文=長谷川修(大和映像サロン会長)
タイトル=岩崎光明
え~、一席お伺いを申し上げます。よく、名は体を表すなんて~申します。最近のお子さんの名前は当て字、当て読みのオンパレードでございます。よくもま~、あれだけ難しい名前を思いつくのか、最近の親御さんの学力は相当なものですな。
私のところの孫も一月生まれなものですから、女の子なので“睦月(むつき)”か“むつ子”にしようと勝手に思っていましたが、娘が“ここみ”って名づけましたよ。「どんな字を書くんだい?」って聞いたら、心の美しい子ということで“心美”だそうで…いつから「心」を“ここ”って読むようになったのですかね? どなたか教えて下さいよ!
*
あらあら、こっちへ難しい顔をして歩いてくるのは熊五郎じゃないかい?
ご隠居
「お~い、熊さんじゃないか? 随分難しい顔をしてどうしたんだい?」
熊さん
「あっ、ご隠居。ど~もすっかりご無沙汰いたしておりやす」
ご隠居
「最近顔を見せないが、なんでもビデオに凝ってるとかいう噂を聞いたけれど、アダルトビデオにでも凝ってるのかい?」
熊さん
「冗談じゃありませんよ! 私のビデオはホームビデオってやつで、文部省…じゃなかった文科省推薦のようなものなんですぜ!」
ご隠居
「文科省かい? それにしても難しい顔をして、悩みでもあるのかい?」
熊さん
「やはりわかりやすかい? 悩みって~いえば、悩みかな~?」
ご隠居
「そうかいそうかい、まあお上がりよ! お~い熱い茶と、ほらほら到来物の羊羹があったな~」
熊さん
「あ、おかみさん、ど~も、いつも粗茶を頂きまして有難うございます」
ご隠居
「粗茶はないでしょう粗茶は…まあいいでしょう。亀の甲より年の功、私で役に立つことならなんなりとも相談にのりますよ」
熊さん
「へい、実はビデオクラブの例会で、私の作品を上映したところ、ケチョンケチョンにやられちゃいましてね。ご隠居さんに、どこがどういけないのか教えて貰いたいんで…くすん」
ご隠居
「なにも泣くことはないだろう? よしよし見せてごらん(ひと通り作品を見る)。熊さんよ、タイトルがおかしいと言われなかったかい?」
熊さん
「へい、そのと~りで…このタイトルのどこがおかしいんですかい?」
ご隠居
「このビデオは夏休みの子供会の活動記録だね~。とてもよく撮れているじゃないか! 夏休みの終わりを楽しませようと地域の大人たちが考えたのがニジマスのつかみ捕りなんだよね」
熊さん
「そのと~りで…」
ご隠居
「だからってタイトルを『ニジマスのつかみ捕り』にすることはないでしょう! これじゃビデオを見なくとも内容が判って面白くない! いうなれば推理小説で犯人を最初から教えるようなものです!」
熊さん
「だって、松本清張や刑事コロンボは最初に犯人が…」
ご隠居
「お黙りなさい! 屁理屈を言うんじゃありません! 美味しい料理は最後に食べるものです!」
熊さん
「あっしは最初に食べますがね~。天麩羅そばは天麩羅から! それじゃ~どんなタイトルがいいか教えて下さいよ!」
ご隠居
「無難なところで『夏休み日記』か、ちょっと捻って『サマースケッチ』か『虹色の夏』なんてのはどうだい?」
熊さん
「よくぺらぺら出て来るね! あっしは嘘がつけない性分でして!」
ご隠居
「熊さんよ、もう一枚DVDを隠しているようだが、見せてご覧! それとも見せられないのかい?」
熊さん
「いや~見せられないようなものでは…見せてもいいけど…」
ご隠居
「なんだい、歯切れが悪いネ、お見せよ! ん? 女性の作品だね?」
熊さん
「そうなんで。実はクラブの女性会員から頼まれやしてね、この作品のタイトルがいまひとつピンとこないというか、しっくりしないんで『熊さんお願い、いいタイトル考えて!』って言われたもんで…へい!」
ご隠居
「なるほど、熊に頼むとは余程のことだ!(ひと通り作品を観た後で)『手仕事にかける夢』というタイトルだけど、竹皮編みという伝統工芸と技を受け継ぐ女性をテーマにした作品の本質を衝いていて、作り方も上手なほうですな! ただ、言えることはタイトルに夢がない!」
熊さん
「は~?…夢ってかいてあるじゃないですか? あっしは良いタイトルだと思いますがね」
ご隠居
「『手仕事…』という文字が見る人に与える印象が問題なのですョ。この作品の主人公は工芸士の女性ですが、本当の主役は材料となる〝竹の皮〟なんです、お判りかな?」
熊さん
「そう云われれば、確かにそうでやんすね」
ご隠居
「眼を閉じてごらんなさい。竹林に風が吹き抜けると、葉ずれの音と、風にひらひらと舞い落ちる竹皮の光景が眼に浮かんで来やしないかね?」
熊さん
「閃いた、閃きましたョご隠居!『竹林に風わたる』て~のはどうでやんしょう?」
ご隠居
「いやあ驚いたね!『竹林に風わたる』言い得て妙ですな、熊さん一世一代の名タイトルだね!」
熊さん
「ご隠居、どうもありがとうございやした。早速彼女を喜ばしてあげますんで。じゃあ、御免なすって! ♪風になり~たい~ てか!」
おあとがよろしいようで!
月刊「ビデオサロン」2016年2月号に掲載