映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第54回『ブレードランナー』


中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『嘘八百』、『銃』、『きばいやんせ! 私』がある。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』が公開中。

 

第54回『ブレードランナー』

イラスト●死後くん

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原題: Blade Runner
製作年 :1982年
製作国:アメリカ
上映時間 :117分
アスペクト比 :シネスコ
監督:リドリー・スコット
脚本:ジェームズ・ポー/ ロバート・E・トンプソン
製作:マイケル・ディーリー/ チャールズ・デ・ロージリカ
撮影 :ジョーダン・クローネンウェス
編集 :テリー・ローリングス/ マーシャ・ナカシマ
音楽 :ヴァンゲリス
出演 :ハリソン・フォード/ ルトガー・ハウアー他

舞台は2019年のロサンゼルス未来都市。「レプリカント(人造人間)」は惑星開拓のため過酷な強制労働や戦闘を強いられていた。彼らは人間たちに反旗を翻し、地球に侵入。専門捜査官“ブレードランナー”のデッカードは追跡を開始するのだが…。

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7月19日、オランダ人俳優ルトガー・ハウアーの訃報が世界中に伝わった。僕が最初にこの俳優を観たのが『ナイト・ホークス』という映画で、彼が演じていたのはシルベスター・スタローンを追い詰めるヨーロッパからニューヨークにやって来たテロリスト役だった。そして、2度目の出会いが『ブレードランナー』だった。

 

『燃えよドラゴン』との二本立てで観た『ブレードランナー』

中学三年の時に名古屋セントラル劇場で公開されたSF名作を観たことは、15歳の時の自分を褒めてやりたいぐらい今の自分にとっては幸運だった。友人達と6時限目の授業終了後に電車に乗り込み、名古屋の劇場に向かったのは、実は『ブレードランナー』と併映のブルース・リー主演の『燃えよドラゴン』を映画館で観ることが本当の目的だったのだ。

小学生の時に日曜洋画劇場のテレビ吹き替え版でしか観ていない僕らは、中学生になり、でかいスクリーンで『燃えよドラゴン』を観る幸運に興奮し、劇場へと向かったのだった。当時のロードショーは二本立てが通常で、劇場に到着して初めて、『ブレードランナー』が併映であることに気づいた。“人造人間と刑事の壮絶な闘い!“みたいなキャッチコピーでアクション映画二本立ての様相だった。

『スター・ウォーズ』と『機動戦士ガンダム』で当時の僕ら男子中学生の頭の中は宇宙戦争の物語で一杯で、毎日うつつを抜かしていた。『スター・ウォーズ』のハンソロ役で一躍名を上げたハリソン・フォードは『レイダース』のインディアナ・ジョーンズというスーパー考古学者役で僕らを驚かせてはいたものの、夭折のレジェンド、ブルース・リーの亡霊に僕らはまだ支配されていた。

 

とんでもない映画が始まったと息を呑んだ

『燃えよドラゴン』を劇場で観るという目的は達成された後、ハリソン・フォードの新作『ブレードランナー』が始まった。あまり宣伝もされてなく、前情報もないのが良かった。映画のオープニングから只事ではなかった。21世紀初頭、2019年の設定には華やかな未来図は用意されてなかった。酸性雨の降り注ぐ薄暗い未来都市ロサンゼルス。人口過密の暗黒の空を駆け抜ける車がスクリーンに飛び込んで来る。

音楽がヴァンゲリス。『炎のランナー』の音楽家。監督に『エイリアン』のリドリー・スコット。とんでもない映画が始まったと僕は座席で息を呑んだ。

 

レプリカントの人間への反乱とその悲しき運命に抗う

人間の代わりに、宇宙空間での労働を担うために製造された人造人間“レプリカント“が時として人間に反抗、反乱を起こす。人間社会に紛れ込んだレプリカントを見つけ出し解任、廃棄する役割のブレードランナーと呼ばれる特殊警察リック・デッカード役をハリソン・フォードが演じている。遺伝子工学の発達のため人間と外見が全く区別のつかない、最強最新型レプリカント4人が宇宙からロサンゼルスに逃げ込んだ。レプリカントを“廃棄”しまくっていたデッカードは嫌気がさして退職していたが、元上司に説得され、レプリカント狩りを再び始める。

戦闘用レプリカントのロイ・バッティをルトガー・ハウアーが演じている。リーダーのロイ、怪力のレオン、妖艶なゾーラ、キュートなロイのパートナー、プリス。プリス役のダリル・ハンナは後に『スプラッシュ』で人魚役をやり大ブレイクする。

彼らの目的は延命だ。レプリカントの反抗の予防措置として製造会社のタイレル社が4年の寿命に設定したのだ。延命方法を求めての叛乱、脱走が切ないのだ。物語が進んでいくと、レプリカント達がただの悪役ではなく、加害者であり、被害者であることに気づいていく。

 

シド・ミードがデザインした 未来都市が見事だ

未来都市のデザイン設計が見事だ。工業デザイナーのシド・ミードが衣装、小道具、空飛ぶ車(スピナと命名)、生活用品、工業製品、部屋のインテリアなどの未来ビジュアルを設計した。監督のリドリー・スコットが日本の東京、新宿歌舞伎町をイメージにしたという日本語も飛び交う未来都市を彷徨うデッカード。環境汚染のためなのか、太陽の光を見ることのない、酸性雨の降り注ぐ街。ネオンの光とのコントラスト。暗い画面の中捜査を孤独に進めるデッカード。僕の友人達は映画館の座席で皆寝息を立てていた。怪力レオンの潜伏ホテルで見つけた写真をデッカードが解析していく場面には僕も強烈な睡魔に襲われたが、なんとか踏ん張ったおかげで、今でも忘れ難い名場面を覚えている。

 

映画史に残る「雨の中のモノローグ」と呼ばれる台詞

タイレル社の秘書型レプリカントのレイチェルを演じたショーン・ヤングの美しさは永遠だ。自分が人間だと思っていたレイチェルの記憶が後から植え付けられたものだと彼女が知って嘆き悲しむ場面に僕は「そうか、記憶こそが人間らしさを司るものなんだ」と知った。

延命する方法論がなく絶望するレプリカントのロイ。ルトガー・ハウアーが哀しきレプリカントの複雑な内面を魅せる。デッカードに3人の仲間を殺され、復讐の対決をするロイのラストシーンが凄まじい。主人公デッカードは成すすべがない。圧倒的なロイの存在と力をデッカードに見せつけロイは寿命の時を迎える。

「お前たち人間には信じられないものを俺は見てきた。オリオン座の近くで燃える宇宙艦隊。タンホイザーゲートの近くで暗闇に瞬くCビーム、そんな思い出も時間と共にやがて消える。雨の中の涙のように。死ぬ時が来た」ロイの絶句に僕は図らずも熱いものが込み上げてしまった。

映画史に残る「雨の中のモノローグ」と呼ばれるこの台詞は脚本のデヴィッド・ピープルズの書いた1ページ半にわたる素晴らしい台詞を、ルトガー・ハウアーがアドリブで短くしたという。俳優は時に詩人にもなることを知った。ブルース・リーの「考えるな!感じろ!(Don’t think ,Feel!)」と共に中学三年生の僕は学校では教えてもらえない人生哲学を映画館で学んだ。

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37年後の2019年7月25日に世界中で彼の遺した「雨の中のモノローグ」の台詞がインターネット上で駆け巡った。ルトガー・ハウアーの記憶。感謝しかない。

 

ビデオSALON2019年9月号より転載

vsw