映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第79回 ストレンジャー・ザン・パラダイス


中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『銃』、『銃2020』、『ホテルローヤル』等がある。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が2020年11月27日より公開され、ABEMAプレミアムでも配信中。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』シーズン2が配信中。

 

 

第79回 ストレンジャー・ザン・パラダイス

イラスト●死後くん

____________________________

原題: Stranger Than Paradise
製作年 :1984年
製作国:アメリカ/西ドイツ
上映時間 :89分
アスペクト比 :ビスタ
監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
製作:サラ・ドライヴァー
制作総指揮:オトー・グローケンバーガー
撮影 :トム・ディチロ
編集 :ジム・ジャームッシュ/メロディ・ロンドン
音楽 :ジョン・ルーリー
出演 :ジョン・ルーリー/エスター・バリント/リチャード・エドソン/セシリア・スターク/ダニー・ローゼン/ラメルジーほか

ハンガリー出身で、10年来ニューヨークでギャンブラーとして生計を立てているウィリー。ある日彼の元に叔母から電話があり、入院する10日間、ブダペストから来た従妹のエヴァを預かることになる。奇妙なおかしさと、そこはかとない退廃が感じられる、ジャームッシュの原点ともいえる作品。

__________________

 

 

8月の終わりに、ジム・ジャームッシュ監督の特集プログラムが組まれている関西の劇場に駆け込んだ。『ストレンジャー・ザン・パラダイス』を劇場で観るのは34年ぶりのことだった。1987年、上京1年目、人生で最も映画を観た年だ。公開から少し遅れて、ロングランしていた有楽町駅前のミニシアターに駆け込んだ夜を思い出した。

 

なんともおかしげな、キュートな作品

天国よりもパラダイスな奇妙な国アメリカ。独特なリズムで描いたモノクロインディーズ映画は、8mmカメラを回し始めた僕たち映画サークルのボンクラ青年達を熱狂させた。俺たちもこんな映画が撮りたい、いや、撮れるんじゃないかと錯覚させた。なんともおかしげな、キュートな作品だった。

ニューヨークに従兄弟を訪ねてハンガリーからやって来たニコリともしないキュートな女の子エヴァ。演じる映画初出演のエスター・バリントがほっとけない存在だ。モノクロに映える。

ギャンブラーの従兄弟のウィリーにミュージシャンのジョン・ルーリー。堅気でない感じの面構えが最高のキャスティングだ。ウィリーの相棒のエディーのリチャード・エドソンはソニックユースの元ドラマー。この映画をきっかけに俳優として活躍していく。『グッドモーニング,ベトナム』『ドゥ・ザ・ライト・シング』の一度見たら忘れられない愛嬌ある風貌の活躍ぶりが大好きだ。

 

小津安二郎監督への偏愛ぶりが嬉しい

この3人の日常を淡々と積み重ねていく面白さ。カットを割らずにワンシーンワンカットの丁寧な撮影。シーンとシーンの合間に入る黒コマのカットインが奇妙なリズムを創り出す。黒コマカットインを真似した自主映画を当時何十本と観たことだろうか。

ジャームッシュ監督の小津安二郎監督への偏愛ぶりが嬉しい。競馬新聞を手にしたウィリーとエディの予想馬が『晩春、出来ごころ』本命はもちろん『東京物語』当時の僕はまだ『東京物語』しか並木座で観ていなかった。長回しの撮影や、カットを割らずに魅せていく撮影は日本映画の名匠達への偏愛か。

この時の震えた衝動の記憶を大切にしている

従兄弟を訪ねてハンガリーからやって来たエヴァが登場するカットが素晴らしい。手にしたポータブルカセットの再生ボタンを押すとジェイ・ホーキンスの「I Put a Spell on You」の叫び声が薄汚れた寂しい路地に響き渡り、彼女がゆっくり歩き出す横移動ショット。痺れた。僕はこの時の震えた衝動の記憶を大切にしている。 

劇中エヴァが「男の中の男よ」と言った“スクリーミング”ジェイ・ホーキンスを僕は初めて知った。ジャームッシュ監督の後の作品『ミステリー・トレイン』で永瀬正敏、工藤夕貴のカップルが泊まるモーテルの受付にジェイ・ホーキンス本人が現れた時に僕は座席で拳を握りしめた。エルビスの幽霊が出るモーテルにジェイ・ホーキンス。ジャームッシュの偏愛ぶりが凄い。

ハンガリーの女の子が奇妙なアメリカ国を知っていくのと同様に僕も色々学んだ。エヴァが「お皿で食べないの」 「これがTVランチだ」というジョン・ルーリーのセリフに当時の僕は、東京で初めて食したホカ弁と同じだな思った。

1年後クリーブランドに住む従兄弟を訪ねてやって来るウィリーとエディ。ふたりともキュートなエヴァがほっとけないようだ。英語が少し上達したエヴァは勤め先のホットドッグ店で笑顔も覚えたようだ。エヴァと一緒に住む叔母さんが関係なしにハンガリー語で話すのが強烈で、ハンガリー出身のウィリーが相棒のエディの面前で叔母さんに「英語で話せよ」という場面が強烈でおかしかった。相棒が「お前ハンガリー人だったのか? 」「俺はアメリカ人だ」に笑った。

 

普段のアメリカ映画では選択されず、登場しない風景だ

冬のクリーブランドは一面雪景色で、エディの「全部違う場所なのに一緒に見える」というセリフが素敵で、ニューヨーク、クリーブランド、フロリダとこの映画には場所を示すランドマークのようなものは登場しない。

名所エリー湖は霧で何も見えないし、冬のフロリダの海岸は寒々くて、寂しい限りだ。その風景の中の3人が素敵だ。普段のアメリカ映画では選択されず、登場しない風景だ。この風景の中の3人を見事な構図で切り取っていく撮影がこの映画の魅力で、ジャームッシュ監督の挑発だ。

 

個人の偏愛から映画が生まれる

個人の偏愛から映画が生まれることをこの映画で教えてもらった。ジャームシュ監督の偏愛に包まれた映画。文学、詩、音楽、愛するミュージシャン達、トム・ウェイツ、イギー・ポップ、ニール・ヤング…。好きな物を大事にすることが映画になっていく。

 

その後のジャームッシュ監督の作品群は、一貫して監督の偏愛に包まれている。

偏愛する詩人の町で撮った『パターソン』には驚かされた。最近作の予告編に普段がゾンビのようなイギー・ポップがゾンビ役で出ていた。僕が未見のこのゾンビ映画にはなんと、エヴァ役のエスター・バリントがウエイトレス役で出演しているとのことで、ほっとけない。今後のジャームッシュ偏愛の旅の続きが楽しみである。

 

記憶は愛である

34年ぶりのスクリーン観戦中、当時上京した頃に世話になった親戚を思い出した。東京は僕にとってまさにストレンジャー・ザン・パラダイスであった。親戚のキュートな女子高生が僕の引越しを手伝ってくれたことに想いを馳せた。失念しかけていた彼女の名前を劇場から退出する時に突然その名が声となって我が口から発せられた時に驚いた。「記憶は愛である」とは昨夏、92歳で亡くなった名匠、森﨑東監督が遺された言葉である。僕はその言葉を呟いて、劇場を後にした。

 

 

 

VIDEO SALON2021年10月号より転載