パートナーを交換する者、挙げ句の果てには死人まで出てしまう。それでも競技は続けられる。すべてが観客の興味、娯楽の対象となっていく。このことは今も昔も変わらない。「他人の窮状を見て楽しむために客は金を払ってやって来る」というロッキーのセリフが、中学生の僕にも虚しく響いた。

 

25年越しに映画の意味を知る

ダンス・マラソンの勝者は一体誰なのか? 映画は意外な結末を迎え、唖然呆然とする中学生の僕には「最初からこの映画を観たかった」という欲求のみが残った。25年後が経ちようやく全編を見たとき、この映画の最後のセリフが映画のタイトルなのだと知って、映画を理解した。「廃馬は撃つんでしょ?」役に立たない廃馬には「死」しかないのだろうか? 映画の中で、ダンス・マラソンの決着がつくことはない。結果、最後まで踊り続けた勝者が明かされることはない。大恐慌が終わり、景気が回復した頃、この非人道的なダンス・マラソンは中止されたという。

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釧路での一週間にわたる撮影は大変素晴らしいものだった。次の撮影の地、札幌に移動するため、僕は特急スーパー青空号に乗り込んだ。釧路の駅を列車が出立して、車窓から釧路の風景が遠ざかるのを見ていた僕は、釧路の古本屋で手に入れた「彼らは廃馬を撃つ」の文庫本を取り出し表紙を開いた。

 

ビデオSALON2019年7月号より転載