映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第53回 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』


中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『嘘八百』、『銃』、『きばいやんせ! 私』がある。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』が公開中。

 

第53回『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』

イラスト●死後くん

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原題: Once Upon a Time in the West
製作年 :1968年
製作国: イタリア・アメリカ合作
上映時間 :165分
アスペクト比 :
監督・脚本:セルジオ・レオーネ
製作:フルビオ・モルセッラ/ビーノ・チコーニャ
撮影 :トニーノ・デリ・コリ
編集 :ニーノ・バラーリ
音楽 :エンニオ・モリコーネ
出演 :チャールズ・ブロンソン/クラウディア・カルディナーレ/ヘンリー・フォンダ/ジェイソン・ロバーズ他

『夕陽のギャングたち』、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』へと続く、「ワンス・アポン・ア・タイム3部作」の第1作目に当たる。鉄道会社の陰謀に巻き込まれて殺された農場主の妻の依頼で、復讐を代行するガンマンの活躍を描く。

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9月27日から『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ウェスト』のオリジナル2時間45分版が日本で上映されるとの発表があった。僕がこの作品と出逢ったのは1982年の2月21日の「日曜洋画劇場」のテレビ放送。当時の邦題は『ウエスタン』だった。男性化粧品「マンダム」のCMでお馴染みのチャールズ・ブロンソンが主役。『荒野の七人』『大脱走』などで僕の中では、放っておけない存在だった。

 

50年前に二度とない 顔合わせで作られた名作

敵役・フランクにあの『怒りの葡萄』『荒野の決闘』『十二人の怒れる男』のヘンリー・フォンダ。彼が悪役をやっているのを僕は初めてみた。なんとも憎たらしい、性格の悪さ丸出しの名演が素晴らしい。彼の娘のジェーン・フォンダは、父親が自分たち子供に対して初めて悪役を演じることで贖罪してくれたとファンレターを実名で送ったそうだ。

ヒロインには“CC”ことクラウディア・カルディナーレ。『若者のすべて』『山猫』などのヴィスコンティ作品の至宝が西部劇で可憐に魅せる。

とぼけた山賊シャイヤン役にジェイソン・ロバーズ。『大統領の陰謀』の編集長役や『ジュリア』の作家ハメット役で僕は大好きな俳優で、後にサム・ペキンパー監督作品『砂漠の流れ者/ケーブル・ホーグのバラード』で演じた見事な主役とシャイヤンのキャラクターが重なる。僕の好きだった日本の俳優、西村 晃にも似ていて、彼も放っておけない俳優のひとりだ。2度とない顔合わせの4人が、巨匠セルジオ・レオーネ監督と見事な西部劇を創り上げてから50年目を迎えた。

そしてなにより、生きるレジェンド、エンニオ・モリコーネのテーマ曲が素晴らしく、魅了された。50年経っても、このテーマ曲は世界中のどこかで毎年演奏されている。未来永劫、演奏される名曲が映画作りの中から誕生したことは意義深い。

 

オープニングシークエンスには映画一本分の価値がある

大学時代に劇場で初めて鑑賞できた時の興奮はただ事ではなかった。オリジナル版から20分ほどカットされたバージョンだったが、この劇場体験は『アラビアのロレンス』に匹敵するかの劇場体験だった。約10分にわたるオープニングシークエンスには映画一本分の価値がある。

強面の3人組がアリゾナのとある駅で列車の到着を待っている。20世紀初頭の西部開拓時代の過渡期、列車はこの映画の主役のひとつだ。この3人組の顔が実に素晴らしい。苦味ばしった悪党面なのが堪らない。もちろん巨匠レオーネは3人の顔をクローズアップで攻めまくる。

撮影はパゾリーニ作品『奇跡の丘』などのイタリアの名匠トニーノ・デリ・コリ。レオーネ作品では『ワンス・アポン・タイム・イン・アメリカ』での仕事ぶりもすごい。

飛び交うハエの音。滴る水滴の音。列車の到着を知らせる電信の音。錆びついた風車の音。静寂を遮る列車の音。この駅にハーモニカを吹くチャールズ・ブロンソンが下車する。ハーモニカを吹きながら、見事に登場できる男はブロンソンしかいない。モリコーネの不穏なハーモニカのテーマ音楽を銃声が断ち切る。とんでもないオープニングだ。観て欲しい。ちなみにチャールズ・ブロンソンの役名に名前はない。「ハーモニカ」となっている。

 

音楽先行で作られたからこそ 実現できた撮影の数々

クラウディア・カルディナーレの登場シーンもすごかった。この駅に到着する“CC “演じるジル。ニューオリンズからやって来た元高級娼婦のジルは、開拓者マクベイン家の新妻としてこの地に降り立つ。駅舎を超えて見える街の風景が素晴らしい。

まるで絵画のような街並みと人々の往来、砂埃が効果的で、塵芥の中の人々の暮らしぶりが素晴らしい。クレーンショットとモリコーネのテーマ音楽が見事にシンクロして、僕は思わず熱いものが込み上げてしまった。それはフィルムでなくては表現できない美しさ。映画とは20世紀の遺産なのだろうか。21世紀にも伝えていきたい。

音楽は撮影、編集終了後に創られるのが通常だが、モリコーネ、レオーネの巨匠達は、撮影前に用意して現場で音楽をかけながら撮影に臨んだという。そうでなければ達成できない撮影の数々に驚愕だ。

 

セリフ一言だけの対決シーンと忘れられないラストシーン

新妻ジルの嫁ぎ先であるマクベイン一家は、土地の利権争いのため、鉄道会社に雇われたフランク率いる悪党達に子供も含めて虐殺される。結婚初日に未亡人になったジル。Mr.ハーモニカとマクベイン一家殺しの罪をなすりつけられた山賊シャイヤンが美しい未亡人ジルと共に悪党達に立ち向かう。

悪党フランクとMr.ハーモニカの対決シーンではレオーネ節が炸裂。赤銅色顔の男2人のクローズアップとロングショットのコントラストは名優2人の存在なしには成立しない。監督にとって俳優は必要だし、俳優にとっても監督は必要だ。2人の運命を描く約9分間に及ぶ対決は、一発の銃声で決まるが、この間セリフはフランクの「Who are you?」の一言のみ。もちろんモリコーネの名演奏も必要だ。

土地の利権を守ったジルが、女ひとりで西部で生きていくことを決意していく姿で、この映画は終わっていく。そのラストシークエンスが僕は忘れることができない。鉄道を拡張していく線路工事に従事する無数の労働者達に水と食べ物を提供するジルの姿を観て欲しい。

馬でこの街を去っていくハーモニカ。エンニオ・モリコーネのテーマ曲にクレジット。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』(昔、昔、西部のあるところに…)

 

50年経っても 劇場で上映してもらえる映画

9月27日が待ち遠しい。それまでに僕は2本の映画を仕上げ、新作映画の撮影に挑んでいる予定だ。果たして、50年経っても劇場で上映してもらえるような映画を僕は創ることができるのだろうか。残された時間はもう僅かだが。精一杯やるのみだと。モリコーネのテーマ曲を聞くたびに自らを奮い立たせるのだ。

 

ビデオSALON2019年8月号より転載

vsw