御木茂則
映画カメラマン。日本映画撮影監督協会理事。神戸芸術工科大学 非常勤講師。撮影:『部屋/THE ROOM』『希望の国』(園子温監督)『火だるま槐多よ』(佐藤寿保監督) 照明:『滝を見にいく』(沖田修一監督)『彼女はひとり』(中川奈月監督) など。本連載を元に11本の映画を図解した「映画のタネとシカケ」は全国書店、ネット書店で好評発売中。
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ゴジラと人間が対峙する位置関係を、物語の転換点で変える
映画では登場人物たちのフレームの中での位置関係を決めることで、登場人物たちの立場や印象を意味づけることができます。位置関係の見せ方には、位置と動線と視線が使われます。
『ゴジラ-1.0』(山﨑 貴監督/23年、以下ゴジラ)でのゴジラの基本的な位置関係の見せ方は、フレームの中での位置は右側、動線の向きは右から左、視線の向きは左向きになります。対峙する人間側はゴジラとは反対の位置・動線・視線になります。位置関係を決めることで、巨大な力を持つゴジラは強い立場で、力のない人間側は弱い立場であることが意味づけされます。
『アベンジャーズ/エンドゲーム』(連載第38回)のときにも触れましたが、位置関係が見る側に与える印象には、決まったルールはありません。動線の向きでは、日本人は漫画を読むとき目線を右から左へ動かすから、右から左は「向かう」という印象が生まれるという考えがあります。しかし英語を始めとする多くの言語は、日本語とは反対の横書きで左から右へ読むことから、左から右が「向かう」という印象を与えるという考えもあります。またアラビア文字や戦前の日本語では、横書きで右から左へ読みます。文化圏によって習慣が異なることから、位置関係の意味づけは、その作品ごとにルールを作って決める必要があることを意味します。
『ゴジラ』ではゴジラと人間が対峙する位置関係を、物語の転換点で変えることで映像演出として効果的に使っています。ゴジラと人間の位置関係を変える映像演出が最初に使われるのは、映画の序盤、大戸島の守備隊基地に現れた呉爾羅(のちのゴジラ)を、敷島浩一(神木隆之介)が零戦の機関銃で攻撃しようとするシーン(3分50秒〜)です。呉爾羅の位置はフレームの右側、動線と視線は右から左向き、待避壕にいる守備隊は呉爾羅と反対の位置関係になります。敷島も守備隊と一緒にいるときは同じ位置関係になります。
位置関係で見せる呉爾羅、撃退の可能性
待避壕を出た敷島が零戦へ向かいコクピットに座るとき、敷島の位置・動線・視線の向きは呉爾羅と同じ向きに変わります。守備隊には呉爾羅と戦える力はなく、敷島だけが戦う力があることが、敷島と呉爾羅の位置関係からも示されます。
呉爾羅が機関銃の射軸へ来たとき、敷島と呉爾羅をツーショットで映すショット(6分20秒〜)では、敷島の位置はフレームの右側、呉爾羅は左側に置くことで、呉爾羅を攻撃するチャンスが来たことが示されます。しかし敷島は呉爾羅への恐怖で、機関銃の引き金を引くことができません。
呉爾羅が守備隊に襲いかかるショット(7分2秒〜)の中で、呉爾羅は身体の向きを変えます。『ゴジラ』ではゴジラ(呉爾羅)が暴れたあと、人間側のドラマへ主軸を移すとき、ゴジラの身体の向きを変えています。
ゴジラが銀座を蹂躙するシーン(54分21秒〜)の途中でも、同じような演出が見られます。ゴジラが日劇を破壊して身体の向きを変えたあとは、人間側[敷島と大石典子(浜辺美波)と群衆]のドラマへ主軸を移します。
敷島の負い目を実感させる映像演出
序盤での人間側のドラマで、重要な役を担うのが守備隊のひとり、齊藤(遠藤雄弥)です。特攻から逃げたことがバレてバツが悪くなった敷島に、斎藤は特攻から逃げたことを肯定する優しい言葉をかけるショット(2分45秒〜)があります。
その斎藤が敷島の方へ向かって走りながら助けを求めるのは、ふたつのショットで続けて描かれます。いずれのショットも斎藤をフレームの真ん中に置くことでも、斎藤をこのショットの主題にします。
最初が斎藤の単独のショット(7分45秒〜)、次が引き画のショット(7分47秒〜)です。引き画のショットの中で、斎藤は呉爾羅にくわえられて、投げ飛ばされて殺されます。敷島は何もできずに斎藤を見殺しにしてしまいます。斎藤が目立って映るショットは4つ、時間にすると50秒弱という短い時間です。その中で斎藤を印象に残す工夫は、観客にとっても知らない人ではなく、知っている人が殺されたという印象を与えます。そして斎藤をはじめとした守備隊員たちを見殺しにした敷島の負い目の大きさを観客にも実感させます。
イマジナリーラインを跨いでゴジラの反撃が始まる
ゴジラと旧日本軍の軍艦の重巡・高雄の戦いでは、ゴジラと高雄の位置関係を変える映像演出からも、戦いの形勢が描かれます。ゴジラと高雄の戦いは、敷島たちが乗船する新生丸とゴジラが海上で戦うシーン(36分9秒〜)の中で、ゴジラに追い詰められて絶体絶命になる瞬間に始まります。
新生丸を襲おうとするゴジラをアップで映すショット(42分15秒〜)で、右方向から重巡・高雄の砲撃がゴジラに命中をします。高雄の砲撃の向きからも、ゴジラに対抗できる力が現れたことが示されます。
続いて高雄がゴジラを砲撃するショット(42分31秒〜)では、高雄のフレームの中での位置は右側に、ゴジラが高雄の砲撃を受けるショット(42分33秒〜)では、ゴジラのフレームの中での位置は左側になります。
ゴジラが劣勢になっているのは、ゴジラのフレームの中での位置を左側にする、ゴジラと高雄の位置関係からも描かれます。
ゴジラの反撃は海中を泳いで高雄へ接近をして、高雄の船体にのしかかって艦橋を破壊するショット(43分7秒〜)から始まります。このときカメラは、高雄の船首から船尾へ回り込むように動くことで、ゴジラと高雄の間にあるイマジナリーラインを跨ぎます。イマジナリーラインを跨いだことで、ゴジラのフレームの中での位置は左側から右側へ変わります。ゴジラと高雄の位置関係が変わったことからも、ゴジラの反撃が始まったことが分かります。
二転三転する戦いの形勢
ゴジラの勝利で決着したと思われた戦いは、高雄がゴジラへ至近距離から砲撃をすることで形勢が変わります。このときカメラは再び、ゴジラと高雄のイマジナリーラインを跨ぎます。
高雄の主砲がゴジラへ狙いを定めるショット(43分20秒〜)では、砲塔のフレームの中での位置は右側になります。このショットから、高雄の砲撃を受けたゴジラが海へ落ちるショット(43分29秒〜)までの4つのショットで、ゴジラは左側、高雄は右側の位置関係になります。位置関係が2回変わることからも、ゴジラと高雄の戦いの形勢が二転三転していることが分かります。
位置関係を劇中の転換点で変える映像演出は、さまざまな映画で見ることができる
ゴジラが海中から吐いた熱線が高雄を直撃して消滅させたことで、戦いはゴジラの勝利で決着します。ゴジラの吐いた熱線は、高雄を貫いてそのまま真っ直ぐと垂直方向で空へ向かいます。これまで左右の位置関係から描かれていたゴジラと高雄の戦いは、ゴジラの人智を超えた力により決着したことが、熱線の方向性からも描かれます。
位置関係を劇中の転換点で変える映像演出は、さまざまな映画で見ることができる普遍的な映像演出です。これまでの連載で取り上げた作品の中では、『アベンジャーズ/エンドゲーム』『トイ・ストーリー4』『ミュンヘン』で、印象的な位置関係を変える映像演出が使われています。
参考資料 : 『ゴジラ-1.0』Blu-rayと特典/『ゴジラ-1.0』プログラム/「小説版 ゴジラ-1.0」(山﨑 貴・作)
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