映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第57回 遊星からの物体X


中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『嘘八百』、『銃』、『きばいやんせ! 私』がある。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』が公開中。

 

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第57回 遊星からの物体X

イラスト●死後くん

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原題: The Thing
製作年 :1982年
製作国:アメリカ
上映時間 :109分
アスペクト比 :シネスコ
監督:ジョン・カーペンター
脚本:ビル・ランカスター
製作:デイヴィッド・フォスター他
撮影 :ディーン・カンディ
編集 :トッド・ラムジー
音楽 :エンニオ・モリコーネ
出演 :カート・ラッセル/A・ウィルフォード・ブリムリー/リチャード・ダイサート/ドナルド・モファット/キース・デイヴィッド他

南極基地にいる12人の隊員が10万年以上も氷の中に埋まっていたエイリアンを発見する。エイリアンは人間たちと同化し次々と形状を変えて襲いかかってくる。本作はSFホラーの古典『遊星よりの物体X』のリメイクで、より原作に忠実に描かれている。
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32回目の東京国際映画祭が始まった。盟友、足立 紳監督のコンペティション、ワールドプレミア上映を見届けた僕は、来年撮影の作品の準備の傍ら、キネカ大森でナイト上映されている『遊星からの物体X』に駆け込んだ。『ハロウィン』新作との同時上映がうれしい。このB級映画の大傑作をスクリーンで観るのは実に37年ぶりだった。

SCREENという映画雑誌で犬の額が真っ二つに割れて、化け物らしきものが出現しているスチール写真に中学三年の僕は魅せられた。中学生の頃の僕は、『ハウリング』の狼族の変身や『狼男アメリカン』の変身ぶりに完全にやられてしまっていた。

 

 

リメイク版からが凄すぎて 中々 オリジナル版を観られなかった

監督は大好きな『ハロウィン』のジョン・カーペンター。『ザ ・フォッグ』も観た僕は、カーペンター監督の次回作品を心待ちにしていたのだ。

革命的特殊メイクの施術者が、当時22歳のロブ・ボッティンであることを中三の僕は知る由もなく、あのリック・ベイカー師の弟子であることを知るのは随分後のことだった。『ハウリング』の狼族への弟子の仕事ぶりに触発され、リック・ベイカー師は、あの哀しきロンドンの『狼男アメリカン』を生み出してくれたとは。もう感謝しかない。

名匠ハワード・ホークス監督の『遊星よりの物体X』のリメイク作品であることも知らずに僕は『遊星から〜』を先に観てしまう。ジョン・カーペンター作品が凄すぎて、後年『遊星より〜』を中々観る踏ん切りがつかなかった程の衝撃を受けた。

この映画を観た翌日、興奮おさまらない僕は、友人達にとんでもなく恐ろしい映画を観てしまったことを朝から夕方まで訴え続け、六限目の授業が終わるないなや、4人の有志を引き連れて名古屋の駅前の劇場に駆け込んだ。上映後トラウマを抱えた友人達の顔を、終電車の中で僕は満足げに眺めていた。

 

 

タイトルには創り手の哲学が 潜んでいるのだ

映画のオープニング、宇宙空間に円盤が飛来する。地球の大気圏に円盤が突入すると、“The Thing“とタイトルが映し出される。原作はジョン・W・キャンベルの『影が行く(Who Goes There?)』。ハワード・ホークス版は「The Thing from Another Planet」。タイトルには創り手の哲学が潜んでいるのだ。素晴らしいタイトルバックに心躍る。音楽がエンニオ・モリコーネとタイトルされるが、カーペンター監督特有のメロディーが続くのが不思議だ。

 

 

それ絶対運んだらダメなやつだ

雪原を走るハスキー犬からこの映画は始まる。前半の主人公はこのハスキー犬だ。ヘリからの銃撃を受け、雪原を逃げ走るハスキー犬がアメリカ南極観測隊の基地に逃げ込んでくる。ノルウェー隊の観測員が狂ったのか。逃げてきたハスキー犬がアメリカ隊の犬の飼育係に抱きつく演技がすごい。狂乱のノルウェー隊員2人は爆死、射殺される。ノルウェー隊に何が起こったのか?

主人公のヘリパイロット役のマクレディ役にカート・ラッセル。カーペンター監督の『ニューヨーク1997』のスネーク役で僕達ボンクラ男子中学生のハートを鷲掴みにしてくれた俳優だ。

生物学者のブレアと阿鼻叫喚のノルウェー基地に乗り込むマクレディ。焼死体、凍りついた自殺者達が…全滅だ。2つの顔が融合した、説明のつかない姿になった不気味極まりない焼死体をヘリでアメリカ基地に運び込む。「それ絶対運んだらダメなやつだ」と僕は思った。

ノルウェー隊が10万年前の氷付の円盤を発見していたことを遺されたフィルムでマクレディ達は知る。地球温暖化で氷が溶けてしまったことから出現したものなのか? 運び込まれた氷付の焼死体と保護されたハスキー犬から“The Thing(物体)”が12人の隊員達に襲いかかる。

 

 

スタン・ウィンストンの SFXに唖然呆然

この宇宙からの物体は取り込んだ生物に擬態して増殖する。あの可愛いハスキー犬も恐ろしい物体Xへと変幻する。スタン・ウィンストン率いるSFXチームがドッグモンスターを手がけた。

スタン・ウィンストンには『ターミネーター』『エイリアン2』『ジュラシック・パーク』で、この後何度も僕は驚かせてもらった。スチール写真で見た犬の額が割れるシーンに唖然茫然…。今は亡きスタン・ウィンストンに感謝の祈りを捧げたい。

 

 

疑心暗鬼にかられたクルーの仲間割れが映画を盛り上げる

調査の結果、2万7000時間後に物体Xに全人類が同化されるというコンピュータの答えが発表される。12人のクルーが疑心暗鬼に全員を疑い始める。この仲間割れが、この映画を一層おもしろくしていく。

仲間割れの中、地球物理学者のノリスが乱闘に巻き込まれて、心肺停止してしまう。それを救おうと医師ドクター・コッパーが延命装置で心臓に電気ショックを与えていると…物凄いシーンだった。劇場で悲鳴を上げてしまった。

“物体X”と邦題をつけた配給会社の面目躍如の場面に姿勢を正した。ノリスの身体が分離して物体Xが逃走を図る。呆れてしまうほどのクリーチャー達に呆然だ。観て欲しい。

観測隊員達は仲間に殺される者、物体Xに乗っ取られる者、襲われ殺される者、と追い詰められる。

 

 

温暖化、環境破壊… 現代の我々に警鐘を鳴らす

我らがカート・ラッセルの奮闘が続くが、カーペンター監督はハッピーエンドは約束してくれない。火炎放射器で焼き尽くし、雪原に埋めていくことが解決につながっているのか? 温暖化、環境破壊と何か現代の我々が置かれている状況に警鐘を鳴らすかのようだ。

カーペンター監督は預言者だった。2011年、ノルウェー隊が如何に全滅していくか、ハスキー犬をヘリで追いかける前日譚が映画化された。こちらも見事な出来だったが、1982年当時、CGのない時代の『遊星からの物体X』は今見ても負けることないマスターピースだ。

カーペンター監督は『ハロウィン』の40年後の世界を新作でジェミーリー・カーチス主演で描いてくれた。『遊星からの物体X』の40年後の世界をカート・ラッセル主演で是非とも描いて欲しい。カーペンター監督の次回作品を心待ちにしている。劇場から駅に向かう帰り道、ハロウィンの扮装をした若者達の隊列を眺めながら、そんな事を僕は考えていた。

 

 

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ビデオSALON2019年12月号より転載