多様化する映像クリエイターの制作スタイルを訊く『Videographer’s File<ビデオグラファーズ・ファイル>』藤田猛士


藤田猛士

1972年兵庫県宝塚市生まれ。九州産業大学芸術学部写真学科卒業後、広告カメラマン東聖治氏に師事。在学中は映画研究部で映像制作も行う。サラリーマン生活などを経た後、広告写真撮影・3DCG・映像制作を行う株式会社2055に入社し、映像部門の立ち上げに参画。2019年に独立し、ツクリテラ合同会社を設立。日本のものづくりに寄り添った企業PVを中心に活動する。

WEB●https://tukritella.co.jp/

文●松岡佳枝/写真提供●藤川哲也(Absorb)、野村泰嵩

 

藤田さんの手がけた作品

ヤマヤ株式会社PR映像

日本一の靴下産地である奈良県広陵町。1820年の創業以来、地域に根ざしたモノづくりに取り組んでいるヤマヤ株式会社。靴下づくりに携わる社員の姿や製造工程を丁寧に描く。

 

 

つむぎ商會

日本のデットストックの金物を中心に、古道具や古家具など、日本の古き良きものをリノベーションし、販売する「つむぎ商會」。こちらは藤田さんが株式会社2055時代に手がけた作品。

 

 

スチールから映像へ シームレスに移行

近年、日本のモノづくり、技術を発表する場が少ないと感じていた藤田猛士さん。モノづくりにおける企業の素晴らしい技術を映像のちからで伝えようと、2019年に10年勤めた職場から独立。「ツクリテラ合同会社」を立ち上げた。

「祖父が写真をやっていたこともあり、中学生のころは写真部に籍を置いていました。進路を考えたとき漠然と写真系がいいなと思い、九州産業大学へ進学。映像をやりたいという気持ちもありました。そこでは映画研究部に所属し、ずっと映像漬けの毎日でした。卒業後は広告写真のスタジオに5年勤め、先輩の伝で映像系ではケーブルテレビ番組を作ったりもしました。番組ディレクター、カメラマンを交代でやり、カメラも自前で揃えましたね」

そんな藤田さんにひとつの転機のようなものが訪れる。

「父が倒れまして、九州から大阪に戻ったんです。もちろん何のコネクションもなかった。株式会社2055に入ったのはネットワーク作りの意味もありました。基本は写真スタジオでしたが映像もやっていて、ちょうどキヤノンEOS 5D Mark IIが出たころです。いち早くそれを買い、写真の仕事があるときに映像もついでに撮らせてもらってMVを作ったりしていましたね。ひとり部署でしたが、パナソニックやキヤノンなど大きな企業のお仕事もさせていただきました。2055では10年勤め、昨年の秋に独立しました」

 

日本のモノづくりを表現し ストーリーを作る

ツクリテラ合同会社という社名は、これまで大手企業のPRをやっていくなかで中小企業の面白さを感じ、もう一度日本のモノづくりを発表できる場を作っていけたらという思いから付けたという。

「モノづくりはもともと好きでした。大学の卒業制作では刀鍛冶の現場に通わせてもらったこともあります。当時はネットも普及しておらず、タウンページを使って電話をかけて検索しましたね(笑)。

写真の仕事を少し離れていた期間があって、そのとき給排水関係の会社の営業をやっていたことがあったんです。現場で職人さんに会いますので、指示を出す様子などを見ていました。水は高いところから低いところに流れます。とても単純な理屈です。この理屈や仕組みを知っていると電子的なものでも何でも一気に理解が深まります。

モノづくりの現場の方が言っていることが分かるようになると、お客さんとも話が早いんです。技術の展示会などでも、ロボットアームが動く様子など丸一日見ていられますね。独立し、会社を立ち上げてまだ1年も経っていませんが、懐古主義ではない今の時代に合った、次世代のモノづくりについて、お客さんの思いに対応できるよう、私自身の枝葉を広げて新しい表現を学んでいきたいと思います」

 

最近主に使う機材リスト

 

使用機材と制作風景

▲メインカメラはソニーFS5Ⅱ。フジノンのMKレンズをメインで使用している。

▲ヤマヤのPR映像の撮影風景。

▲編集作業の風景。編集マシンは Intel Core i9-9900K 3.60GHz、メモリ 64GB、NVI DIA GeForce RTX 2080 Tiを搭載したゲーミングPCを使用。

▲ジョグホイールを搭載したContourDesign Shuttle PRO2を活用。

▲ストレージはNASサーバー、シノロジーDS1618+を使用。

 

 

VIDEOSALON 2020年7月号より転載