中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『銃』、『銃2020』、『ホテルローヤル』等がある。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が2020年11月27日より公開され、ABEMAプレミアムでも配信中。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』シーズン2が配信中。

 

第89回 Z

イラスト●死後くん

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原題: Z
製作年 :1969年
製作国:アルジェリア・フランス
上映時間 :127分
アスペクト比 :ビスタ
監督:コスタ=ガヴラス
脚本:ホルヘ・センプルン/コスタ=ガヴラス
原作:ヴァシリス・ヴァシリコス
製作:ジャック・ペラン/ハーメッド・ラチェディ
撮影 :ラウール・クタール
編集 :フランソワーズ・ボノー
音楽 :ミキス・テオドラキス
出演 :イヴ・モンタン/ジャン=ルイ・トランティニャン/イレーネ・パパス/ジャック・ペランほか

1963年にギリシャで起きた平和運動家暗殺事件をモデルとしたヴァシリス・ヴァシリコス原作の映画化。地中海のとある軍事政権下の国で、革新政党の指導者が暴漢に襲われ死亡する。検察は交通事故死と発表するが、これに疑問を抱いた予審判事は背後にある陰謀にたどり着くのだが…。

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6月17日にフランスの名優、ジャン=ルイ・トランティニャンが亡くなった。91歳だった。数多の出演作の、『男と女』のレーサー、『暗殺の森』の暗殺者、哲学教授マルチェロ、『愛、アムール』の老音楽家が僕の中では印象深い。中でもコスタ=ガブラス監督作『Z』の予審判事役に僕は痺れた。

中学生の時、お昼のロードショーでTV放映されていた『Z』をたまたま観てしまった。軍事政権化のギリシャをモデルとした架空国家の陰謀劇に身震いした。1963年の平和運動家、グリゴリス・ランブラキス暗殺事件を小説にしたヴァシリス・ヴァシリコス原作の映画化。36歳のギリシャ出身のコスタ=ガヴラス監督が世界にギリシャ軍事政権の闇を訴えた。これ以降、僕は学校の授業で教わることのない世界事情をコスタ=ガヴラスの作品群に教えてもらうこととなる。

 

コスタ=ガヴラスにハズレなし、と今も追い続けている

中学3年の時に観た『ミッション』では、軍事クーデターで失踪した息子を探すアメリカ人夫婦役のジャック・レモンとシシー・スペイセクの名演と共に、軍事政権化の南米チリの現状に愕然する。大学時代に観た『背信の日々』でアメリカ白人至上主義者役トム・べレンジャーとFBI潜入捜査官役デブラ・ウインガーの息もつかせぬ禁断の恋愛劇に身動きできず、法廷劇『ミュージックボックス』ではハンガリー系アメリカ人の一筋縄では語ることができない戦争犯罪の悪夢に僕もうなされた。コスタ=ガヴラスにハズレなし、と僕は今も追い続けている。

 

馴染みのない予審判事を中心に展開していく構成の巧みさ

平和主義の議員役にイヴ・モンタン。カリスマ指導者役のキャスティングに説得力が生まれた。平和集会を妨害しようと町の住民達が会場を取り囲む中、警察機動隊は知らん顔を決めている。指揮する憲兵隊長、警視総監に警備の要請に向かう議員を、三輪軽自動車上の暴漢が襲い、頭を棍棒で殴りつける。イヴ・モンタンの苦しむ様が物凄い。僕は病院に搬送された主役だと思っていたイヴ・モンタンがあっという間に退場してしまったので驚いた。ここから予審判事役、ジャン=ルイ・トランティニャンが登場して事件の真相を解明していく。僕はサングラス姿の馴染みのない予審判事が次第に物語の中心で展開していく構成の巧みさに魅せられた。冷静沈着の判事トランティニャンが1度だけサングラスを外す演出も心憎い。

病院で手術の甲斐なく議員は死亡。事件周辺にいた男達が証人として判事の前に集められていく。その際の編集が見事で、フランソワーズ・ボノーは本作でアカデミー編集賞のオスカーをゲットしている。証言者の視点で描く虚実の回想構成と編集の巧みさ。大勢の登場人物が予審判事の前に集結されていく小気味良いテンポに感心させられる。音楽のギリシアを代表する作曲家ミキス・テオドラキスはグリゴリス・ランブラキス議員の意志を継ぐランブラキス・ユースの代表者で『その男ゾルバ』『セルピコ』同様に民族楽器を多用したサウンドトラックで予審判事を鼓舞し続ける。

撮影のラウール・クタールは『勝手にしやがれ』『突然炎のごとく』などのゴダール、トリュフォーの作品群でヌーヴェルバーグを撮り続けた精鋭。プラハのスターリン大粛正を描いたガブラス監督の『告白』も撮っている。

この映画のラストカットに僕は打ちのめされるのだが、そのカットに登場するキャストが長年気になっていた。それを確認しようと今回、DVDを購入した。あまりの高額に驚いたが結果高額購入に値することが確認できた。予審判事に協力するジャーナリスト、新聞記者役に若きジャック・ペランの活躍が嬉しかった。『ニューシネマ・パラダイス』の映画監督になった大人のトト役で名を残したが、27歳の時にスタジオを立ち上げて、本作『Z』のプロデューサーを務めた。イヴ・モンタンを口説きキャスティングした手腕は讃えられる。今年の4月に80歳で生涯を終え、世界がトトを悲しんだが、僕にとって名無しの新聞記者も永遠だ。

暴漢ふたり組のキャストも顔馴染みだと思ったら、バーゴ役のマルセル・ボズフィは『フレンチコネクション』で地下鉄をジャックしてポパイ刑事に駅で撃たれた犯人役で名を上げた。本作でも平和運動のデモを襲って、女性ばかり狙ってお尻を蹴り上げるなど卑劣なキャラクターが見事だ。もうひとりのヤーゴ役のレナート・サルヴァトーリは『若者のすべて』でアラン・ドロンの自堕落な兄貴シモーネ役で覚えていた。お前は共産党員だろうと予審判事に誘導されて、冗談じゃないと、所属する国粋右翼団体の身分証を提示してしまう様が可笑しい。

 

国家や権力者達は容易な存在でないことを思い知らされた

警察、検事当局が交通事故として処理しようと企むが、法に従う予審判事。司法解剖、医師の証言から、事故ではなく、何者かによる殴打が死亡原因だと確証する。予審判事は以降事件として調べていく。右や左、主義、思想、宗教、に囚われず法に従い、組織への忖度なしに調査を進めるサングラス判事のクールさに僕は魅せられた。黒幕に警察、憲兵隊、の存在が明らかになった時、事件から暗殺へと予審調査は変貌していく。

終始コスタ=ガヴラス監督の手綱捌きが鮮やかだ。しかしながらコスタ=ガヴラス作品のラストシーンに安心してはいけない。国家や権力者達は容易な存在でないことを最後に突きつけられる。中学生の僕はそれを思い知らされ恐怖した。

 

半世紀以上前に創られた映画が普遍的に目の前に迫ってくる

『Z』とは古代ギリシア文字で「彼はまだ生きている」という意味だという。30代のコスタ=ガヴラス、20代のジャック・ペランの思いに賛同した、イヴ・モンタン、ジャン=ルイ・トランティニャンの勇気ある心意気に胸が熱くなる。

半世紀以上前に創られた映画が普遍的に僕の目の前に迫ってくる。マラトンからアテネまで平和を訴え歩き通した議員はまだ生きている。40年ぶりにこの映画を見直して夏を迎えるのは良かったと呟いてみた。

 

 

VIDEO SALON 2022年8月号より転載