映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第70回 ロッキー


中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『銃』等がある。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』が公開中(『全裸監督』シーズン2も制作中)。『銃2020』が公開中。『ホテルローヤル』は11月13日公開。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が11月27日より公開。

 

第70回 ロッキー

イラスト●死後くん

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原題: Rocky
製作年 :1976年
製作国:アメリカ
上映時間 :120分
アスペクト比 :ビスタ
監督:ジョン・G・アヴィルドセン
脚本:シルヴェスター・スタローン
制作:アーウィン・ウィンクラー/ロバート・チャートフ
撮影:ジェームズ・グレイブ
編集 :リチャード・ハルシー/スコット・コンラッド
音楽 :ビル・コンティ
出演 :シルヴェスター・スタローン/タリア・シャイア/バート・ヤング/バージェス・メレディス/カール・ウェザースほか

借金の取り立てで生計を立てるしがないボクサー、ロッキー。ある日、世界ヘビー級チャンピオンのアポロのきまぐれで対戦相手に指名される。誰にも期待されないなか、ロッキーは過酷なトレーニングを積み、リングへ上がる…。

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11月27日より拙作17本目の映画が公開された。“噛ませ犬”と呼ばれるロートルボクサーの物語だ※。ウイルスの猛威は未だ止まないが、今年、撮影して公開できたことに幸運を感じる。

ボクシング映画は数多くの作品を観てきたが、小学生の時に『ロッキー』という作品に出会っていなければ、拙作も違った仕上がりとなっただろう。恥ずかしながら僕はこれまでの人生で多くの過ちを繰り返してきたが、その大きなひとつは『ロッキー2』を『ロッキー』を観る前に観てしまったことだ。小学6年生の時にロードショー封切りになった『ロッキー2』を友人とその父親の誘いを断りきれなかったのだ。前作を観ずに続編から観てしまう大失態だった。

時は流れ、高校1年の時にようやく『ロッキー』を月曜ロードショーのテレビ放映で観ることができた。解説の荻 昌弘さんの「人生するかしないかというその分かれ道で、するというほうを選んだ、勇気ある人々の物語です」という名文句で始まった『ロッキー』を見た幸福の夜は忘れない。この作品を僕は未だ映画館で観られていない。

※『アンダードッグ』

 

周囲から全く期待されていないボクサーが世界戦に

映画の冒頭、フィラデルフィアの場末のリングで罵声を浴びるボクサーのファイトマネーが40ドル50セントであることを知り、僕は驚いた。ボクサーが試合直後にリングを降り、観客からもらいタバコするのには笑った。

主人公は“イタリアの種馬”というリングネームを持つロッキー・バルボア30歳独身。15歳から始めたボクシングで未だ芽が出ず、ボクシングだけでは食っていけず、闇金融屋のトニー・ガッツオの手下として借金取り立てで小遣い稼ぎしている。ジムではロッカーも取り上げられ、トレーナーからは早く引退しろと、全く期待されていないアンダードッグ・ファイターだ。

フィラデルフィアで行われるアメリカ独立記念のヘビー級世界タイトルマッチに無縁のはずのボクサーが、突然対戦相手に指名され、5週間後、世界戦のリングで15ラウンド戦い抜くというプロットだ。

主演のロッキー役のシルベスター・スタローンが3日で書き上げたという物語を監督したのがジョン・G・アヴィルドセン。低予算映画で苦汁を飲んできた職人監督がこの作品でオスカーをゲットした。僕はこの監督の『ベスト・キッド』という作品も大好きだ。

 

エイドリアンとのシーンは どれも名シーン

僕はチャンピオン、アポロ・クリードとのタイトルマッチの展開にも興奮したが、恋人エイドリアンとの場面がどれも名シーンで、『ロッキーとエイドリアン』というタイトルにしたいぐらいだった。孤独なボクサーロッキーがボロアパートで良き話し相手になっている2匹の亀カフとリンク。亀を飼っている理由は近所のペットショップで内気なアラサー、エイドリアンが店員をしているからだ。

彼女を演じるのはタリア・シャイア。『ゴットファーザー』の末妹役で僕は知っていたが、このエイドリアンが素晴らしい。特にスケート場でのデートシーンには毎回涙してしまう。テレビ放映では松金よね子さんが吹き替えしていたがこれが良い。松金さんも眼鏡のエイドリアンに容姿がそっくりなのが驚きだ。

ロッキーが毎度口説きにペットショップにつまらない冗談を言いに来る。この冗談が楽しい。エイドリアンはニコリともしない。決して美人ではないがキュートなエイドリアンを必死に口説くロッキーに好感が持てる。エイドリアンがどんどん垢抜けていく様がとても良い。ベレー帽がよく似合う。

 

世界戦を目前にロッキーに たかってくる人々

エイドリアンの兄がロッキーの唯一の友人ポーリー。どうしてロッキーがこんな男と友人なのか説明もなく、理解できそうもない。飲んだくれで、弱虫のクズ男をバート・ヤングが映画史上に残る名演で魅せてくれる。

『ロッキー』シリーズでのもうひとりの主人公がポーリーなのだ。ロッキーが世界戦をやると知ると、ダニのようにたかってくる彼を放っておけないロッキーが良い。僕も弱虫ポーリーを放っておけなくなる。演じるバート・ヤングの酔狂の目が凄い。飲み干したビールの缶を潰す仕草が僕は好きだ。

選手時代、顔を55針縫い、鼻を17回潰されたという76歳の老トレーナー、ミッキーも棚ぼた世界戦の話を聞きつけロッキーのアパートに。50年ボクシングに関わり、初めての世界戦の舞台に立ちたいミッキー。自分に引退を勧め、10年近くほったらかしにされたロッキーの感情が爆発する。

アパートから去っていくミッキーを追いかけていくロングショットが素晴らしい。名脇役バージェス・メレデスのミッキーもシリーズの顔となっていく。

 

亀も愛犬も出演者全員が 素晴らしい作品

ロッキーの生活するフィラデルフィアの街が生々しい。『ロッキー』以降アメリカン・ニューシネマは終焉を迎えるとよく言われるが。僕は『ロッキー』はニューシネマ最後の作品ではないかと考えている。

寄る辺なき人々が、ロッキーの挑戦のおかげで世界タイトルマッチという舞台へ引き寄せられていく。闇金のガッツオも飲んだくれのポーリーも皆一張羅で会場に駆けつける。エイドリアンの変わりようはすっかりヒロインだ。ビル・コンティのテーマ曲でロッキーが愛犬バッカスと走る街中で応援してくれる人々もロッキーを誇りに思っている。亀も愛犬も出演者皆が素晴らしい作品。荻 昌弘さんが残してくれた言葉通り、「勇気ある人々の物語」。そしてロッキーの物語は今なお続いている。

アポロとの試合から40年後、『クリード』というロッキーがアポロの息子のトレーナーとして試合に臨む物語を観ることのできた幸運と幸福に涙が出てしょうがなかった。これぞ映画の奇跡と言えよう。

映画館で『ロッキー』を観ないで、人生終わるわけにはいかないなと、胸の中でつぶやいてみた。

 

 

VIDEOSALON 2021年1月号より転載