第8回 飲食店の居抜き物件をスタジオ化する手法

写真・文◉川井拓也(ヒマナイヌ)

 

対談と鼎談しかできない 配信スタジオのニーズ

ヒマナイヌスタジオは神田にある雑居ビルのオフィス用途の賃貸物件を時間をかけてDIYしながらバーカウンターのセットを作り、カメラと出演者の位置を最適化して配信スタジオにしました。対談と鼎談だけに特化した配信スタジオというのはコンセプト的にも珍しく2018年の夏くらいまではそれほど埋まっていなかったのですが、番組が増えていくにつれて、それ自体が広告となり新しい番組が次々と始まりました。そして秋以降は夜枠がすべて埋まるまでになりました。昼枠もお試し的に使って手応えを感じたら夜のゴールデンタイムに進出というような流れも見えてきました。

場末のスナックをイメージしたスタジオセットで人と人が酒を呑みながら直接話すシーンを配信するというコンセプトが徐々に受け入れられていく様を見て「これは自分が思っているよりも耐久性のあるコンセプトなのかもしれない」と思い始めました。そんな時に地元の高円寺を歩いているとある賃貸物件の図面が目に入ってきました。

 

◉図面を元に不動産屋と打合せ

▲不動産物件の図面に質問事項を書き込んだもの。不動産屋と打合せをしながら疑問点を解消していく。

 

飲食店のような居心地を 持つ配信スタジオを 最短で作るには?

それが劇場「座・高円寺」の隣にある環七沿いの三角ビルの路面店物件。カウンターバーと厨房があり、レンガ作りの飲食店の居抜き物件でした。この場所は駅から310mと近いものの途中に葬儀場があったり、商店街からは離れており飲食店の立地として微妙なものでした。三角形というカタチもテーブル配置などを考えると使いやすいとは言えません。しかし配信スタジオとして考えるとおもしろいかも? と思いました。飲食店はその周りに住んでいる人や目の前を歩いている人をターゲットとしますが、配信スタジオはSNSなどを通じて予約した人が自分のコミュニティを連れてくる場所なので繁華街でなくとも成り立ちます。三角形という物件のカタチもカウンターバーの内側からゲストをカメラで捉えた時にちょうど環七を走る車などが画角に入りそうでした。

 

図面だけで勝算ありと 判断し入居を申し込む

10月末の段階で不動産屋に聞いてみると、現在の時計工房のテナントが11月に退出し、そこから原状復帰をして12月初旬に入居可能とのこと。レンガ作りのイタリアンレストランぽい内装はそれ以前のテナントが作ったもので、それが原状回復の基本となっているとのことでした。テナントさんがいる段階での下見はわずか10分と限られた時間で採寸もできなかったのですが、バーカウンターの質感は想像より高く壁面のレンガもおもしろいと感じられました。そこですぐに入居を決断し申し込むことにしました。同時に図面を元にどんな対談・鼎談ができるのか、アングルシミュレーションをはじめます。神田店でのノウハウをもとにカメラを目立たない位置に設置して必要な機材の準備を始めました。そして12月15日の入居日を迎えました。

 

◉カメラ位置と画角設計をシミュレーション

▲バーカウンターを使った対談・鼎談のカメラ位置とレンズ画角を図面上でイメージ。人物背景がどのあたりになるのか? によって作り込むものも変わってくる。

 

人物背景に動きのある 街を選べる物件の面白さ!

図面を穴があくほど見て妄想を膨らませてきた物件に初めて入ってみると、また印象が変わってきます。特にガラス窓の先に何が見えるか? は重要です。窓のない物件ですべて人物の背景を作り込んできた神田店とは違い、高円寺店は環七を走る車や高架を走る中央線、交差点を渡る人などの動きがガラス窓からよく見えます。人物背景が街を背負っている見え方になるのが、この物件の最大の魅力だと感じました。

そこからは図面での設計を一度白紙に戻し、現地でプランを練り直していきます。ホストの立ち位置、ゲストの座り位置、カメラの高さ、レンズの画角、昼と夜の雰囲気の違いなどを考慮しながらチューニングを重ねていきます。

飲食店の居抜きという物件のムードをなるべくそのまま活かしカメラと配信システムを設置し、入居から7日後の12月22日にこけら落としの番組を配信できました。それから1ヵ月で対談、鼎談、座談会、パーティなど考えられる様々なパターンでテストを重ね、システムの最適化を進めました。時間帯や天気によって光が変化するため、神田店にはない難しさがあるのですが、街を感じさせる画には独特の色気があり、今後どう育てていくかとても楽しみです。

 

◉配信後の懇親会のシミュレーション

▲立席の場合の想定。どれくらいの人が入るのか? どのような動線を確保しておく必要があるのかを図面上で考える。

 

こうした飲食店の居抜き物件をスタジオ化するというのは自動スイッチングによる対談・鼎談に特化した配信スタジオとしては大変効率がよく、今後増えていくかもしれません。次回はヒマスタ高円寺店をVR-4HDではなくV-60HDで組んだ理由についてお話します。

 

 

ビデオSALON2019年3月号より転載