vol.40 映画『翔んで埼玉』で飛ばしてみた -映画撮影ドローン撮影のワークフロー-

文●野口克也(HEXaMedia)

東京都生まれ。空撮専門会社「株式会社ヘキサメディア」代表。柴田三雄氏への師事の後、ヘリコプター、モーターパラグライダー、無線操縦の小型ヘリなど、空撮に関わるすべての写真、映像を区別なく撮影。テレビ東京系地上波『空から日本を見てみよう」、BS JAPAN『空から日本を見てみようPlus』などTV番組やCM等の空撮を多数手がける。写真集に夜景の空撮写真集「発光都市TOKYO」(三才ブックス)など。http://www.hexamedia.co.jp/

 

執筆時点ではまだ公開中の映画『翔んで埼玉』に、ドローン撮影の技術スタッフとして参加させていただきました。比較的よくあるパターンの請負撮影ですが、どのように現場が進んでいるのかを紹介していきましょう。

今回の空撮は6日間でした。日中の様々な空撮カット、合戦の橋のシーン、合戦の河原シーン、金塊を発見するシーン、埼玉連合シーン、ショッピングセンターシーンを撮影しました。ここでは私が担当した金塊シーンと合戦、埼玉連合シーンについてお話します。
こうした撮影では数日前に制作部から香盤表が各方面に配られます。集合場所や連絡先、当日の細かなスケジュール等、香盤に書かれている指示に従います。ドローンはInspire 2。カメラはX5Sで5.2K/24pで収録しました。映画の場合はほぼRAW撮影一択です。

 

GPSの効かない地下で繊細な舵入れが求められた金塊のシーン

ロケ地は栃木の大谷石採掘場です。なぜか埼玉ではありません(笑)。だいぶ暖かくなってきた4月でも、採掘場の地下に入っていくと気温は5度。こういう撮影はスタンバイ時間も長いので、防寒着を着込んで撮影に臨みました。

百美役の二階堂ふみさんの背後から、視界に広がる金塊を撮影するシーン。ふみさんの1.5m程の背後から頭の上を抜けて、金塊が広がっている光景を撮影します。幾重に積まれた山のような金塊は、実物では流石に用意できないので合成です。地下数十mの場所なので、もちろんGPSは効きません。被写体に近接するため、障害物検出センサーもオフでした。

また照明が暗めなので、地表を検出してホバリングを安定させるビジョンセンサーも効きません。各種飛行補助センサーに頼らず、Inspire 2を飛ばすという撮影でした。筆者としては、こういう条件の現場は少なくないので、もう慣れっこになっていますが、飛行補助センサーを有効にできる屋外の広いところだけで飛ばしている方には、かなり困難な撮影かもしれません。

ドローンの動き自体はそれほど難しいところはなかったのですが、まずドローンを女優さんの背後1.5m程の距離の空中に浮かせておいて、そこのタメからの上昇というカメラワークです。被写体との近いが故に、タメの部分で本当に静止させておかないと、画にゆらゆらとした動きが出てしまいます。センサーに頼らず静止させるため、ひじょうに繊細な舵の入れ方が求められた撮影でした。

▲埼玉連合の集会のカットを撮影した首都圏外郭放水路。GPSの効かない地下での撮影、さらに柱のそばを飛ばすとコンパスエラーが出るという難易度の高い撮影。飛行補助センサーの効かない状況で機体を目視しながら、映像を確認するためにモニターをスタンドに立てて撮影を行なった。

 

望遠レンズ+低空飛行で 実現した迫力の合戦シーン

このシーンは短いカットですが、撮影監督がこだわったのは、合戦シーンの人々の上を通り抜けるカットでした。ロケ地はこれまた埼玉県ではなく茨城県(笑)。役者やエキストラなどの人数も限りがあるなかでもできる限り迫力のあるシーン作りに挑みました。

橋を渡りながら、のぼりや旗などを持って群衆がカメラに向かって突っ込んでくるカット。低空ですり抜けるのですが、監督はなるべく低めを要求してくるわけです。ワイドレンズで低空飛行すると、橋の上に人がたくさんいるのはうまく映っても、橋の外側には当然ながら誰もいない部分もたくさんあるため、そこまで映り込むのは望ましいことではありません。

そこで、撮影高度を調節しつつ、画角の狭い(望遠気味の)レンズで何度も画角を調整しました。最終的に、45mmレンズ(マイクロフォーサーズなので35mm判換算で90mm)で、演者が振っているのぼりに機体が当たるか当たらないかの高度で駆け抜けています。これによって画面いっぱいに人が流れているような迫力あるカットになりました。

 

埼玉っぽい風景はどこに!?

実景の撮影日には、様々な「望まれる埼玉っぽい景色」(笑)を探しながら撮影しました。この作品は埼玉をディスる映画なのですが、ロケ地は埼玉でないことも多く、関東の各所に出かけて撮影しました。ですが、タイトルバックになっているどこまでも広がる畑のカットは文字通り「埼玉」で撮影しています。筆者と筆者の会社は埼玉県にあるのですが、高層マンションが立ち並ぶ街中…。それでいわゆる「埼玉っぽい景色」というのが「畑がどこまでも広がる景色」なのかと問われると、若干疑問が湧きます(笑)。映画のテイスト的には「広大な畑」なのだろうなと、自分の疑問を押し殺しながら撮影していました(笑)

 

現場でのプレビューと 撮影データのバックアップ

埼玉連合の集会のカットは「埼玉」の春日部にある首都圏外郭放水路の中でエキストラを集めて撮影しています。この外郭放水路は、川沿いの地下に広大な洪水調整用の池がある施設で、洪水時のみ機能します。普段は見学やロケ地として利用されているものです。地下施設としてはとても広大で、「ここにたくさんの埼玉県民が集結している図」をドローンで撮影しました。 やはり地下なので、GPSなどの補助センサーが効かない場所です。しかも、柱のそばを通ると、必ずコンパスエラーが出るので、ひじょうに操縦が難しかった覚えがあります。撮影している画をモニターで見ながら、目視でも常に機体も見ている必要があるので、以前に連載でも紹介した目線より上の高さのモニターマウントが重宝しました。

撮影現場の多くは並行して別のカメラでの撮影もしているので、モニター環境は撮影部などで用意していることが多いものです。多くの現場では撮影後に、即その場でプレビューをして、そのカットのOK/NGの判断をします。それらの機材の多くはHD-SDIケーブルで接続されています。

ドローン側としては収録が機体側で行われているので、プレビューを出すのに少し時間がかかります。また、Inspireの仕様上、プレビュー再生は外部出力してくれないので、撮影時にまごつくことが多くなります。そのため筆者はHDMI>HD-SDIコンバーターを持ち込んで、撮影部にプレビュー用の収録をお願いするか、もしくはアトモスSHOGUNなどのモニターもできるレコーダーで撮影時のモニター映像を収録して、プレビュー時に出力する方式を採用しています。

撮影が終わるとメディアコピーです。DITがいる現場ではリーダーとSSDを渡して待っていればよいですが、いない現場では自分たち自身でファイルコピーします。ファイルコピーに必要なPCはMacのみということはありませんが、皆さん工夫を凝らして、転送速度が速い新しいインターフェースがついた速いノートパソコンとポータブルSSD等で乗り切っています。

 

試写会にて

撮影スタッフとしてまず、試写会で完成した映画を観たのですが、監督が「埼玉県の人的に、この映画ほんとに大丈夫?」と、現埼玉県民の私に何度も聞いておられたのが印象的でした(笑)。埼玉県民の答えとしては、無言でうなずきながら、埼玉県のポーズをキメました。

 

ビデオSALON2019年5月号より転載